表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境の流刑地で平和に暮らしたいだけなのに ~三国志の片隅で天下に金を投じる~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
三章 赤壁の風

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/102

54話 分裂


 議論は、いつになく紛糾していた。

 血の気の多い家臣団ではあるが、この二人は中でも筆頭と呼べる二人であろう。


「だぁぁああ! 何が降伏だ! 主君が三代を掛けて築いた江東の地盤を、天下を簒奪し、徐州の民を殺戮したあの曹操如きに譲るというのか!?」


「降伏ではない、和平だと言っておろう! 曹操の勢いは今や天を貫かんばかり、兵力も我が軍の何倍あると思っておる!? 勝ったとて損害は大きくなるのが、どうして分からぬ!!」


「和平も降伏と同じだ! 長老殿は降伏したとて曹操に重く用いられる確信があるから、易々と斯様な進言が出来るのだ!!」


「この張昭を愚弄するか!? この場で斬り捨ててくれようか!!」


「おう、来てみろ! 返り討ちにしてくれる!!」


「やめよ、二人とも!」


 剣を抜きかけた魯粛と張昭の意気を挫く、孫権の怒声。

 流石の二人も熱くなり過ぎたことを察したのか、その場で膝を付き、孫権に頭を下げる。


 曹操と抗戦するか、否か。


 現在、抗戦を主張するのはこの魯粛と、周瑜の二人だけであった。

 たかが二人であるが、周瑜の存在はそれほどに大きい。その気になれば孫家を乗っ取ることすら容易いのだ。

 それに前線の若き将兵を束ねるのも周瑜。無視など出来るはずもない。


 何度議論を重ねても、話は平行線だった。

 前線の柴桑にいる武将達は周瑜と意見を同じにして、後方の文官達は張昭に従う。

 今までは文官の意見を重んじてきた。しかし、今回の件はハッキリと「軍事」の問題である為に、そうもいかない。


「今日は、ここまでだ。皆下がれ。少し、疲れた」


 孫権は溜息を吐いて席を離れ、奥の一室に入る。

 曹操からもすでに書状が届いていた。内容は「江東にて共に虎を狩ろう」とのこと。

 言葉は居丈高で、まるで家臣に対する物言いだ。つまり「降伏しろ、共に劉備を討たん」という命令書の様なもの。


 張昭は、劉備を差し出して、後は外交で曹操の要求を躱しながら江東での自治権を保ち、力を蓄えればいい、という主張。

 しかし魯粛は、劉備を殺せば次に狩られるのは江東だから、ここは劉備と組みして、盾としながら曹操に抗うべきだと主張。


 どちらも筋が通っている。しかし、どちらかを取れば、家臣団は分裂する。


 各豪族達に力を持たせたままの統治の良い点は、コストがかからないということ。

 天下が荒れ、君主がそれほど独自の力を持っていない場合、この統治方法はきわめて合理的であった。


 しかし今回のように、内部の分裂を剛腕でもってまとめなければならない場合などは、中央集権的な統治の方が良いだろう。

 とにかく君主へのコストは大きいが、その分、やりたいことを強く推し進めることが出来る長所がある。


 孫権もまた、孫家の血脈を引く男。後者の体制を強く望んでいた。


 しかし今は、どうにかして、落としどころを見つけなければいけない。

 あの癖のある家臣団を頷かせることの出来る、その落としどころを。


「……あまりに癪だが、呼ぶしかないか」


 舌打ちをして、孫権は従者に「諸葛亮」をここに呼ぶようにと、命令を下した。





 服を濡らした汗が冷え、足早に帰る夜道はとても寒かった。


 ただ、何とか生き残れた。その感慨がじわじわと、実感となって込み上げてくる。

 親父が何を企んでいるかはまだ分かってないが、これから何か、力になることが出来るかもしれない。

 徐庶の側に付く、というのはそういうことだ。


 ともあれ今は早くこの汗を流してしまいたい。

 出来るだけ、熱い湯で。


「ふぅ、帰ったぞ」


「あっ、シキ。顔が青いけど、なんかあったの?」


「雷豊だ」


「ご、ごめん」


 髪を下ろし、すっかりと部屋着の雷華。

 慣れていないというか、なんというか。上手く目を合わせられない。


「湯浴みがしたいんだけど」


「あぁ、それなら大丈夫。さっき、俺がしてきたところだから、準備はすぐに出来ると思う」


「助かる」


 僕ばかりが意識して、雷華はいつも通りってのがなんか腹立つな。

 まぁ、今は別に良いや。とにかくこの嫌な汗を流したい。

 これだけ体が冷えてると、ふとしたらすぐに、徐庶さんの殺意の籠った短刀を思い出してしまいそうだ。



 この時代の風呂は通称で「沐浴」と呼ばれる。

 湯に浸かるといった風呂も、無いことも無いが、相当高貴な人間しか使用できなかっただろう。

 例えば、皇帝クラスの人間が湯船に浸かる様な浴室を持てた、という感じ。


 じゃあ庶民に近い人達はというと、一応、それなりの浴槽もあるが、入浴できるのは五日に一度という頻度。

 それ以外の日は、濡らした布で体を擦り、米の研ぎ汁で頭や顔を洗うのだ。


「ここではオリーブオイルが取れないからなぁ。かといって動物性油で石鹸を作ると、今度は臭いが酷いし」


 布で体を擦りながら、そんなことを呟いてみる。

 そういえば、中国ではサイカチとかいう豆から石鹸を作れたんじゃなかったっけ?

 色々と試してみる必要がありそうだ。清潔さを無視してしまうと、下手すりゃ一国が滅びるとかいうしね。


 ガラガラと横開きの木の扉が開く音がした。


「おぉ、やっと来たか、蝉。急に呼んですまない。いや、少し背中を流してくれないだろうか?」


 ふと、扉の方を振り返ると、そこには赤ら顔をした雷華が、布一枚だけを身にまとって立っていた。

 僕の中の、時が止まる。

 人間本当に驚いたときって、ビタァって頭も体も止まっちゃうんだね。


「いや、その、蝉さんがなんか、見当たらなくて……来ちゃった」


「来ちゃった、じゃないんだが!? 何をやってんの!?」


「べっ、別に良いじゃん! 背中流してほしいんだろ! 普段運動とかしてないから体が硬くて、シキは背中まで手が届かないんだよ!」


「う、うるさいやい! こっちもこっちで忙しいんだい!」


 長く伸びた髪、凛とした顔立ち、丸みを帯びた肩や腰。

 顔から首までは健康的に焼けているが、日の当たらない肩から下は白く透き通り、仄かに高揚した色をしていた。

 なんにしても足が長くてほっそい。キリンさんみたいだね、ってやかましいわ。



 何だかんだ大人しく背中を流してもらいながら、もっと体を鍛えようと、そんなことを思った夜でした。



スリキンで、この分裂を食い止める孫権の演説、何度見ても胸に来るものがありますよね。

これぞ「名君」って感じの。僕の中の孫権のイメージって、大体スリキンがベースです(笑)


さて次回は、徐庶とシキが策略を練ります。

如何にしてあの軍略の天才、曹操をこちらの考えるとおりに動かすか。

なるほど、これは難しす(



面白いと思って頂けましたら、ブクマ・評価・コメントよろしくお願いします!

また、誤字報告も本当に助かっています!


それではまた次回。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] この章が終わってからでいいので登場人物を整理してほしいっす。たまに誰が誰だかわからなくなる。
[良い点] うんうん。 読んで良かった満足。
[一言] *外堀と内堀が埋まっていく音*
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