81話 重い未来
歩隲、やはり動いたか。
孫権から派遣された交州を監視する将軍である。
届いた書簡は短く、蒼梧郡へ来るようにという命令のみ。
「何を考えているのか……」
流石の叔父上も顔色を曇らせる。
ただ、何を考えているかは、分かっている。
恐らく史実と同じだろう。
「この機を逃さず、我ら士一族から交州の自治権を取り上げるつもりでしょう」
士祇兄上である。流石に良く見えている。
そして口に出しにくいことも、はっきりと言ってのける。
「士徽よ、どうするべきか」
「まずは話さなければ手の打ちようもありません。ただ、兄上と叔父上に確認しておきたいことが御座います」
「何だ」
「交州を手放し、生き永らえるか。交州を固持し、故郷を戦火に包む覚悟があるか。極論ではありますが、どちらかといえば、どちらでしょうか」
史実において、交州は親父の死後、孫権の直接統治が始まる。
そしてそれを拒み、一族を扇動して反乱を起こしたのが、「士徽」だった。
結果としては反乱は鎮圧され、一族は処刑。
孫権側に着いた叔父上、士匡従兄上、士キン兄上も、理由を付けて庶民へと降格され、皆が死んでいる。
「私は、自治権を手放した方が良いと思う。それで生きることが出来れば、安いものだ。孫権の勢力は赤壁の勝利で強くなる一方。無駄な抵抗は危険を招くだけだ」
「兄上は、如何ですか」
「……父上は、この地に全てを捧げ守り抜いてきた。それを何故、急に他人に渡さねばならないのだ。戦火は避けたい、されど、この地を他人に踏みにじられるは耐えがたい」
この答えには、正解はない。孫権に降っても、理由を付けて冷遇されるのは決まっている。
孫権の統治は常にそうだからだ。あれほど功績を上げた周瑜でも、彼の死後、一族は冷遇されている。
地盤や力を持つ臣下がいれば、孫家は覆されるという危険があるからこそ、そうせざるを得ないのだ。
だからといって、抵抗して勝てる様な相手でもない。
交州は戦火に遭遇したことはなく、戦になれば呉巨一人に頼るしかないだろう。
それは、あまりにも役者が違い過ぎる。
「結局は、お前に任せるしかない。士徽よ、歩隲に会ってきてくれ。お前の決定に我らは従おう」
「親父ならどうするか。それを念頭に置いて、交渉を行ってまいります」
☆
細く、あまりに長い、キリンの様な体。
ただその分の威圧は重く、鋭い視線が僕の姿を捉えている。
装備を整えている兵士を並べているのも、歩隲自身が刀を側に置いているのも、こちらの威圧が目的だろう。
親父ならここで平然と微笑み、茶菓子の一つでも土産として渡そうとするが、生憎、僕にはそんな余裕はない。
「士燮殿の逝去、誠に残念であった。天下を支える傑物の死に、孫権様も深く心を痛めておられる」
「父もそれを聞けば喜ぶことでしょう。遺族として感謝申し上げます」
「刺客はどうだ、捕まえたのか?」
「はい。捕まえましたが、死にました。父は誰かに恨まれる人ではなかった為、真相は闇の中に御座います。ただ、交州人ではありません」
「そうか」
抑揚のない声色。どうも苦手だった。
こちらのペースに乗ってこようとしない、命令を貫き通す頑なな軍人気質。
「それで、今後はどうするつもりだ。士燮殿の穴は、到底、埋め切れるものではあるまい」
「確かに、父はあまりに偉大でした。されど、おかげで交州に乱はなく、至って平穏に御座います。それに朝廷からの信頼も厚い士壱叔父上も存命です。御心配には及びません」
「本来であれば、士キン殿を戻すべきなのだろうが、彼の治める武昌は江東の要所。軽々しく変えることは出来ん。それに、今は良くとも、今後どうなるかは分からんだろう」
「国を治めるは、小魚を煮る様なもの。あまりつつき過ぎてはならないと申します。平穏な交州という土地、大きな変革もなく、このままお預けいただければ幸いです」
「士燮殿が死んだ今、小魚は崩れつつあると言っているのだ。長男ではない士祇が家督を継いでいる時点でそれは明白」
「では、士キン兄上をお戻し頂きたく」
「その必要はない。士キンには、息子がいる。それを交州に置き、我々で補佐しよう。貴殿らは波風の原因になる故にここを離れてもらうが、適格な他の役職を与えるから心配無用だ」
「兄上に、実子ですか。聞いておりませんが」
「妾との子だ。庶子ではあるが、息子に変わりない」
やはり、蓮さんを握っていたのは歩隲、いや、孫権だったか。
ならば恐らくこの一連の件は繋がっている。
あまりの孫権の厚顔に、少し怒りを覚える程であった。
裏で、曹操サイドと繋がっていたのだ。曹操自身は知らないだろうが。
これで赤壁後、勢いを失っている曹操側は、孫権の目線を逸らして防備を固めることが出来る。
孫権としても、合肥・徐州侵攻の失敗によって落ち込んだ権威を取り戻したいはずだ。
いまや周瑜か孫権か、どちらが主従か曖昧になっているところがある。
だからこそ「交州の直接統治」は、大きなインパクトになり得るし、南海貿易による益はあまりに大きい。
「まぁ、我らは仲間同士だ、協力しようではないか。士燮殿が亡くなり日も浅い、急な話で戸惑うこともあろう。一か月、猶予を与える。その間に準備を整えてくれ。話は以上だ」
答えは、出せないまま。
僕は一つ礼をして、その場を後にした。
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それではまた次回。




