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辺境の流刑地で平和に暮らしたいだけなのに ~三国志の片隅で天下に金を投じる~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
三章 赤壁の風

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59話 報われぬ想い


「御屋形様、お呼びで御座いましょうか」


「なんじゃ、浮かぬ顔だな」


「いえ、そのような」


「全く。俺の前ではちっとも表情を変えぬ癖して、シキの前ではウキウキしおって。ちょっと傷つくわい」


 ねちねちとシショウに嫌味を言われながら、魯陰は呆れて溜息を吐いた。

 この交州において、この老人は絶大なまでの人気を得ている中、こうした態度が身内以外で取れるのは彼女くらいなものであった。


「領内での異変は無いか?」


「孫権が派遣している間者は、大きく減りました。やはり曹操に人員を割いている為でしょう。歩隲にも動きはありません」


「大人しくした甲斐があったな。あ、それと先日、曹操から再び書簡が届いた」


 内容は、孫家の背後にある山越族の反乱を煽れ、というもの。

 他には物資類の調達についてもだ。


「ついこの間、密かに物資は送ったというに、また催促だ。それに、山越の反乱も煽れと。老体に鞭を打ちよるわ」


 ただ、孫家と戦になった際、背後を脅かす存在であれというのが、曹操との盟約の条件でもあった。

 曹操の下にはシキョウとシカンを人質として送っている。断れば、彼らの身も危うい。


「如何されますか?」


「そういえば、陸績殿とシキは個人的に仲が良かったはずだな」


「はい」


「陸績殿の持つ、揚州名士との交友を頼る他あるまい。茶番を演じよ。山越が反乱を起こそうとして、それを孫家の将が未然に防いだと。そうすれば文句は言えまい」


「その、陸績様との交渉を、ということですか?」


「そうだ。歩隲にバレるなよ。後は物資だが、うーむ、交州は貧しき土地だからなぁ。歩隲に睨まれてるから何度も送るのは難しいと言っておくか。少しばかりの金でも送ってな」


「そちらは、そのようにシシ様へお伝え致します」


「まぁ、ちょっと待て。少しは老人の話し相手にでもなったらどうだ」


 呼び止められ、部屋を出ようとしていた魯陰は再びシショウの方へと向き直る。

 シショウはただ、のんびりと白湯を啜り、ぬか漬けにしたカブをポリポリと噛んでいた。


「何か、まだ御用が?」


「諦めろ」


「……何がでしょうか?」


 魯陰の言葉は、静かな怒気を孕んでいた。

 呆れる様に、シショウは眉をひそめる。


「お前を、シキの影にすると決めた。それはずっと前からだ。影は、主人と一つにはなれん」


「分かって、おります」


「お前が奴を好いてるのは知ってる。だからこそ選んだ。俺を、恨みたくもなるだろう。お前に、好きな者の為に、その身を汚せと言ってるのだからな」


「っ……」


「シキには才がある。されど、心根がまだ清い。政治とは、何かを斬り捨てながら、一歩ずつ歩みを進めるもの。全てを守ろうとすれば、全てを失う。あれは、それを知らん」


 湯気の立つ陶器を、机に置く。

 魯陰は黙って、シショウの言葉を聞いていた。


「奴には、この交州を担っていかねばならん責務がある。それは、あまりに酷な道。お前はその道を歩む、シキの影だ。一生、報われぬ想いを胸に、その身を汚せ」


「この際ですから、はっきりと言わせていただきます」


 顔を上げる魯陰の顔は、涙に濡れていた。

 シショウはただ、その顔を無表情のまま、正面に捉え続ける。


「私は、御屋形様が大嫌いです。このような役に、私を任命なさった、貴方が何よりも恨めしい。憎くて、仕方ありません」


「そうか」


「されど……承知いたしました」


 謝罪も、感謝もなく、シショウはぬか漬けを口に運ぶのみ。

 魯陰もまた、今は下手な言葉を聞きたくはなかった。


「お前に、一つ任がある。陸績殿との交渉が済み次第、すぐにやれ」


「はい」


「遼東の袁煕を動かし、曹操の背後を脅かすようにするのだ。袁煕なら断らないだろうが、その配下の公孫康こうそんこう……いや、公孫淵こうそんえんが曲者だ。ここを抑えてほしい」


「御意」





 三国志と言えば、魏、呉、蜀の三つの国が覇権を争った時代の事を言う。

 ただ、この三国だが、それぞれの腹の中に別な勢力を抱えていた。


 例えば呉は、交州の士燮政権がそうだ。

 士燮が死ぬまでの間、孫権はこの交州には手を出せず、士一族の自治権を認めていた。


 蜀は、雍闓ようがいが大きな勢力を持っていたあの「南蛮」の統治に手を焼いていた。

 しかし、劉備死後の南蛮反乱により、鎮圧の機会が出来たおかげで、試行錯誤しながらも直接統治には成功している。


 そして、魏。彼らを悩ませたのが、遼東の「公孫」一族であった。

 彼らは公孫瓚の一族とは別であるが、幽州北部にて大きな勢力を持っていた。

 時に魏に従い、時に呉へ助けを求め、のらりくらりと自治を保ちながら「燕」という国号まで名乗っていたほどだ。


 その、燕のトップだったのが「公孫淵こうそんえん」である。

 憎いまでの外交手腕を持った梟雄で、魏からの矛先を躱し続け、独立勢力を保っていた。

 持っているネットワークも広く、烏桓族や朝鮮、果ては交州や日本にまでその網は広がっていた。


 ただ、今は袁紹が次子の「袁煕」が、この遼東を保っていた。

 烏桓の協力、及び交州から支援を受けた財力、それを見た「公孫淵」の父である「公孫康」は、袁煕を曹操に渡すよりも利用した方が良いと判断。

 袁煕を頭に据え、公孫一族はその筆頭勢力として、遼東を実質的に握っていた。



 確かに、遼東の独力では曹操に反旗を翻せない。

 ただ、涼州と示し合わせ、不穏な動きを見せるだけで、曹操の警戒を十二分に煽れるはずだ。


 全力を注がなければならない「赤壁の戦い」を前に、懸念を増やす。


 これが、交州を守ることに繋がると、妖怪は闇の中で密かに手を伸ばし始めていた。



公孫淵も中々に面白い人ですよね。

のらりくらりと外交を使い分けて、士燮に並ぶ手腕を持っていたでしょう。


まぁ、どんどん調子に乗って、彼は自滅していきますが。

そう考えると士燮の外交センスは素晴らしい(自作上げチャンス)



さて次回は、劉備とシキの対面。

シキは劉備説得の為に、とある人物のもとを訪ねる。



面白いと思って頂けましたら、ブクマ・評価・コメントよろしくお願いします!

誤字報告も本当に助かっています!


それではまた次回。

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― 新着の感想 ―
[一言] 三國志好きだったんだが、演義が好きな俄なんだ成って読んでて思う。
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