8話 従業員募集 前編
夢を見ていたんだ。
あれは、前世の。
学生時代、仲の良かった友人の事。
もう、顔も思い出せないほど、昔の記憶。
夢に憧れる、熱い男だった。
本気でこの世を変えたいと、誰よりも高い景色を見てみたいと、そんなことを話していた。
呆れる程の馬鹿で、どうしようもない馬鹿で、夢を描くための計画も目標も何もない馬鹿。
今頃、何かを成し遂げているだろうか。
前世を生きている間、何も活躍を聞かなかったから、もう既に夢を諦めていたかもしれないな。
中学を卒業してからは一度も、顔を合わせる事は無かったんだし。
僕が貧しく危うい地域の国債を買い漁っていたのも、そんな幼き頃の彼を応援したいという気持ちが、どこかにあったからかもしれない。
別に僕は得をしたいとか、利益が欲しかったわけじゃない。
社会という枠組みから外れようとするエネルギーに、熱く心を焦がされていたんだ。
「……おい、おい! シキ!!」
「ハッ!!」
だ、誰だこのイケメンは! か、顔が近い!!
「お目覚めになりましたか。本当に、本当に良かった……」
「あ、あぁ、魯陰と、雷華か」
何か懐かしい夢を見ていた気がするが、どうも思い出せない。
というか、頭の中が激しく揺すぶられ、脳がぐちゃぐちゃになっている様な気分だ。
ぼんやりとしていた記憶が、だんだんと、うっすらと形を取り戻してくる。
そうだ、僕はシシ兄上の屋敷に挨拶に行って、えっと、それから。
「シキ様は、シシ様の奴隷見物用の地下牢で気を失われました。私も迂闊でした。御屋形様に、シキ様が血生臭い状況に慣れていないから気を付けるようにと、仰せつかっていたのですが……」
「本当に弱っちいなぁ、お前。血を見てないのに、想像しただけで倒れるとか」
「う、うるせぃ。僕は想像力豊かなんだ」
散らかっている部屋を見渡す限り、ここは僕の屋敷なのだろう。
あのいつも無表情な魯陰が、目に涙を滲ませているというのに、この雷華ときたら鼻で笑ってやがる。
ちくせう。
「兄上は、どうしていた?」
「顔を青くして心配しておられました。屋敷まで運んでいただいたのも、シシ様の手配によるものです。後日、手土産をもって謝罪をしに来ると、仰っておられました」
「えぇ、アイツ来るの? 嫌だなぁ」
「兄上も悪い人ではないんだよなぁ。才能に秀でている人というのは、どこかが欠落しているものだ。兄弟の中でもシシ兄上は特に、異才だからな」
「俺はあの、人を人とも思わない、冷たく深い瞳が怖い」
僕もシシ兄上は苦手な方だが、ライカの嫌いっぷりはやけに激しい。
そこまで接点はないはずなんだが、本能的なものなのだろうか?
「なぁ、魯陰はどうだった? 奴隷をお前は、どう思う?」
「私は士家に仕える者です。意見する立場にありませんし、思う事もありません」
「んー……そっか。雷華は、どうだ?」
「奴隷は敗者の末路だ。嫌なら、勝ち続けるだけだ」
「お前らしいな」
商人というよりは、武将の血を引いてそうなくらい気が強いなコイツ。
シカンと武術の稽古もよくやってたくらいだし。ほら、僕じゃ相手にならないから。
「……まぁ、今日、兄上と話せてよかった。これで、僕のやるべき方向も固まった」
「ん? やるべき方向?」
「僕は、奴隷は使わない。利益だけを優先するんじゃなく、皆で成長できる商売を始める。それが、長い目で見たとき、大きな利益になると思うから」
☆
それから、僕は店にするべき屋敷を探し、従業員の募集も始める事にした。
計算ごとや事務関係に関しては、魯陰が一切を請け負っている。
ライカは僕の隣に居るだけで良いというね。むしろ主役はコイツなまである。悲しい。
「おい、シキ。ほんとにこんなところでいいのか?」
「むしろこういうところが良い。少し手を加える必要はあるけどね」
選んだのは、貿易の商人達が多く行き交う区画である。
ただ、メインの通りではなく、メインから外れた雑多な場所であり、本当に気を付けないと見つけられないような裏路地である。
おまけに家も小さく、中々に狭かった。
ここに以前住んでいた人は、お金をくれるならばと、嬉々としてここを譲ってくれた。
「外装はそれほど手を加えず、小綺麗なくらいで丁度良い。ただ、内装は大きく変える。それこそ派手ではないが、明るく、敷居の高いものにしたい」
「普通は逆じゃないの? 外装を良くして、客を呼ぶ、みたいな」
「いや、客層を絞るから、目に付いたら駄目なんだ。それに、従業員をみんな女性にするから、粗野な奴が来ても困る」
想定するのは会員制のバーのような、そういう感じ。
現役アイドルが働いてますよーみたいな。闇を感じるやつね。
「まぁ、改装に関しては叔父上に相談しよう。あとは従業員だが、これが一番の課題なんだよなぁ……」
「え、普通に募集かけりゃよくない? あ、そうか、それだと反感を買うかもしれないのか」
叔父上の様に、懇々と説明をして納得してもらうなんてことは出来ないからな。
どうやったって世間の目の反感は買うだろ。
この時代の女性像は、家で男を支える、家の外にあまり出てはいけない、そういう価値観だ。
だからこそ、頭の良い女性というのもあまり印象は良くない。男より賢いのは駄目だという考えだからだ。
幼い頃より、男は武術や勉学、女は芸や礼儀作法を仕込まれるのが当たり前。
そんな時代に、女性のみの従業員募集なんてかけたら、そりゃ五月蠅く言われそうだ。
そして、その逆風にも耐えられる強い女性を、僕は求めてもいる。
「よし、出番だ、雷華」
「え?」
「お前の愛嬌と、その健康な足腰で走り回って、めぼしい人材を連れてくるんだ!」
「え?」
「年齢は気にしない、外見もそんなに気にしない。重視するのは、珍しい境遇に身を置き、壮絶な過去を背負ってるような、人としての経験値。期待してるぞ」
「えぇ……」
「こっちから頼んだとはいえ、僕の屋敷に住んでるのは誰ですか?」
「頑張ります」
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本当に読者の皆様、いつもありがとうございます!
三国志のマイナーもマイナーな視点からのお話ですが、頑張って盛り上げていきます!!
どうぞこれからもよろしくお願いします。(*'ω'*)