前日談③ 孫家の復讐
「策よ、お前の夢見た天下取りの、最初の一歩。どうにか、踏み出せそうだ」
尽きる事のない長江の流れを瞳に映し、赤き鎧に身をまとう軍人は、静かに呟く。
その顔立ちは目も覚めるような美貌であり、所作のひとつを取っても欠点が見えない。
周瑜。孫家の先代当主、孫策と義兄弟の契りを結んだ男だった。
軍人として非凡な才覚を持ち、若年ながら孫家の軍部で第一の実力者である。
長江に並ぶ、周瑜の鍛え上げた船団は、乱れることなく居並んでいる。
自分と孫策、手を組めば天下も取れる。本気でそう思っていた。
負ける気がしなかった。今でも、そうだ。しかし、その友の姿は隣にない。
「ここにいたか」
「これは、我が君」
現れた孫権を見て、周瑜は慌ててその場に膝をつく。
それを見て孫権は少し寂しそうな表情をした後、その体を引き上げる。
「そなたは、私の義兄だ。居直る必要はないと、何度も言ってるではないか」
「そうはいきません。我が君は、孫家の当主です」
「……兄上が、羨ましく思う。私には義兄の様な、心の友というのが居ない。それに、二人の後ろを見続けてきた、その憧れもあるのだろう」
「それは」
「はははっ、悪い。少し困らせたくなってみただけだ」
僅か十七歳で、江東を引き継いだ孫権。その苦悩を推し量ることは、自分には出来ない。
だからこそ、この君主を身を挺して支えようと思った。
もう二度と大切な人を失わないように。今度こそ、自分の手で守れるように。
「もう少し肩の力を抜いていい。兄上は戦の前、心配になるほど気を抜いていたぞ。それでいて、戦が始まれば烈火の如く侵略を行う人であった」
「だからこそ、私は逆に気を抜けないのです。あの人を支えなければならなかったのですから。まぁ、戦が始まれば少し、気も楽になるでしょう」
「そうか」
「此度の戦は、殿が指揮を行ってください。我らはそれに従います。それだけの意味が、この戦にはある」
「ついに、黄祖を討てるのだな」
孫権、孫策の父。江東の地盤を築いた、孫家の初代。
名を「孫堅」。不運な戦死を遂げなければ、天下の半分はこの男の手中であっただろう。
しかし、その覇道は一本の矢で途絶えてしまう。
荊州の劉表を滅ぼそうとした戦で、孫堅は負けるはずのない戦の中、流れ矢に当たって戦死した。
戦っていた相手は、劉表配下の将軍、黄祖。
この黄祖を討つことが、孫家の至上命題だった。
孫策も、孫権も、それだけの為に、今日まで牙を研ぎ続けたと言っていい。
「黄祖の首を父の墓前に供え、ようやく、孫家は前に進むことが出来る」
「えぇ、その通りです」
「義兄と、兄上の描いた、天下の夢に、私も加わっていいだろうか?」
「……勿論です。この周瑜、我が君の為、天下の道を切り開きましょう」
船上で訓練を繰り返す兵を眺めながら、二人は同じ景色を見ているような、そんな気がした。
次回より、三章の本編に入ります。
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それではまた次回。




