57話 龍の喧嘩
「ただ、呼ばれただけだ。別にお前がついてくる必要はなかったんだが」
「だってこの前、あんな顔色で戻ってきたんだもん。シ……従兄さんは目を離すとすぐに、危ない目にあってるから心配なんだよ」
「あの日は、その、酒を飲み過ぎただけだ」
「だったら猶更、付き添いは必要だね?」
「うぅむ」
夏口に戻って、支度を整えたのちに城へ向かおうとすると、雷華が僕に付いてきた。
正直、徐庶さんとの関係性はまだ伝えていない。知ってるのは、麋竺さんくらいだ。親父にも伝えていない。
あんまり無理を言って引き離すことも出来ず、結局、雷華を連れての入城となった。
「あぁ、雷豊、待っていたぞ。ん? そちらは?」
「徐庶様にはご紹介しておりませんでした。こちらは、雷家当主が四男、我が従弟の雷華に御座います」
「雷華と申します」
「ほぅ、本当に同じ血族なのか? 素晴らしい人相だ」
「よく言われますので、肩身の狭い思いをしております」
「ハハハッ! お前も奇抜さでは負けておらん。あ、そうだ、少し良いか?」
「はい?」
徐庶さんに手を引かれ、耳打ちをされる。
小さな、雷華にも聞こえないだろうなと思うほどの小声だった。
(烏林の下見の報告は後でで良い。急で悪いが今からお前には、我が殿に会ってもらう)
(な、え? どういうことですか?)
(身構えることはない。先日の葡萄酒のことだ。殿が礼を言いたいと仰ってな、その面会だ。頭を下げとけばすぐに終わる)
(わ、分かりました)
(私がお前を側に置いているとも言うなよ? 昨日、軍師の諸葛亮が戻ってきたが、奴はこういうことに五月蠅いのだ)
(承知しました)
☆
雷華を連れ、徐庶さんの案内の元、僕らは奥の一室まで連れられる。
これから会うのって、あの、劉備だよな。
心臓の高鳴りがハンパない。まさに、三国志の主人公たる、あの男と相見えることが叶うのか。
ファンだとか、そういう感じではないが、三国志を知る人間として興奮しない訳がない。
「殿、言っていた商人を御連れしま──」
扉が開き、徐庶さんがそう述べる声を遮るように聞こえてきたのは、怒号であった。
怒号というか、喧嘩だ。口喧嘩。
ワーワーギャンギャンと、いい大人が罵り合ってるような、そんな感じ。
「良い加減にしてくだされ! 私が目を離している隙に、どうしてこのような素性もしれない男を側近に置く様なことを!」
「帰ってきてからお前は小言しか言わねーな! 俺はお前の主だぞ! 口の利き方に気をつけろや!!」
「主を正すのが忠臣の役目でしょうが! それよりもこの男は、どこから拾ってきたのです!!」
「丁度、関羽の調練を見に行った帰りに、山で狩りをしてるのを見つけたんだ。どうだ、凄いだろ! 見ろよこの巨体! 頭の大きさ! これは良い軍人になる、間違いない」
「まさか得体の知れぬ民を側に!? 何をやってるんですか! 貴方はもうお山の大将では無いんですよ!?」
僕らに気づく様子もなく、耳の広い壮年の軍人と、若き文官は言い争いを繰り広げていた。
まさかとは思うが、あれが「劉備」と「諸葛亮」。
水魚の交わりの様な親密さとはかけ離れ、犬と猿の様な険悪ムード。
親子ほどの歳の差があるのに、劉備の方が子供っぽいのもまた、うーん、らしいっちゃらしいけどさ。
そして二人の間でしどろもどろに困惑しているのは、巨大な体と、大きな頭をした青年だった。
あの体の大きさで、まだ顔には幼さが残っている。僕と同じくらいか、それよりも少し若い感じだろうか?
「それで、この男の名は?」
「知らん」
「はぁ!?」
「こいつは吃音持ちでなぁ。喋れんのだ。まぁ、そのうち筆談かなんかで聞いとくよ」
「何を暢気なことを……」
「あ、今度の戦でこいつを部隊長にするから。いやぁ、あの魏延とかいう荒武者と良い勝負をするぞ」
「吃音持ちを部隊長になど、何を考えておられるのですか!?」
しばらくほとぼりが冷めるまで待っていようと見ていたが、一考に冷めやらぬ気配なのを感じて、徐庶さんが仕方なく呆れた顔で二人に近づいていく。
「あのー、殿? 客人がいらしてる前で、それはちょっと」
「ん、あぁ、徐庶か。聞いてくれよ、この堅物泣き虫がまた俺に文句を」
「今、私の悪口を目の前で言いましたね!?」
「お止め下され! 客人の前ですぞ!!」
「え? あ、すまん」
ようやく僕らの存在に気づいただろう劉備は、居住まいをビッと正し、大きく胸を張る。
切り替え一つで、ビリビリとした威圧が部屋に満ちた。
これが、劉備か。静かに絡め捕られるような孫権の威圧とは異なり、周囲の全てを圧倒するような派手さがある。
「私が、劉備だ」
その言葉と共に、思わず僕と雷華は、これでもかと額を床に押し付けた。
いや、押し付けたというよりは、押し付けられた。そんな感じがする。
「殿、彼らが先日、あの葡萄酒を届けてくれました、交州の商人で御座います」
「雷家の、雷豊と申します」
「同じく、雷華と申します」
「あれは旨かった! 酒なのに果実の様な甘みがあった。大事に飲もうと思ったが、将兵に振舞ってしまい、一晩であっという間に無くなってしまった」
「ありがとうございます」
「顔を上げていいぞ。目を見て、直接礼を言いたかったのだ」
促され、顔を上げる。
まるで子供の様にワクワクとした顔つきをしていた。
なんだか年の離れた人だという気がしない。
まるで今まで一緒に過ごしてきた様な、それこそ兄の様な、そんな気持ちにさえなってしまう。
僕と雷華の顔を見た劉備は、小さく「ほぅ」と呟いて、その目を真ん丸に開く。
一瞬の間。それに、どうしようもなく緊張してしまう。
「よし、徐庶、孔明もだ。お前らみんな下がれ。この二人と直接、話がしてみたい」
「殿、相手は僻地の商人ですぞ? しかも異民族の。殿の名に傷がつきます」
「ったく、五月蠅いなぁ。良いから引っ込め。この程度で傷がつく様なら、勝手に傷をつけておけ」
「諸葛亮、命に従え。我らは出るぞ」
「はぁ……」
「あ、それと趙雲を呼んどいてくれ」
徐庶さん、そして諸葛亮と、例の青年は部屋を出る。
残ったのは、僕らと、劉備が一人。
劉備は不思議そうに、眉をひそめながら口を開く。
「お前ら、商家の生まれじゃないな。どうして嘘を吐いた? ん?」
心臓が、跳ね上がった。
劉備と諸葛亮は、実際、普通に仲が悪かったって言われますよね。
特に「劉巴」の処遇に関してよく喧嘩をしてたとか。
だからこそ、劉備は臨終の際に諸葛亮へ「乱命」を伝えて、反乱を未然に防ごうとしたとか。
うーん、悲しいお話。
さて、次回については、まぁ、あまり多くを語りますまい。
どうぞお楽しみに(笑)
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それではまた次回。




