43話 管鮑の交わり
歩隲将軍には睨まれたものの、なんとか呉巨の助命は成功した。
後日、シイツ叔父上と共に将軍に面会した呉巨は頭を何度も下げて謝ったらしい。
自分の企みが完全に裏目に出た形となったであろう。ただ、これで呉巨には士家に大きな恩が出来たな。
確かに天下に居並ぶ諸将に比べれば呉巨は小粒だ。しかし、交州においては、最も秀でている。
財力、謀略も確かに必要だが、天下の形勢で最終的に物を言うのは軍事力だ。
自国の軍事力を疎かにすると、その政権はやがて衰退していく。それは長い歴史の中でも明らかである。
最低でも自国を守るだけの力は必要で、それを考えれば呉巨は交州に必要な人材だと、僕は思った。
この一件で呉巨も、悪い癖が収まってくれれば良いのだが。
「先日は、ありがとうございました。助かりました」
「なに、友が困っていたから助けた、それだけです。この杖をいただいた礼ですよ」
少し疲れた表情を浮かべながら、陸績はにこりと微笑んだ。
歩隲の補佐として、鬱林郡の太守に就任する事となった陸績は、この地に訪れてから顔色が優れなかった。
「シキ殿、貴方の言った通り、再会が果たせましたね。まぁ、少し私の望んだ形とは、違いましたが」
「故郷が、恋しいですか?」
「そのように女々しいことを言うつもりはない。我が陸氏の土地は、立派に陸遜が守るだろう。あれは異才だ、心配はない。ただ、私の今の姿を見て、父は何と仰るだろうかと思ってな」
「僕は、少し不謹慎かもしれませんが、先生がこの地に来てくれてとても嬉しく思っています。交州の未来もきっと、明るいものになる、と」
「ありがとう。少し、気が楽になったよ。それと、我らは友だ。先生は止めてくれ」
「分かりました。では、そんな気分の晴れぬ友の為に、今日はご紹介したい者を連れてまいりました」
「私に? 誰であろうか」
僕は部屋の外へ声をかけると、一人の筋肉質な男が入ってきた。
表情は柔らかく、気が弱そうだが、その身なりや道具の数々が普通とは違う。
薬箱より少し大きな木箱を手に抱え、上下とも白い衣服を着ていた。
「現在、交州では医者を招致し、学問を深めさせております。最近は、何が妖術の類で、何が医学か、その区分を進め、ある程度の形になってきているところです」
「そういえば、珍しい施策をしていると、聞いたことがあるな。これがそれか」
「はい。人の命を救う医術、これによって救われる人はきっと多いでしょう」
簡単に、医学と妖術の区分は「効果があり、かつ再現性があるか」を大前提として研究を進めている。
そうすれば明確に他者への説明も出来るし、教育として技術の向上まで図れる。
そしてその中で一つの分野として発展しているのが「鍼灸師」であった。
外傷の治療などは出来ないが、筋肉系の疾患についての効果はあると立証されている。
そのルーツは現代から二千年以上遡る。中国で起こったとされ、この後漢末期には既にある程度の広がりを見せている治療法であった。
こういった歴史の基盤があったからか、この「鍼灸」の分野が交州では現在、最も技術的に進んでいる。
この男も、その中の腕利きの一人である。
「私、鍼灸師として士家に仕えている者です。シキ様より、今後、陸績様の足の治療を行うようにと仰せつかっています」
「腕は確かです、僕が保証します」
「なんと。私は、生まれてから足は悪くなる一方であった、それを、治せると?」
「失礼します」
男は陸績の両足を触り、背中へ回って腕を掴み、いきなり後方へと引っ張った。
陸績の体はねじ周り、バキバキと勢いの良い音が背中に響く。
「足がうんぬんより、無理に体を庇って歩いている為、上半身も痛み始めています。まずはそこから施術し、後に足の治療を行いましょう。大丈夫です。少しずつ治していきます」
「貴殿は、仙人か? あれほど頑固だった背の痛みが消えている……夢を見ているようだ!」
「これくらいは、多少の心得があれば」
男は恥ずかしそうに照れていた。
うん、これならば任せて大丈夫だろう。
「これからも何か不足があれば言って頂きたい」
「じ、実は今、妻が身ごもっている。出来ればその心得がある者も」
「それはめでたい、すぐに手配します。あとは、鬱林郡は山の異民族が多い、その心得がある者も一緒に。きっと力になるはずです」
「何から何まで、本当にすまない。私は、心を捨ててひたすら父の遺命に従い、仇である孫家へ尽くしてきた。その結果、左遷となり、もう、身も心も朽ちた思いであった。しかし、シキ殿のおかげで私は、まだ何とか希望を捨てずに生きていける気がする」
「交州は、平和な土地です。孫権様の目から離れた、そう思えばまだ、いくらか気も楽でしょう。陸績殿が学問を究めることが、交州、ひいては天下の恩恵に繋がります。手助けをしない理由はありません」
「あぁ、本当に、ありがとう。まさに、管鮑の如き友を得た気持ちだ」
「恐れ多くも、そう言って頂けて感激の至りです」
互いに手を取って、笑った。
この地に訪れた陸績の、初めての、心からの笑顔であっただろう。
こうして、史実では不遇に喘いで消えていった稀代の天才が、僕の無二の友となったのであった。
彼への心からの投資は、きっとこの先、良い方向に繋がる。
僕は今、それを確信した。
お久しぶりです。本日より毎日更新を再開です。
明日は、二本更新しようかなと思ってます(*'▽')
ちなみに「管鮑の交わり」ですが、
春秋戦国時代の「管仲」と「鮑叔」の関係を表します。
一時は政敵同士になった二人ですが、その友情は深く、鮑叔は必死に政敵であった管仲を取り立てるように王へ進言し、そのおかげで「斉」の国は管仲の手腕によって大きく飛躍したという。
まぁ、この話はあんまり本編とは関係な(ぇ
次回は、再び親父の無茶ぶりが発動します。お楽しみに!
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それではまた次回。




