7話 金の世界
そこは、兄上の豪勢な屋敷から少し離れた場所であった。馬車に乗って、十数分くらいか。
小さな石造りの建物。周囲は厳重に衛兵が警備をしていた。
シシ兄上が見えると、衛兵らは一瞬にして警戒の度合いを増し、兄上を守るように動く。
「建物自体は小さいが、地下に続いてるから、あまり外見は気にするな」
「ここは……」
「あぁ、奴隷の収容施設の一つだ。とはいってもここの奴隷は基本的に売り物ではない。競売用や、新規の顧客に見てもらう用の奴隷を収容している。だから、見てくれの良い奴や、奴隷になる以前は地位が高かった者、そういう者が多い」
だからこそ屋敷に近く、厳重に警備されているのだ。
労働力としてではなく見物用。一人一人の価値が高い。
例えば、反乱を起こした異民族や豪族の有力者などがそうだろう。
こういった人間ですら「商品」に出来る力がある。
自らの経営基盤を誇示し、アピールする役目。なるほど、よくできているな。
「金を稼ぐには1つの事が分かっていればいい。それは、低い費用で仕入れることが出来て、高い金額で売ることが出来る、という原則だ。この差が大きければ儲けが出るし、小さくても多くを売れば稼げる」
地下は日の光が差さず、壁に掛けられた松明の光だけが煌々と輝く。
響くのは、奴隷たちの唸り声ばかり。うっすら鼻に付く「血」の臭いだけで、吐いてしまいそうだ。
「シキ様、大丈夫ですか?」
「あぁ、魯陰。すまないが、手を握っていてくれ。少し、足が重いんだ」
「あまり無理をなさらないでください」
兄上は気分の優れない僕に見向きもせず、スタスタと先を歩く。
「奴隷はその観点で見れば、非常に効率がいい。労働力として高く売ることも出来て、仕入れは安上がりだ。それに、天下が乱れれば乱れる程、仕入れる奴隷の数は増えるし、需要も大きくなっていく」
「兄上は、人間を道具として、そう見ているのですか?」
「人間は人間だ。しかし、奴隷は、奴隷だ。それにただの道具ではない、便利な道具さ。重宝しているよ」
至極全うだと言わんばかりに、シシは首を傾げた。
これだ、こういうところが苦手なのだ。
確かにこれも一つの「商売」の極致なのだろう。
だが、僕はどうも「奴隷」だけは気に食わない。
人道的とか、そういう話をするつもりはない。
僕だって金を扱う人間だ、人道的な感情はあまり無い方だと思っている。
それでも兄上に反対する理由は、僕も「効率」にある。
兄上が「集金」の話をするなら、僕がするのは「生産性」の話だ。
奴隷は果たして、何の為に働くのだろうか。
向上心や報酬の無い労働が「最悪」でしかないことは、スターリンや毛沢東、北朝鮮の共産主義が証明している。
こと「市場」に限った話で言えば、資本主義的であるべきだと、現時点では思っている。
それを考えたとき、奴隷という労働者は、極めて成長に乏しいのだ。
「さぁ、見てくれよシキ。これが俺の商売だ」
まるで動物の様に、地下牢に収容されているのは、商品としての「人間」であった。
ある者は鎧の様な筋肉を持った大男で、ある者は痩せてやつれた老人で、ある者は綺麗で艶やかな美人で、幼い子供も多い。
見世物だからある程度清潔に保っているものの、全員が一糸纏わぬ姿である。
「この大男は、山越族の勇猛な武将だった男だ。こいつに恨みを持つ者も多く、今度、競売にかける事になっている。相当な高値で売れるぞ。売れた後の事は、まぁ、知ったことでは無いが」
「……危険なのでは?」
「足の健を断ち、腕も麻痺薬を打ってるから心配ない」
麻痺薬だけではない、麻薬の様なものも入っているのか、男は目が虚ろで正気ではなかった。
流石の僕も、この光景はキツい。
「──この豚! 俺をここから出せ! ぶっ殺してやる!」
牢に繋がれ、それでも牙を剥いていたのは、幼い少年だった。
僕よりも幼い、シカンと同じくらいの少年だ。
彼は怒りを滾らせ、シシの靴に唾を吐いた。
僕は恐る恐るシシの表情を見るが、シシの表情に大して変わった様子はない。
少年も自分のしてしまったことに怯えを隠せないのか、目は憤ったままで、体はひどく震えていた。
「どうしたんだ、シキ」
「いや、怒ると、思って」
「怒る? 奴隷にかい? こいつは、そういう趣味のある旦那に売るやつだ。顔も良いから傷はつけられない」
シシは従者を呼び、靴を拭かせる。
ふと、シシは傍に立つ衛兵の方に目を向けた。
「おい」
「は、はいっ」
「お前がこいつの調教担当か?」
「お、お許しくださいっ! コイツは後でしっかりと躾ておきますので!!」
「駄目だ。ここの奴隷は、より一層の、完璧な管理が必要だ。失敗は許されない。俺の顔に泥を塗ったお前は、そのまま労働用奴隷に落とす。連れていけ」
周囲の衛兵に取り囲まれ、連れていかれる男の絶叫が地下牢にこだまする。
あまりに悲痛な叫び。胃の中の全てがこみ上げてくるが、それを何とか喉元で抑える。
「どうだい、シキ。俺はお前の考えてるような、非人道的な人間ではないだろ? こんなにも商品を大切に扱っている。今日は、それを分かって欲しかった」
「あ、あぁ……」
「気に入った奴隷が居たら、この中から譲ってやっても良いが。どうする?」
「い、いや、良いよ。ちょっと気分が優れないから、これで」
吐き気を抑えこの場からすぐに立ち去ろうとしたとき、足元が揺れ、意識が飛んだ。
主人公は、血を見ると気絶します。リアルに想像するだけでも倒れます。
例えば理科の授業中、人体の勉強をしているときに気絶します。
例えば健康診断や予防接種の待合室で気絶します。
例えばモンス〇ーハン〇ーをやってる最中に顔色が真っ青になります。
うん、作者の実体験ね(ぇ
そんな貧弱な作者と主人公を応援するという意味でも、ブクマ・評価を押して下さると嬉しいです!
ほんとに、簡単に気絶するので(笑)