51話 臥竜と美周郎
現在、孫家の主張は二つに割れていた。
曹操に降服するか、交戦するか、その二択である。
いや、割れていると言っても、九割以上が「降伏」に傾いていると言って良い。
抗戦を主張しているのは、周瑜と魯粛のみなのである。
張昭を始めとしたほとんどの文官武将は、皆、和平や降伏を唱えている。
劉備としては孫家の後ろ盾があって初めて、曹操に対抗できる戦力が整う。
どうしても孫権には交戦に踏み切ってもらわないといけない。
その希望が、孫家側で抗戦を唱える「魯粛」との意見の合致。
魯粛はそこで劉備陣営の代表として諸葛亮を招き、抗戦の声を盛り上げようとしていた。
「諸葛亮殿の御高名はかねてよりお聞きしています。今日、こうしてお招きできたこと、嬉しく思うばかりです」
「魯粛殿の招待は、我が殿にとってまさに天の一声に等しい。共に、曹操へ抗いましょう」
小舟に揺られ、酒を交わす。
向かう先は孫家の前線基地、周瑜の駐屯する「柴桑」の地である。
その前線基地に並ぶ船団の数、統制された兵の姿。
思わず諸葛亮はその光景に見入ってしまい、孫家という存在の大きさを改めて実感した。
そして、これを作り上げてしまう周瑜という存在に対しても、僅かな対抗心を燃やす。
「諸葛亮先生ですね? お待ちしておりました。私、孫家の前線都督を担っております、周瑜と申します」
船から降りるとそこには、輝くような美貌を持つ武人が立っていた。
彼が、周瑜。諸葛亮も負けじと胸をそらし、自分を大きく見せながら、一つ礼をする。
城に入り、周瑜、魯粛と向かい合うように、諸葛亮は席に着く。
綺麗な琴の音と、澄んだ色の酒。装飾の派手さこそ無いのに、この一室があまりにも煌びやかに感じられる。
これでは自分ばかりが余裕のない人間の様だと、諸葛亮は思わず杯を重ねた。
「では、本題をよろしいですかな? 周瑜殿、諸葛亮殿」
堂々と切り込むのは、やはり魯粛だった。
二人の了解を取る間もなく、すぐに言葉を続ける。
「曹操は現在兵を挙げ、襄陽に到着。江陵も含め、荊州北部は既に降服済み。抵抗する荊州勢力は劉備将軍の下に集まり、夏口にて時機を窺っている状況。諸葛亮殿、兵力差はどれほどか」
「劉備将軍の下にあるのは、劉琦様の兵も合わせ、およそ二万五千。曹操軍は蔡瑁らの兵力も吸収し、二十数万の兵力を有しているとみていいでしょう」
「厳しいですな。勝算は如何に」
「劉備将軍の陸兵、周瑜将軍の水兵、ともに曹操軍に勝ります。曹操は涼州、遼東が不穏なまま出陣。耐えるだけでいい。さすれば曹操は嫌でも兵を退かねばならない。そこを、叩きます」
「私も、諸葛亮殿と同意見だ。周瑜殿、貴殿はどう考える」
魯粛と諸葛亮の考える戦略は同じであった。共同戦線を敷き、大軍の曹操の圧力に耐える。
大軍の弱点は、戦が長引くほど疲弊していく点にある。これを突こうと考えていた。
ただ、話を振られた周瑜は僅かに微笑みながら、琴の音を楽しみ、酒を味わっている余裕さがあった。
流石に魯粛も少し苛立った様子を見せるが、周瑜は杯を置き、諸葛亮を正面に捉える。
「もし、涼州と遼東が揺れなければ? 曹操が長期間の圧力に耐えうる力があれば? ただでさえ降伏派の多い孫家がどこまで腰を据えられるでしょう?」
「そ、それは……」
「勝算の大半を他人に任せるような策は、申し訳ないが愚策でしょう。独力で勝てると見定めて、初めて策と言えるのです」
「周瑜将軍には、その策があると?」
「無論」
涼やかな顔立ちであるが、その瞳の奥は烈火の如き炎に燃えていた。
諸葛亮はその瞳に捉われ、次の言葉を発せないでいる。魯粛も、同じである。
「劉備将軍は、後衛として控えてください。この戦、全て孫家が貰い受けましょう。諸葛亮殿は、そうですね、我が主君の説得をお願いします」
この瞬間に、諸葛亮は悟った。
周瑜がいる限り、劉備は天下を掴むことが出来ないだろうと。
そして、この周瑜の為に、曹操は天下統一の好機を逃してしまうだろうと。
初めて見る、自分よりも何もかもが優れている人間である。
悔しいと思う間もなく、自分の中の柱が崩れていく音を、諸葛亮は静かに聞いていた。
☆
麋竺さんからの通達によれば、僕ら雷家の商売というか、取引は主に「糜芳」さんが対応してくれることになった。
うーん、糜芳さんと言えば史実ではあまりにも有名な、あの「裏切り者」だ。
関羽が戦死し、劉備が「夷陵の戦い」を起こすきっかけを作った、として聞いたこともある人も多いんじゃないかな?
色んな三国志ゲームで軒並み、最悪の評価をつけられてる人だ。かわいそう。
ただ、こうして僕らの対応をしてくれている糜芳さんは、そんな無能な人にはとても見えなかった。
兵や町民によく慕われ、軍事に限らず事務の仕事も良くこなす、さわやかな軍人さんだ。
軍人にしては、少し人が良すぎるような、そんな印象。
「うーん、これも薬草かい?」
「あぁ、いえ、これは香草ですね。料理に使ってもいいし、乾燥させれば香としても使えます。磨り潰し、獣肉にまぶして焼けば、臭みを取ってくれるんです」
「それは良いね。ウチの軍は野営が多く、料理は何よりの楽しみだ。これは兵も喜ぶだろう。言い値で買い取らせてもらうよ」
「ありがとうございます」
麋竺さんに顔立ちはよく似ているが、体つきは流石に軍人、大きくがっしりとしている。
人懐っこい大型犬みたいだ。
「そういえば雷豊殿。今晩は、兄上が宴を催すと聞いた。そこまで派手なものではなく少人数の宴らしいが、どうだろう、参席するかい?」
「断る理由はありません。有難く、末席に加えさせていただきたく」
「じゃあ、そのように兄上にも伝えておくよ」
白い歯を見せて笑いながら、糜芳は帳簿を閉じ、兵のいる方へと歩いて行った。
糜芳。あの麋竺さんの弟さんですね。
裏切りの印象が強く、後世では散々な評価のされ様ですが、実は三国志のあの三英雄に高く評価をされていたとか。
人材コレクターの曹操からもその才を認められてヘッドハンティングの誘いを受けてますし、劉備からもその忠誠心と才覚を高く評価されてますし、孫権からも呉の最大の悩みの種である異民族対策の将を任せたいとも言われています。
桃園三兄弟の絆が強すぎた故に、関羽の圧力を誰も改善できず、悲劇的な結果が生まれた。なんとも寂しい人物だなと思いますね。
さて次回は、またもやシキがピンチです。
こいついっつも、外に出ると殺されそうになってんな(ぇ
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それではまた次回。




