48話 長坂の戦い
「申し訳ございません、劉備様。我らは、蔡瑁の野望を止めること敵わず、劉表様の遺命を果たせませんでした」
「何を言うか。君達の様な憂国の忠臣が、生きて、この劉備の下に集まってくれた。よくぞ死ぬことなく、知らせてくれたな。後はこの劉備に万事任せよ」
「おぉ、劉備様。貴方こそ真の忠臣、真の英雄! 我々はこれより、劉備様にお仕えいたします!!」
涙を流しながら、劉備の前に膝をつく大勢の文官、武将。
その先頭で劉備に訴えかけているのは、劉備派閥の筆頭として蔡瑁との政争を請け負っていた「伊籍」である。
実を言えば、これは劉備と伊籍が事前に計画していた茶番である。
こうやって劉備に従う一連の演技を行い、派閥の人間を皆、劉備の配下に組み込もうという、そういう意図の茶番。
しかし効果は絶大であり、この場に従う大勢は、はっきりと劉備への忠誠を誓っていた。
「では、貴殿らは一旦下がり、ゆっくり休まれよ。後のことは追って知らせる。あぁ、伊籍殿は詳しく聞きたいことがある故、少し付き合って頂きたい」
多くの文官武将が退出し、その場に残るのは伊籍、徐庶、諸葛亮、そして関羽と張飛。
もうすっかりと伊籍の目に涙はなく、いつものように不健康そうな表情に戻っていた。
「はぁ……伊籍よ、派閥の者を全員連れてきたら、襄陽城からの内応者を出せないだろ。あの城が無ければ、曹操には対抗できん」
「迂闊でした。てっきり蔡瑁は劉表様の死を秘匿するものだとばかり。逆に大きく公表し、劉琮殿を後継に置き、反対したものをその場で斬るとなると、皆が怯えて逃げる始末に」
「蔡瑁め。すっかり曹操の臣下になってるな。諸葛亮、これからどうすべきだ」
「襄陽が駄目なら江陵を、と行きたいですが既に手が回ってるでしょうな。ならば、とりあえずそれ以外の土地から根こそぎ全部、持って行ってやりましょう」
「どういうことだ?」
「蔡瑁が襄陽と江陵を固く守るなら、他の土地では我らの好きに出来ます。ならば各地から、兵糧、民を全て移動させ、劉琦殿のいる夏口に向かいましょう」
「またお前は突拍子もないことを。だが、今回の策は嫌いじゃない。徐庶、どう思う」
「放っておけば曹操の物になりますし、敵地からの略奪、徴収は効果的です。幸い、曹操はようやく軍を興したというところです」
「お前も賛成か。ならば実行に移そう、曹操が来る前に。おい、張飛! 仕事だ! 戦の準備をしておけ!」
「お、景気が良いじゃないか兄者!」
「軽騎兵を二千率いて襄陽に向かい、蔡瑁が劉表の遺命に逆らったと大声で怒鳴りつけてやれ。正義は俺にあると世間に知らしめろ。あ、間違っても城は攻めるなよ」
「よっしゃあ!!」
「次! 関羽!!」
「何でしょう」
「お前は荊州の水兵、千を指揮して夏口に先行してくれ。劉埼殿に迎えの水軍を寄越すように言ってほしい。一応、徐庶も連れていけ」
「承知しました。兄者も、お気をつけて」
「俺は残りの全軍を率いて、趙雲と共に夏口へ向かう。諸葛亮、お前は民を搔き集めろ。曹操が来れば、民は全員虐殺されると、風聞を流せ」
「それはもうやっております。あとは殿の一声で、民は『徳の将軍』の下にこれでもかと集まりましょう」
「小賢しい真似を。まぁ良い。それじゃあ、急ぎ進軍を開始する。曹操には、米の一粒もくれてやる必要はないからな!」
☆
また、史実と食い違い始めたことがひとつ。
それは劉備が「長坂の戦い」を経ずに、夏口へと到達したということだ。
つまり、張飛が橋の上で数千の曹操軍を一喝したということもないし、趙雲が劉禅を守って一騎駆けをしたといった話もない。
張遼率いる数千の軽騎兵部隊が劉備本軍を襲ったらしいが、特に大きな損害もなく、劉備は夏口に到着。
劉備は根こそぎ荊州北部の物資、人民をかき集めてたが、張遼の進軍により徴収はまだ半ばの状態で出発せざるを得なかったとか。
ただ、なんというか、この食い違いによって、劉備は大きな人材を失わずに済んだと言って良い。
それが「徐庶」だ。彼が曹操軍に降らず、依然として劉備の配下についている。
演義では母の手紙で曹操に降ったとなっているが、史実はそうではない。
長坂の戦いまでは諸葛亮と共に軍師として活躍しているのだ。
つまり、あの戦いで逃げ遅れ、曹操軍の捕虜になったとみていいだろう。
「曹操は郭嘉を失わず、劉備は徐庶を失わず。なんというか、三国志ファンからすれば熱い展開だなコレ」
まぁ、当事者となってしまったのだからそう言ってもられないんだが。
この歴史の食い違いが果たしてどうなっていくのか。予想が付けづらいというのは、とても不安だった。
「あぁ、シキ殿。ここにおられましたか。我ら雷家の準備はもう済みましたので、ご報告を」
「ご主人、ありがとうございます。されど、今の私は『雷豊』です。お間違えの無いよう」
「いやはや、あの士家の若様を自分の一族と称するのは、どうも気が引けますな。明日までには何とか、慣れておきます」
麋竺からの使者が来るのは、明日らしい。
僕はそれに付いて行って、劉備陣営の下に赴く手筈となっている。
「それで、雷華はどこですか? 先ほどから少し、姿が見えなくて」
「はははっ! 少しこちらで、身なりを整えさせておりました。あの子は、まるで自分の身なりに無頓着ですからな」
雷家の主人は、膨れた腹を揺らしながら笑い、雷華の名を呼んだ。
奥の部屋が何やらごそごそドタバタと騒がしい。
というか、中々出てこねぇな。
痺れを切らした主人は自らドスドスと足音を立て、扉を開き、雷華を連れ出した。
「え、あ……いや、その姿は?」
「や、止めてくれ……見るなぁ……」
現れたのは、女官の姿をした美しい「雷華」である。
いつもの様な鋭いイケメンではなく、ランウェイを歩くような、モデルの如き女性がそこに立っていた。
「シキ様、どうぞ我が『娘』を、よろしく御頼み申す」
僕も、雷華も言葉が出て来ず、ただただ主人の膨れたお腹が揺れていた。
これ、タイトル詐欺になりますかね?(笑)
徐庶の件の解釈に関しては色々あるとは思いますが、今回はこのような設定で進めさせていただきます。
さて、次回は親父が「群雄としての意地」を語ります。
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それではまた次回。




