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辺境の流刑地で平和に暮らしたいだけなのに ~三国志の片隅で天下に金を投じる~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
三章 赤壁の風

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61話 酒の恩


 突きつけられる矛先、肌を裂くような威圧。

 劉備は静かに、僕の言葉を待つ。

 後ろで、雷華は怯えている。見なくても何となく、それは伝わる。


「これは、劉備様と、交州との外交問題にもなります。一度戻り、精査したうえで返答を」


「機は逃せん」


「そこを、何卒。私では決められぬことが、あまりに多いのです」


「雷豊を捕らえよ」


 兵が一斉に僕の腕に掴みかかったとき、空気をぶち破らんばかりの声が響く。

 まるでそれは「銅鑼」だ。僕も、兵士も、思わず体が小さく竦んでしまう程の爆音。



「──お待ちを!!」



 ずずいと前に歩み出たのは、虎髭を蓄えた力士の如き大男。

 その人相はまるで金剛力士像の様だ。きっと、熊とつかみ合っても負けるまい。


「なんだ、張飛」


「兄者、止めてくれ。これは可哀そうだ」


 劉備が大きく溜息を吐くと、兵士達もビクビクとした様子で僕を離し、一定の距離を取った。

 どうやら劉備が離せと、指示を出したみたいだ。


「お前、俺の言葉を聞いちゃなかったのか? あれは、公孫蘭だ。兄貴の一族だ。俺が引き取らなきゃ、兄貴に顔向けできねぇ」


 まぁ、時代が時代だ。力を持ち、家柄の高い男に嫁ぐことが女性の幸せだと考えられている時代。

 確かに今は乱世であり、結果を考えれば現代であろうと、その形は間違っていないのかもしれない。


 そう考えれば、公孫蘭を娶ることは劉備にとって、公孫瓚への何よりの恩返しになると思っている。

 さすれば僕は、その道を阻む障害物でしかない。


 それでもいい。障害物でも、何でも。一番考えるべきは「雷華」の気持ちの事だ。


「確かに、公孫の兄貴には、俺らは大恩ある身だ。兄者がどんな気持ちを抱えてるかもよく知ってる。でも、だからこそだ」


「どういうことだ」


「公孫蘭殿を見てくれよ。酷く怯えてる。これは、男のやることじゃねぇ」


 初めて劉備はそこで、雷華に目を移したように思う。

 僕を敵視するあまり肝心なところに目が行ってなかった。そういう事だろう。



 前日に、僕が頼み込みに行ったのは、この張飛のもとであった。

 糜芳さんに勧められたとき、あまりに意外であったので思わず理由を聞き返したほどだ。


 張飛と言えば目下の人間に厳しく、目上の人間にへりくだる、そんな性格をしていると聞いていたからだ。

 しかし糜芳さんはそれを聞くと苦く笑い、部外者が見ればそう映るだろうと答えた。


『将軍は、優しい人だ。優しすぎて、軍人になるべきではなかった、そういう人だ。だからこそ兵士を戦場で殺さない為に、調練を厳しくする。気弱だからこそ、上の人間への接し方が分からずにへりくだる。子供の様に不器用なんだ』


