50話 麋竺
揺れる御車の中、会話はなく、空気はどうにも重たい。
僕と、雷華。二人だけの空間。つき合わせた膝が触れる事にも気を使ってしまう。
今はいつものように男装をしている雷華だが、先日、彼女の本当の姿を見てしまった。
これで、今まで通りの関係でと言う方が無理なわけで、どうにも気まずい。
ただ、これから先もこのままというわけにはいかないだろう。
これは遠足でもない訳だし、いつまでも僕らは子供のままでいるわけでもない。
「なぁ……雷華」
「っ、何、かな?」
「どうして今まで、男装なんか」
バツが悪そうに押し黙る。思わず僕は、溜息を吐いた。
何をやってるんだと、自分に少し呆れてしまう。
「別に怒ってるわけじゃなくて、その、急な話で驚いたんだ」
「理由は、色々あるけど、その、シキにも話せないことも多い」
「そうか」
前に、シシ兄上も漏らしていたな。
あの人相はどこぞの令嬢でもおかしくはない、と。
話してくれないのは少し残念だが、こういうのは無理に聞くものでもないんだろうな。
「まぁ、だったら聞かないよ。話してくれるまで待つ」
「……うん」
「それで、今回の滞在はずっとその格好でいるのかい?」
「う、うん。また交州に戻った時、普通の、俺の……私の格好になろうかなって、思ってる」
「分かった」
そのまましばらく揺れていると、御車の外側がドンドンと叩かれる。
外を見ると、ウキウキとした顔の蝉が、馬に乗ってはしゃいでいた。
「若旦那! もうそろそろで『夏口』に着くみたいですぜ!」
赤壁の前線。
あそこに、鍵を握る最後の龍が立っているのだ。
思わず、体が震えた。
☆
今回、連れてきたのは雷家の商いの関係者達、そして数人の医者と、蝉をリーダーとした護衛の山越族達。
合わせれば四十人は居るだろうか。そこそこの大所帯だな。
「雷豊殿、我らは主人に今回の件についての報告に上がるのだが、着いて来ていただけるか?」
「勿論です」
屋敷の手配や荷物などについては雷華に任せ、僕は蝉を一人連れて、使者達と共に夏口城へと入っていく。
やけに兵が多い。しかも、一人一人が精悍な顔つきをしていた。
「まるで、戦の最前線の様な雰囲気ですね」
「ここが最前線であると、劉備様は定められました。故に兵も皆、意気盛んなのです。外では張飛将軍が陸兵を、関羽将軍が水兵を調練しております」
「なるほど。交州は戦とは遠き土地であったので、少し緊張しております」
城内は広く、堅固であることがよく分かる。
恐らく孫権に備える為に、以前より劉表や黄祖が守りを固めていたのだろう。
そしてしばらく歩き一つな大きな屋敷に着いた。
門が開き、僕と蝉は、腰に佩いていた剣を門兵に渡す。
先に使者達が屋敷に入っていき、少しの間待たされた後、ようやく面会が許された。
「貴殿が、あの雷家の代表である雷豊殿か。なるほど、奇妙な見た目だな」
「お初にお目にかかります」
麋竺。そう呼ばれるこの大物は、案外、だいぶ背の低いおじさんであった。
人の良さそうな顔つきをしており、真っすぐと伸びた背筋は、その育ちの良さが伺える。
ただ、僅かな所作のひとつひとつを見ると、武人としても相当優れていそうだ。
流石に劉備の幕下と言ったところか。
「私が、左将軍従事中郎、麋竺だ。雷家とは徐州にいた頃、確かに取引があった。再び、こうしてその縁を戻せて嬉しい限りだ」
「有難き幸せに御座います。此度は、薬草、塩、酒などの品をお持ちしました。また、戦もあるとのことで、数人の医者も連れております。どうぞご自由にお使いくださいませ」
「ほう、医者か。交州は学問の地としても聞くが、医学まで優れているのか」
「シショウ様はまず、医術と妖術の違いを明確にし、効果の高い治療が行える医者の育成を行っております。斯様な世である為、需要はあるだろう、と」
「ふむ、面白い」
その細い目を閉じて、感心気に麋竺は頷く。
なんともゆったりとした雰囲気だ。
「正式な取引は、他の文官達と相談の上で行うこととする。とはいっても、交州の商人の質の良さは天下に聞こえる所。心配は要るまい」
「ありがとうございます」
「あぁ、そうだ。ところで聞きたいのだが、雷家は士一族とどれほどの関わりがあるだろうか」
「シショウ様と、ですか。御贔屓にさせていただいております」
「その深さを知りたい」
交渉が芳しくなかった為、色々と探りを入れておきたいのだろう。
ただ、今の僕は「シキ」ではなく「雷豊」だ。あまり迂闊なことも言えない。
「主人は、シショウ様と自由に面会が行えるほどには、関わりがあると聞いています」
「ほぅ、そうか。実はな此度、我らはシショウ殿との交誼を結ぼうと思い使者を派遣した。しかし、会う事すら出来なかった」
「私は政治についてはあまり。されど近頃、孫家より歩隲将軍が交州へ赴任されました。何かあらぬ疑いをかけられたくなかった、という事ではないでしょうか?」
「孫家への配慮か、それならばいくらか頷ける」
なるほど、劉備は曹操に目は向けていても、交州にはそれほど目を向けていなかったらしい。
歩隲将軍の赴任も、すぐに思いつかない辺り、それがよく分かる。
「雷豊殿、といったか」
「はい」
「中々君は面白いな。珍妙な恰好をしながら、弁舌は爽やかで、よく周囲が見えている。その若さで此度の交渉を雷家に任されるのも納得だ」
「いえいえ、まだ勉強中の日々であります。しかし、過分なお言葉、感激の至り」
「荊州は今揺れているが、商売が終わるまでの間、我が客人として持て成そう。色々と聞きたいこともあるのでな」
「願ってもないお話。ありがとうございます」
深々と頭を下げる。
麋竺は微笑んで何度か頷いた後、細やかな食事を出してくれた。
次回は、ついに孔明と周瑜が対面します。あと、みんな大好きな糜芳も出るよ!
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それではまた次回。




