前日談② 臥竜の下山
「すまないな……劉備殿。貴殿の進言を容れていれば、今頃、曹操を討ち取れていたものを」
「今は乱世です。再び好機は巡ってきましょう。その時に、同じ後悔をされないようにしてくだされ」
あれほど大きかった劉表の体は日に日に痩せている。
声も力も弱々しいが、その瞳の奥にある猜疑心の光は、まだ衰えてはいない。
いや、老いてむしろその色は強くなり、判断力を鈍らせているようにも思えた。
「では、私はこれにて」
「うむ。曹操の手からこの地を守れるのは、貴殿だけだ。後を宜しく頼むぞ」
再び会うことはないだろう。
そう思って劉備は頭を下げ、寝室を出た。
「散々あった好機を全て手放しておいて、いっちょ前に後悔してるような顔をして。それでいて、俺を殺す度胸もない、ってか」
外に出ると、一人の若き文官がふわりと頭を下げる。
服は貧しく手直しの跡があちこちに見え、正直なところ、見ていて気持ちがいいものではない。
「如何でしたか、殿。劉表殿の容体は」
「馬を走らせながら語ろう」
この二十を過ぎたばかりの男は、名を「諸葛亮」といった。
劉表が出兵の許可を出してくれなかった間、徐庶からの推薦でこの男を軍師として招いた。
ただ、よほど偏屈なのか、わざわざ三度もこの男の屋敷まで劉備自ら出向き、それでもなお渋るので、無理やり張飛が引きずり出した。
しかし、その労力の甲斐があったほど、その頭脳は明晰で隙が無く、荊州の名士達の間でも顔が広い。
能吏として、まさに一代の英傑と呼ぶにふさわしい人材であった。少し、性格に難はあるが。
「劉表は駄目だな。群雄としての気概はもうない」
「なるほど。それは良い知らせです。では、劉琦殿には黄祖殿が孫権に殺されたとき、後任として江夏太守に向かってもらうよう進言しましょう」
「前から言ってるが、何故だ? 後継の旗印として担ぐなら、劉琦殿はこっちに留めとくべきだろ」
劉備がそう言うと、諸葛亮は呆れるようにやれやれと溜息を吐く。
こういう軍人を舐めた態度を取るから、関羽、張飛に嫌われるのだ。徐庶を見習え。
と、心の内でつぶやいた。
「何を言ってるんですか。殿が、荊州を継ぐのです。その時に劉琦殿は邪魔でしょう? 殿が蔡瑁を討ち、荊州を取り、曹操に抗する。これが上策です」
「……んなこと急に言われてもなぁ」
「何の為に『徳の将軍』という仮面を被り、民の心を掴んで来られたのです!? 全ては荊州を奪い、あの曹操を、憎き曹操を討ち滅ぼす為でしょう!?」
「蔡瑁も馬鹿じゃない。それに、領土の統治は難しい。徐州で痛いほど経験してる。他の策を考えろ」
「殿は憎くないのですか!? 徐州大虐殺が、故郷が血に染まったあの日が、私は気も狂わんばかりに憎い!!」
「いや、戦争ってそういうもんだぞ? あれはちょっとやり過ぎだけど」
「折角、私は殿を天下人にしようと……なんで分かってくれないのですかぁあ!!」
諸葛亮は涙を流しながら、馬を全速力で走らせた。
若気の至りというか、文官の悪い気質というか。まだまだ磨く余地のある原石だろう。
「一回、死地を経験させた方が良いな。アレは。殺されかければ、ちょっとはマシになるだろう」
臥竜は未だ、伏したままである。
本日二度目の更新。明日もこの調子で頑張ります。
さて、ついに現れた「諸葛亮」ですが、いやはや、何とも言えない若さゆえの才気の走り。
この原石をはたしてどのように劉備は磨いていくのか(*'▽')
どこでも諸葛亮って完璧な感じのキャラしてるから、ちょっと崩してみたくなった。僕もそういうお年頃なのです(ぇ
さて、次回も前日談です。次回まで、前日談です。
宿敵「黄祖」討伐を前にした孫権と、孫呉随一の大都督であるイケメンのお話。
面白かったら、ブクマ・評価・コメントよろしくお願いします!
また、誤字報告も本当に助かっています!
それではまた次回。