 聞けば張飛は、数年前に嫁を貰っていた。今にしては珍しい自由恋愛でだ。


 山賊に捕らえられていた少女がいた。ただ何の運命か、曹操に破れて流浪していた張飛がその山賊を制圧。

 こうして張飛は捕虜であった者を皆、逃がすか、配下に組み込んだという。


 少女はその時、張飛の側にいることを願った。張飛はそれを避けながら、ついに根負けして娶ったのだという。

 後に少女が曹操の一族である名門「夏候氏」の者だと分かって以来は、もう嫁に頭が上がらないらしい。


 そして直接会いに行くと、張飛は僕の言葉よく聞いてくれた。

 確かに糜芳さんの言う通りの人だったように思う。

 劉備に今まで楯突いたことなどないから、あまりに不安だと顔色を悪くしていたほどだ。



「それに今は、曹操だ。逃すべきじゃない好機は、そっちだろうと俺は思うんだ。兄者、ここは脅すより、手厚く遇した方が良いと思う」


 張飛の説得に、今まで一度も歯向かったことがない弟の説得に、流石の劉備も腕を組んでギシギシと歯噛みをした。

 ただ、劉備も劉備だ。簡単に折れるような人間ではない。

 体が折れるんじゃないだろうかという程に、横に曲げながら唸り続ける。


 すると急に部屋の扉が開き、一人の男が勝手に入ってきたのだ。


 衣服は農民の様にボロボロ、髪も乱れ、酒の飲み過ぎか目も赤い。

 明らかな不審者だが、この場に居る誰もが彼を止めようとしない。


 止めるどころか、呆れて眉をひそめるありさまだ。


「オォイ! 玄徳!! ぶち殺してやる!!」


 不審者は開口一番に、あまりな言葉を吐き出した。

 しかしそれを見て劉備は兵士に命じて、自分の隣に椅子を用意させる。


簡雍かんよう、飲み過ぎだ。とにかくここに座れ」


「やなこった」


 簡雍。それは劉備陣営で恐らく、最古参である人物。

 史実では益州の首都である「成都」の無血開城を果たした男である。


 そんな傑物は千鳥足のまま、僕の隣にドカリと座った。

 あまりに酒臭い。思わず呼吸を止める。


「テメェ、この坊主が持ってきたよぉ、酒を、俺に寄越さなかったとは、どういう了見だ!? はっ飛ばすぞ!!」


「いくら使者に探させてもお前いっつも姿をふらふらとくらますからだろう。酒宴に参加しなかったお前が悪いね」


「俺は一杯の酒が得られねぇだけで、気も狂わんばかりの怒りに震えてる! だというのにお前は、美酒を贈ってもらった相手を脅し、その恩に背こうとしている。これが『徳の将軍』のやることか!?」


「うっ……そ、それとこれとは別だ」


「それにお前に嫁いだ女はみんな苦労しっぱなしだ。呂布に城を奪われた時も、呂布が下手なことをしなかったから良かったが、本当なら全員犯されて殺されてた。それで公孫瓚に恩返しだと? 勘違いも大概にせぇや!」


「り、呂布が裏切るなど、あの場の誰が予想できた!? 仕方ないだろうが!」


「じゃかあしい! んなこたぁ、どうでもいい! あの美酒を、俺に寄越せっつってんだ、この阿呆め!!」


 劉備を顔を赤くして拳を震わせる。

 対して簡雍はそんな劉備を見て鼻で笑うだけだ。



「か、関羽! お前はどう思う!?」


「殿の負けでしょう」


「うぐぎぎぎ……分かった、お前らの言う通りにする。確かに今は曹操が一番だな、悪かった。雷豊よ」


「はい」


「お前の言う通りだ。役目が終わって交州に戻り、話をまとめてくれ。それで駄目なら、諦めよう」


「か、かしこまりました」



 簡雍はそれを見届けると軽快に笑い、僕の耳元で「報酬の酒を後で貰いに行く」と告げて、部屋を出ていった。



簡雍は、劉備関連の人物では特に好きな人物ですね。

劉備が皇帝に即位してから、歴史からふっと姿を消すあたりがなんともエモい。

カッコイイっすわぁ……


次回は、曹操が赤壁に向けて軍師達を叱ります。



面白いと思って頂けましたら、ブクマ・評価・コメントよろしくお願いします!

誤字報告も本当に助かっています!


それではまた次回。

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― 新着の感想 ―
[一言] だろうな、戦はともかく、夫と父としては最悪だぜ。 ホッとしました。
[一言] 張飛が夏候月姫さらったって言われたりもしていますが、この話のほうがありそうですね。 あと、個人的に簡雍は説得した責任をもって劉章と一緒に隠居したんじゃないかなって思います。
[一言] 張飛と夏侯月姫はかなり仲が良かったみたいですし、味方になると心強いですね。 そして簡雍はある意味よく粛清されないなw
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