45話 闇に動く
雷氏の商家とは、あの雷華の家の事だ。
主に天下の中心である北方との交易を盛んに行っており、規模も大きい。
交趾郡の中でも指折りの商家であり、親父もこの家と懇意にしていた。
「あぁ、シキ様。話は御屋形様より伺っております」
雷氏の当主、雷華の父はその膨らんだ腹を撫でながら、困惑の表情を見せていた。
それもそうだろう。親父の話が、あまりにも突拍子のない無いようであったからだ。
劉備に会ってこい、と。
さしたる用もなく、ただそれだけ。
交州の者として親父の頼みを断れるわけもなく、ただ困惑しているのだ。
「確かに麋竺殿とのつながりは、濃くはありませんが持っております。しかし、御屋形様は何を考えていらっしゃるのです?」
「私の経験を積ませるため、とのことです。留学の様なものと考えていただければ」
「劉備の、陣営にですか?」
「そうです」
劉備は今や徳の将軍と言われてはいるが、実質は「超武闘派傭兵集団」だ。
ニュースになりまくってるヤクザの家に勉強しに行く。うん。わけがわからん。
ニセコイでも始まるのかしらん。
「まぁ、商家の私が政治に口を挟むわけではありません。ご協力いたします」
「感謝します」
「薬草や塩、酒を持ち、取引を行う商家の代表者として同行ください。名は、そうですね『豊』としましょう」
偽名は「雷豊」ということか。僕はそれに頷く。
「シキ様を補佐する者ですが、本来ならば、雷華に任せるべきなのでしょう。本人もそれを強く望んでます。されど、私としては、あの子には戦場を見せたくないのです」
「何か理由が?」
「まぁ、そうですね。親として心配、といったところです」
顔が濁る。何かを隠している、がその何かは分からない。
別に知ろうとも思わない。親として当然の反応だ。
「シキ様、頭を下げて御頼み申します。雷華をお守りください。分不相応な願いなれど、どうか、御頼み申す」
「勿論です。私は友を必ず守ります。それに、麋竺は文官、前線に立つことはありません。ご心配なさいますな」
「……友、ですか。ありがとうございます」
☆
シショウは、一つの竹簡を眺め、それを火にくべる。
ぱちぱちと音を立て、ゆっくりと真っ黒な炭になっていく。
「そろそろ動くか、曹操。天下を、飲み込むために」
それは、曹操からシショウにあてた書状であった。密書だと言っても良い。
これより曹操軍は、蔡瑁の手引きで進軍し、荊州を占領。
孫権を降し、劉備を必ず討ち取る。
交州へ逃げてきた場合は必ず、その首をこちらに献上せよ。
簡単に言えば、そんな内容であった。
「困った、困った」
頭を撫でる。
曹操が南下し、このまま全てを飲み込めば、交州は曹操に降るしかない。
その場合、この交州の自治権は取り上げられるだろう。
士家は、あまりにもこの地で影響力を持ちすぎているからだ。
その場合、士家は中央に近い小さな所領と身分を与えられる。
何不自由のない暮らしが約束されるだろう。
しかしそれは、シショウが生きている間の話だ。
自分が死ねば、間違いなく息子たちは何らかの問題をかけられ、没落していくだろう。
力を持つ外部勢力。それも、あまり信用のできない。当然の結末だ。
それだけは避けたかった。それに、シショウも一人の群雄としての意地がある。
「交州だけは、手放したくないのぉ」
それがたとえ、相手が孫権でも、曹操でも、だ。
辺境の妖怪は天下を見渡し、自分の生きる術を探っていた。
この曹操の統一戦。間違いなく、劉備、孫権とぶつかる。
勝負は、十中八九、曹操の勝ちだろう。
しかし、このうちの一を引ければ、分からない。
兵をほとんど持たない交州が、この趨勢を決めることは不可能。
曹操と孫権に物資を送り、両方に良い顔をしておくしかない。それぐらいしかできないのだ。
「されど、妖怪は闇に動く。曹操よ、そうやすやすと、この天下は掴むことは出来まいぞ」
妖怪は笑う。
あの息子が、劉備にどう迎えられるか。
それで、この戦の「一」を引き寄せれるかもしれない。
博打だ。しかし、悪い賭けではない。
シショウは、それを確信していた。
下手に力を持った外部勢力は脅威になりやすいですからね、没落していくのは世の常です。
例えば日本の戦国で言うと、丹羽家や蒲生家がそうですね、なんて。
次回は曹操陣営のお話。
この稀代の英雄を天下人にするべく、乱世に生まれた軍師は、命を振り絞ります。
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それではまた次回。




