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辺境の流刑地で平和に暮らしたいだけなのに ~三国志の片隅で天下に金を投じる~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
三章 赤壁の風

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58話 滅んだ血脈


 どこで、気づかれた? いや、情報の秘匿は徹底していたはずだ。

 しかも劉備陣営は、交州の情報をほとんど持っていなかった。それは麋竺さんを見ていれば分かる。

 それなのに、どうして。


 生唾を飲み込み、首を傾げて見せる。


「この、私の風貌についての話に御座いますか? 別にこれは仕事上の理由であり、生まれは雷家で御座います」


「いやいや、そうじゃない。別に誰もいないから隠すんじゃねぇよ。たかが商家の人間が、お前らみたいな顔になるわきゃねーだろ」


「……というと」


「人間ってのは、どう生きてきたかってのが顔に出るんだ。だから、相手がどんな人間か、それは顔を見りゃ分かる。生き方次第で、顔つきってのはいくらでも変わる」


 当然だと言わんばかりに、劉備は呆れ顔でそう言う。

 好き嫌いを別として、人材を見極めることに関して言えばきっと、この男は天下一だ。

 どうやっても隠し通せない。そういった天性の勘というものをまざまざと見せつけられた。


「例えば雷豊、お前は商家の男にしちゃ目が座りすぎている。アレだな、曹操んとこの郭嘉、アイツに似てる。戦略、軍略、政治を肌身で感じてきてないと、その目の色にはならねぇ」


「確かに、目つきが悪いとは小さな頃からよく言われてますが……」


「目つきじゃない。目の色だ、色! んー、やっぱ分からねぇか。孔明にも適当言うなって毎回怒られるんだよなぁ。まぁ、似てるっつっても、お前は郭嘉ほど鋭くは無いがな。未熟だ」


