5話 妖怪の弟
「おぉ、よく来たな、シキよ」
「お久しぶりです、シイツ叔父上」
身長は細く長く、綺麗に整えられた白髭。
本当にあの親父と血が繋がってるのかと疑いたくなるほど、品のある紳士な叔父さんだ。
叔父上の治める「合浦郡」は、交州では最も交易が盛んな地域で、だいたい「香港」に値する地区だ。
ちなみに親父が治める交州の中心地「交趾郡」は、「ハノイ」に値する地区だね。
「屋敷は既に用意してある。必要とあれば家人も手配するが、どうだ?」
「いえ、そんな大人数ではないので。それに優秀な家宰を一人連れてきてますので」
「ふむ、若いのにしっかりしているな。我が息子も見習ってほしいものだ」
シイツは呆れるように溜息を吐いた。
僕よりも十歳以上、歳が上の従兄。名前は「シキョウ」。
一族の中でも有名な「遊び人」であり、叔父上よりも親父に似た気質を持ってるんだよなぁ。
しかも、叔父上に似て整った顔立ちをしてるだけに質が悪い。
「それで、話は既に聞いているんだが、お前は『商売』をやりたいのか」
「はい」
「ふむ。やりたいことは決まってるのか? 貿易関係ならば、少し融通は効かせられるが」
「いえ、貿易は既に権利を握ってる大商人が多く、僕の様な子供が入り込む余地はないでしょう。上手く利用されるだけです」
「では何を」
「金を持っている人間がこの地区には多いです。ならば、娯楽が栄えます。私は『風俗』関係の運営を行おうと」
「な、なに!?」
叔父上は目を忙しなく泳がせながら、大きくのけぞる。
「娼婦を使うというのか!? あまりにも下賤だ! 我が一族の人間として、そのような恥ずべき行為、許されると思うてか!?」
別に、下賤だとは思わないけどなぁ。
といってもこれは、前世の僕の感覚だ。
この時代の「倫理観」である「儒教」では、性欲や愛欲を否定こそしていないが、執着してはならないとされている。
そうなると執着しない様に、適切な距離で相手との関係を育む考え方と、女性を「道具」として扱い、気持ちが固執しない様にする考え方に分かれるとか。
僕からすれば、ここら辺の価値観は全く分からないからとりあえず詳しいことは省こう。
それで、僕がやろうとしているのは、後者に値する商売になる、というのが叔父上の考えだった。
一人の妻を愛し続け、清廉潔白な気質を持つ叔父上からすれば、到底、受け入れられるものではない。
でも、僕が考えているのは「ソープ」ではなく、「ガールズバー」のような形態だ。
別にどちらが上かとか、そういう話ではない。
将来的な「稼ぎ方」を考えた上で後者の形態を選び、これをゆくゆくは「高級料亭」にまで変化させたいと考えていた。
「叔父上は勘違いをされています。性交渉を売るつもりはないですし、何なら従業員に触れることも禁止にするつもりです。女性が中心として働く酒屋、そうお考え下さい」
「しかし、ただの酒屋では、金は稼げないだろう。どれほど大規模な店を開くつもりなのか?」
「裏路地のような寂れた場所で、客も一度に四、五人ほどしか入れない規模を考えています。入店できるお客様も、紹介が無いと入れないものとします」
「ますます分からん」
「商売の基本は『多く売る』こと。それが膨大な利益になるからです。しかし、僕が考えているのは『高く売る』ことです。それだけに集中するなら、客層は絞るだけ絞った方が良い」
それに、本当に欲しいのは「金」ではなく「情報」だった。
世情をよく見る商人達の、本当にトップ層から得られる「情報」は、投資にはうってつけなのだ。
士一族で生まれたからには、金はそこまで執着しなくても良い。
最初から名前に信頼がある状態だからな。
それこそ、店に来た商人と共同で商売なんかが出来るかもしれないし、今すぐ考えないといけない事でもない。
「うーむ……最近の若い者の考える事は分からん。それに、まるで大人と事業の話をしているかのようだ」
「女性は家の事だけをしていればいい、という考えは斬り捨てた方が良いでしょう。それこそ叔父上がもし、不意に他界してしまった場合、残された奥方様はどうやって生きていけばいいでしょうか? 幸い今はシキョウ殿が居られるから大丈夫でしょうが、そうではない人も多い。そういった女性は、再度誰かに嫁ぐか、身を売るしかない」
「うぐっ」
「しかし、安定して、自らの手で稼ぐことが出来ればどうでしょう? 奥方様は、叔父上以外の誰かに無理に体を売ることなく、自分の意思で生きていけます」
「分かった分かった! 私の弱みをこれほどまでに抉るのか。兄上がお前に期待するのもよく分かるよ、はぁ……」
こうして僕は叔父さんの許可を得たうえで、新事業を興す事が決定した。
最初に「応援」する相手は、あからさまな男尊女卑の時代に生きる、生活に苦しい「女性」達だ!
「さて、次に会いに行くのは……シシ兄上か。気が乗らないなぁ……」
この士壱さん、実は結構有能な人物。
士燮が交州で独立を保てた大きな要因が、中央の文官たちとのコミュニティやネットワークのお陰だったんですが、このネットワークは士壱が基礎を作ったといっても過言ではないという。
士壱の師匠的存在の「丁宮」は三公の司徒ですし、彼の後任の「黄琬」も士壱を重く用いてます。
まさに中央のトップ官僚の立場。董卓の乱で洛陽が焼かれたので、仕方なく交州に帰ったみたいです。
あの士壱が治めてるんだから、ということで戦乱から逃げたビッグネームが続々と交州へ集まってますしね。
まぁ、その話は本編にて……(*'▽')
週間ランキングにも上位に食い込めました。
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