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辺境の流刑地で平和に暮らしたいだけなのに ~三国志の片隅で天下に金を投じる~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
三章 赤壁の風

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46話 奉孝


 自分でも今、はっきりと分かっていた。

 日に日に、体力が衰え、命の炎が頼りなさげに揺れていることを。


 それでもまだ、倒れるわけにはいかなかった。

 あの、歴史上でも稀な才を持つ主君が、天下を取るまでは。

 この命はその為にある。乱世を切り開く為だけの、その為だけの己が才能。


 世が治まってしまえば、自分の命はもう用済みなのだ。

 だから、せめてそこまでは。



「丞相に拝謁いたします」


「郭嘉よ、容体は回復しつつあるようだな。良かった良かった」


「華佗は名医ですね。再び酒を飲み、女を抱ける日々が、私に戻ってまいりました」


「止める様にと言われていただろう……お前というやつは、全く」


「生を楽しまず、命に何の価値がありましょうや」


 郭嘉は痩せた頬に影を落としながら、笑顔を見せる。

 そんな配下を目にして、曹操は呆れながら溜息を吐いた。


「まぁ、良い。ほどほどにせよ。今日お前を呼んだのは別の件だ」


「荊州ですな」


「話が早いな。とりあえず、これを読め」


 ポンと放られた布地の書簡。

 文字は殴り書きで記されており、極めて急いで作られたことが分かる。


「ほぅ……劉表が、死にましたか」


「あぁ、蔡瑁がすぐさま早馬でこれを知らせてきた。今は、劉表の死を秘匿しているというが、隠せても五日程度だと」


「隠しているのは、劉備の蜂起を恐れての事でしょうな。それまでに、丞相から何かしらの指示、援軍が欲しいと」


「今、張遼の軽騎兵ならば出撃可能だ。ただ、劉備に当たらせるには、これだけでは心許ない」


「なるほど」


 郭嘉は書状をたたみ、壁にかけてある地図へと歩み寄る。

 冷たく、鋭い視線。指は、荊州北部をなぞった。


「劉備は野戦でこそ強いですが、城攻めが不得手です。兵力が少ないですからね。ならば、打って出ることなく、この二城のみを死守させましょう」


襄陽じょうようと、江陵こうりょうだな」


「そうです。襄陽は荊州の本拠にして、北部の要。江陵は南部の要。とくに江陵を押さえておけば、劉備は逃げ道を一つ失います」


夷道いどうにそって、益州へ入る道を抑えれる。確かに、ヤツが益州に入ったとすれば、これ以上に厄介なことはない」


「左様。だからこそ、蔡瑁にはこの二つを何としても守らせます。我らはそれを見ながらゆるゆると足元を固めて南下。この間に荊州豪族へ謀略を仕掛け、劉備の力を削ぎます」


「だが、劉備に付く人間も居るだろう。内通でもされれば、城は落ちる」


「劉琮を後任と明言し、反対する者を一人二人斬らせましょう。そうすれば劉備派閥の人間は、城から逃げるか、蔡瑁に降服するかの二択。あえて偽ろうとする厚顔な者はおりますまい」


「分かった。ではそのように蔡瑁には返答しよう」


「丞相、この南征で天下は決します。荊州を抑え、初戦、この初戦を抑えれば、天下は丞相の下に」


「分かっている。夏侯惇と荀彧を呼び、すぐさま二十万の軍を編成させよう。必ず、劉備を討ち、天下を平定するのだ」


 少し、驕りがある。郭嘉は曹操の目に、その色を僅かに感じた。

 河北を平定し、最大の敵は去ったことで安心しているのかもしれない。


 まるで、公孫瓚を下した時の袁紹と、同じ空気を感じる。

 しかしそれを言って、意気を削ぐことになってはならない。


「丞相。此度の戦、軍師は誰を御連れになるおつもりで?」


賈詡かく荀攸じゅんゆうだ。お前と荀彧は許都に残れ。涼州、遼東の変事に備えよ」


「それは荀彧殿だけで十分でしょう。どうか、私もお連れになってください」


「しかしだな……まだ病も完治していないのだろう? 無理はすべきでない。それに、この戦は兵力で見ても負けることはない。郭嘉よ、お前は残れ。これはお前の為に言っている」


「官渡の戦い以前、袁紹も、同じ気持であったでしょう」


「聞き捨てならんな。この曹操と、袁紹が同じだと?」


「はい。戦う以前より勝てるなどと、将兵に言うならいいですが、本心で思ってはなりません」


「はぁ……分かった。お前もつれていく。しかし、前線には出さん」


「丞相!」


「駄目だ、これだけは何と言おうとも許さん。良いな?」


「……御意」


 郭嘉は一礼し、部屋を後にする。


 どうにも、不安が拭えない。


 果たして劉備はこのまま潰れる器だろうか。いくら潰そうとも生き延びてきた、まさに乱世に生きる男だ。

 それに、孫家の周瑜。彼も懸念の一つである。彼は間違いなく、英傑だ。

 孫策が生きていれば、天下にも手が届き得た。それほどの将だと思っている。


 いずれにせよ、曹操はその才覚だけではない、天に選ばれたような強運の持ち主でもある。

 しかし、運はいつまで続くかわからない。少しの油断で、それが劉備や周瑜に傾くことだってある。



「また、何も言わずに外出ですかな? 郭嘉殿」


「あぁ、すまない、華佗。外せぬ用であった」


 屋敷に戻ると、怒りに顔を歪めた老人が待っていた。

 郭嘉はふらつきながらも、床に腰を下ろし、一息を吐く。


「この際だからはっきりと申し上げておきますぞ。郭嘉殿の病は、既に臓腑を蝕み、治す術はありません。かろうじて、死期を伸ばすことが出来るのみ」


「それで十分だ」


「儂は、貴方のように命よりも重いものを抱えている人間というのが嫌いだ。医者を何だと思っている」


「ははっ……人それぞれであろう。それは。それよりもこの命、いつまでもつ」


「我が医術ならば、二年。されど、左様に体を酷使なされば、この華佗と申せど一年もつかどうか」


「分かった。頼りにしているよ」


 咳が出る。喉が張り裂けんばかりの、激しい咳だ。

 口から出た血を眺め、郭嘉は楽しげに笑った。



タイトルの「奉孝」は、郭嘉のあざなですね。

先見の明を持った、早世の天才。まさに、乱世に生きる為だけに生まれた軍師。

この鋭さと儚さは、なんとも歴史のロマンを感じますねぇ……。

自分も特に好きな人物です。郭嘉。


さて次回は、シキがイメチェンをします(ぇ



面白かったら、ブクマ・評価・コメントよろしくお願いします!

また、誤字報告も本当に助かっています!


それではまた次回。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 先見の命は、先見の明です。
[一言] 主に疎まれて辺地に送られた陸績はどうやら治療を受けて長生きできそうな雰囲気になる一方で、郭嘉は主のために命を全部使い切る覚悟で動いてて、対照的というかなんというか。 日本における曹操のイメ…
[一言] 赤壁の辺りは近代でも伝染病の巣だし 正史でも曹操軍が疫病で苦しんだところだから 体には大分悪そうだよなぁ
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