「見当違いに御座います。私は、血を見るとすぐに倒れる気性。とても血なまぐさい環境になど」


「まぁ、そう言うしかねぇか。どんな事情があるにせよ、この劉備に嘘は通用しない。俺の軍に何か工作をしようってんなら、お前は殺してくれと泣き叫ぶことになる」


 笑顔で、なんて脅しをかけるんだよ。

 徐庶さんも含め、もう少しこう、穏健なタイプは居ないのだろうか。


「私は、私の守るものがあるだけです。その道の先に、ぶつかることもありましょう」


「良いね、嫌いじゃないぜ。今んとこはぶつかってないってことだな。じゃあそのまま泳がせといてやるよ。自由にしな」


「ありがとうございます」


「そうだなぁ……俺の配下になれ。そう言ったら、どうする?」


「私は、戦が苦手ですので。平穏な交州で、商人を続けさせていただきたく」


「ふっ、言ってみただけさ」


 すると、出入り口の扉が開く。

 入ってきたのは一人の軍人。身長は軍人にしては少し小柄である。

 ただ、全身の筋肉の盛り上がり方は異様であり、そのせいか脇も閉じることが出来ないみたいだった。


「殿、お呼びでしょうか」


「あぁ、趙雲。少し近くに寄れ」


「ハッ」


 僕らに一瞥もくれず、趙雲と呼ばれた小柄の豪傑は、劉備の側にピタリと付く。

 彼が、五虎大将軍が一人。趙雲か。

 まさに全身が肝っ玉と呼ばれるだけある、骨の髄まで「軍人」と言った風の男だった。


「まぁ、別に雷豊は今のところ、どうでもいいんだ。それよりも、後ろの、お前だ」


 劉備は雷華を指さす。


「その顔を見て驚いた。その面影、俺が忘れるはずがねぇ。思わず、涙が出そうになったほどだ。おい、名は?」


「ら、雷華と申します」


「ふむぅ……いや、違うな。貴方の名は、雷華ではない。俺の記憶が正しければ、名は『公孫蘭こうそんらん』であるはずだ」


「……っ」


「殿、ま、まさか」


「趙雲。お前の方が長く兄貴の軍に居た。どうだ? 名残があるとは思わないか?」


 目を白黒させる趙雲は、雷華に近づき、瞳を涙で揺らした。

 そして再び劉備の方へ向き直る。


らん様との面識は御座いません。されど、その顔には確かに、公孫瓚こうそんさん様の、そして公孫越こうそんえつ様の面影が」


「やはりな」


 僕一人だけが、この状況を上手く呑み込めていない。

 雷華の顔は暗く、沈んでいるように見える。こんな顔は未だかつて、見たことはない。


 だからこそ、劉備の言葉に、強い真実味があった。


「り、劉備様」


「何だ」


「今日のところはこれで失礼させていただきたく。我が従弟は、気分が優れぬ様子」


「従弟? いや、女であろう」


「いえ、雷華は私の従弟に御座います。そのように、育ちました。そこを曲げることは出来ません」


「分かった、退出を許す。ただ、今夜、今回で少し言い足りなかったことを書簡に書き、それを届けよう。後日再び呼ぶ。それまでに、返事を考えていてくれ」


「承知いたしました」


「趙雲は、何度もすまないが張飛、関羽を呼べ。諸葛亮の報告を基に、軍議を開く」


「ハッ」





 屋敷に戻り、僕はそのまま雷華を問い詰めた。

 言いたくないでは、済まされないところに来ている。

 僕にだけはどうか、本当のことを教えてくれと、そう言った。


「私も、聞いた話でしかないの。自分でも、まだ信じ切れていないから」


 雷華は、劉備の言っていた通り、本当の名を「公孫蘭」と言った。

 幽州で強力な兵馬を率いていた猛将「公孫瓚」の、歴とした一族である。

 父は、公孫瓚の従弟にあたる「公孫越」だとか。流石に、耳を疑った。


 その昔、公孫越は同盟相手である袁術への使者として、現在の孫家が治める揚州へとやってきた。

 しかし公孫越は客将として袁術の下で戦に出て、そのまま戦死。

 その時はまだ記憶も曖昧なほどに小さかった雷華は、いや、公孫蘭は幽州で繋がりのあった商家である雷氏に預けられたのだ。


 公孫瓚が滅んだ今、一族の人間はほとんど族滅され、自分を知る人間はいないと思っていたところ、劉備が見抜いてしまった。


「話に聞いただけだった。私はそれでも、お父さんの娘だって気持ちが強い。雷家の人間なんだって。公孫の一族とか、本当に、全く知らないのに、そんなこと言われても分からないよ……」


「そうか、ありがとう、話してくれて」


「……うん」


 今まで誰にも明かしてこなかったことだ。

 明かしてしまえば少なからず、公孫の血筋を担ぐ人間が出てきてしまう。

 そして今、それが出てきてしまったと考えていい。


「なぁ、お前の意思を聞きたい。お前は公孫蘭なのか、雷華なのか、これから一生、どちらとして生きていきたい?」


「雷華、が良い。シキとの思い出がたくさん詰まった、雷華の名前のままで居たい」


「分かった。だったら僕も、今までどおりだ。これからも」


 日が落ち、月が昇る。

 劉備からの書簡が一つ、シキの手元に届いた。



 ──公孫蘭を、身請けしたい。側室として遇したい。



 本人の意思に関わらず、時世の流れは大きくうねり、過ぎて行く。

 今にも泣きだしそうなほど、不安に震える雷華を、大丈夫だと、胸の内に抱き寄せた。




次回は、舞台は交州に戻り、親父と魯陰についてのお話。


面白いと思って頂けましたら、ブクマ・評価・コメントよろしくお願いします!

誤字報告も本当に助かっています!


それではまた次回。


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― 新着の感想 ―
嫌な予感がした。 先の感想を読む限りここから読み飛ばすのが正解か。 つか投資ってなんだっけ。
[気になる点] 雷華がそのまま劉備に奪われ、後悔し力のなさを嘆くシキがひと化けするよくある展開を覚悟していました。 [一言] IF小説は、史実から離れた展開になるほど、そこからさらに飛躍する展開に持っ…
[良い点] ストーリーが面白いです!! [気になる点] この後、雷華がどうなるかめっちゃ気になります。 [一言] 個人的には、雷華とシキがくっつく未来がいいです!! でも、面白い展開になるならくっつか…
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