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辺境の流刑地で平和に暮らしたいだけなのに ~三国志の片隅で天下に金を投じる~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
二章 妖怪の二枚舌

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39話 呉巨と頼恭


 一晩中を超える盛大な祭り騒ぎも終わり、朝方というのに寝静まった街。

 シショウはあまり疲れも見せない顔色のまま、自室へと戻り、自分で沸かした白湯をゆっくりとすすっていた。


「お呼びですか」


「シキか。近くに寄れ」


 僕はそのまま足を進め、親父の近くで床に腰を下ろす。

 一晩中の騒ぎでも疲れていない様子を見ると、本当にこの人が老齢なのかと疑いたくなる。

 まだ、馬に乗っていた時の方が、よっぽど気分が悪そうな顔してたな。


「いやぁ、疲れた。呉巨は、やはり図体が大きいだけあってよく飲むな」


「頼恭殿も涼やかな顔をしてましたが、結構、杯を重ねていましたね」


「劉表に鍛えられたのかのぉ」


 そういえば劉表は、中華の一、二を争う酒豪だと聞いたことがある。

 どうしてこう、孫権といい、劉表といい、南方の群雄はこんなにもアルハラ気質なのだろう。


「で、お前と陳時に任せていた件は、どうなった」


「蒼梧郡、鬱林郡の豪族の方々のほとんどに、こちらの領土への移住の説得に成功しました。あくまで、自主的に流れ込む、という形で」


「よくやった。土地も、開墾地も、農具も用意している。呉巨降伏による混乱時の対応として、手厚く保護をした、と孫権には言っておきゃええだろ」


「すでに兵糧や財宝も多く交趾郡へ運び込んでいますが、少しあからさま過ぎないですかね? 孫権に挑発をするかのようで。せめて兵糧は多く残しておいた方が」


「あれは呉巨の要望というか、自主的にやったことだ。なんというか、小賢しいよ、ヤツは。とんだ食わせ物じゃ」


「というと」


「自分の売り込み方を分かっているってことじゃ。生憎、この交州には呉巨以上の軍を持つ将はおらん。それが分かっているから、ヤツは自分の価値を高める行動を取っておる」


「孫権に二郡を引き渡すことを知っているから、敢えて何も残さず、緊張度を上げようと。なるほど」


「緊張度が上がれば、自然と奴の価値が上がるでな」


 そうは言いながら、親父は怪しく笑う。

 そして、言葉を続ける。


「まぁ、ただ呉巨は目の前の事しか見えておらんな。全体を見ておらん。そんなもんでこの妖怪に押し売りをしようとて、意味はないわい」


「理由をお聞きしても?」


「簡単じゃ。今の孫権の目は黄祖と劉表に向いておる。それに比べればこの程度、些細な問題よ。逆にこっちから呉巨の差し出した兵糧を送れば、孫権に貸しを作れるぞ?」


 まぁ、呉巨が降伏時に勝手に差し出してきたと言えばそれで表面上の弁明は可能だし、それを追求するほど孫権も暇ではない。

 むしろこちらから先にその弁明をしたうえで、贈り物として届ければ、こちらの損害少なく済むし、恩も売れる。

 なるほど、良い対応だな。


「ただ、平気でそういうことを考える男を懐に抱え込んだ。それだけは注意せよ」


「目に余るようでしたら、除く方法も考えた方が良いかもしれませんね。それこそ、孫権に恩を売る形で」


「お前はガキのくせしてすぐに思考が飛躍するな。そういうのを絵に描いた餅という。現実から離れたことにばかり手を伸ばせば、足元の穴に落ちる。気をつけよ」


「……はい」


「いいか? ああいう小悪党は一番扱いが簡単だ。こちらが目を向けてれば決して裏切らん。擬態した弱みだけを見せておけ」


「心に刻みます。それで、頼恭殿は如何しますか?」


「それなんだよなぁ。実は、あっちの方が厄介なのじゃ」


 軽く、窘められてしまった。どうも、僕の悪い癖だ。

 歴史を知っているだけに、どうしても思考が飛躍しがちだった。

 ただ、人の世は移ろいやすい。想定通りに歴史が動くなんて、思い上がりも良いところなんだろう。


 少しそうやって僕が気を引き締めていると、親父は逆に大きな溜息を吐いた。


 悩みの種は、頼恭殿であった。

 史実では劉備に従い、蜀漢の重職を歴任した、隠れた能吏。

 その人物評は、礼節をよく知り、温厚で情愛の心を持ち、性格に優れていた、とか。


「信頼に足る人物だとは思いますが……文官としての才覚にも秀でております」


「あぁ、その通りじゃ。シイツにも並ぶ優秀な人材だとも思う。しかし、逆にそれがいかん。あれは汚れを嫌う性格じゃ」


「呉巨殿は気を付けていれば扱いやすい、ただ、頼恭殿はそうもいかない、と」


「こっちは形としてヤツらを騙して引き入れた。それを知るのは俺とお前だけじゃが、もしこれを知れば、頼恭は激しく怒るであろう」


「ですね。頼恭殿に、非はありません。なまじ優秀なだけに反抗されると手強く、それにこちらが手を下す名目も立たない」


「まさに、その通り」


 親父はそのシワの多い顔をズズイと近づけ、僕の目を睨む。

 僅かに、酒の匂いがする。


「言わなければ、知られない。分かるな?」


「はい」


「ならば良い」


 満足げに笑い、顔が離れる。



「呉巨はシイツの下につけ、合浦郡の兵を監督させる。軍権こそ大きいが、仕事は海賊退治に忙しい。そうやってまずは飼い殺す」


「頼恭殿は」


「シシの補佐に付け、交州の中心のまつりごとに携わってもらう。お前は引き続き、陳時に仕事を学べ。しばらく外交は俺がやる。そろそろ、もう一波来そうじゃからな」



 時は、207年になろうかとしていた。

 僕はもう十六歳を過ぎている。


 赤壁の戦いが起こるのは、史実では208年。

 天下の竜虎が一同に集まるその戦いを、妖怪は何となく肌で感じ取っていた。




これにて第二章は終わりです。

次回から第三章に入っていきます。題名はもちろん「赤壁」。

お付き合いの程、よろしくお願いしますです。


明日、明後日は、前日談を三本に分け、三人の英雄のお話を更新していきます。

昼に一本、夜に一本更新しますので、是非(*'▽')


面白かったら、ブクマ・評価・コメントよろしくお願いします!

また、誤字報告も本当に助かっています!


それではまた次回。

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