3話 天下の傍観者
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親父の部屋は多くの竹簡や報告書に溢れ、中華全土、河北、中原、数多の地図が壁に掛けられていた。
思えば親父の部屋に入ったのは初めてな気がする。
いつも女の尻を追いかけてばかりの親父の部屋だとは、とても思えないな。
しかし考えてみれば、普段の素行こそアレだが、赴任して僅か数年で交州を実効支配し、天下に比肩する程の経済力を掌握できたのは、他でもない親父の力によるところが大きい。
黄巾の乱の最中、交州の南端、小さな「日南郡」の太守に赴任すると、豪族としての勢力を強固にして、瞬く間に交州全体で最も力を持つ人物になった。
その後、交州の統治を任されていた刺史の「朱符」が賊軍に殺される。
即座に動いたのは、親父だ。
瞬く間に反乱を鎮圧し、交州の安定化の為「士一族」を各郡の太守へ赴任させ、数日で交州をその手に握った。
朝廷もこの働きを認めるしかなく、それ以降は親父の統治でこの交州は今日の様に、豊かに栄えたのだ。
「シキよ」
「はい」
「お前は昔、袁紹と曹操が戦った場合、曹操が勝つと言ったな。あのときは笑い飛ばしたが、それが現実のものになった」
そういえばそんなこともあったな。
「官渡の戦い」
その結末を知る僕は、確かに親父にそう言ったことがある。
前世、世界中への投資を楽しんでいた僕は、それなりに世界の歴史を学んできた。
曹操。
それは稀代の天才。三国志の覇者。
戦いとか、そういうのがあまり好きではない僕からすれば、曹操に付けばこの後も安泰だと考えていた。
「正直に答えよ。曹操が勝つというのは、確信があったのか?」
「はい。袁紹と曹操では将の器が違い過ぎます」
「例えば」
「袁紹は才あるものを遠ざけ、曹操は厚遇します。聞けば、袁紹は『官渡の戦い』の前に、天下に聞こえる名士の田豊を牢に入れ、袁紹軍最大の功労者である沮授を降格させています。されど曹操は、背後を夏侯惇に、留守を荀彧に預け、全権を委ね全幅の信頼を示しました。果たして将兵はどちらの主に命を捧げるでしょう」
「確かにな。現に、戦の勝敗を決めたのは、袁紹軍から離反者が相次いだためだ。特に、幕僚であった許攸の離脱が決定的だった。これで袁紹は食糧庫の場所が曹操に漏れ、焼かれてしまったと聞く」
「兵数は袁紹が上、天の時も、地の利も、袁紹に味方していたでしょう。されど曹操は非凡な将器、そして何よりも『詭道』を自在に使いこなす軍才が、勝利を手繰り寄せました」
詭道、それは奇策のこと。
敵の目を欺くことを意味し、これを使いこなす将こそが戦では勝利すると「孫子の兵法」にもある。
しかし、この詭道を本当の意味で理解し、実行できる人間は少ない。
いや、少ないというより、これが可能な人間は間違いなく「天才」だ。
曹操は、数多の戦で「兵は詭道なり」という原則を自在に操り、勝利を掴み取ってきた。
兵数の多い袁紹は、構えているだけでよかった。それだけで勝てた戦だ。
それを知っていた曹操は、頻繁に袁紹を揺さぶり、裏を突いて、一瞬で軍を崩壊させた。
芸術的ともいえる手腕だ。
「シキよ、よく知っているな。その情報はどこから聞いた。まるで官渡を見てきたかのような語り口だ」
「屋敷によく出入りする商人達から、そういった話をよく聞くのです。天下の情報を知れば、それが儲けに繋がる事を、優秀な商人は分かっております故」
「見事だ。それで、これから天下はどう動くと考える」
「袁紹は敗北したとしても、まだ基盤が傷ついたわけではありません。しかし曹操は、この機を逃さないでしょう。今度は冀州で戦になります。天下の趨勢はこれで決まるでしょう」
「なるほどな。まるで、未来を見据えているような視野だ」
親父の一言にギクリとする。
別に隠すわけでもないが、言う必要もないとして「転生」の事は黙っていた。
僕からすれば、このまま曹操が天下第一の勢力としてあり続け、そこと結びながらのらりくらりと裕福に過ごしたかったからだ。
「シキ、お前はいくつになった」
「え、あ、今は十二です」
「そうか。まだ少し早いが、それだけの視野を持つなら安心だ」
「へ?」
「シキよ。お前は『合浦郡』のシイツの下へ行き、人の上に立つという事を経験せよ。あと十年もすればお前も、一族の人間としてこの地を担う者となるのだから」
「シイツ叔父上のところ、ですか」
「お前にはうってつけだろう。この交州の収益の大部分を担う、一大貿易都市だ。やりたいことをやってみろ。内政でも軍事でも外交でも良い、シイツに教えてもらえ」
「では、私は『商売』をやりたいです」
「ほぅ……」
親父の目がキラリと輝く。
まるで幼い子供と、錬磨の老人が同じ体に住んでいる様な人だ。
「金の動きというのは、全ての理に通じるものがあると思うのです。それに、時として金は兵よりも強く、命よりも重い。交州が交州として生きるには、経済を知らねばいけない」
「流石は、我が息子じゃ。父を騙そうとした胆力、先を見通す視力、お前の先が楽しみでならん」
「全て、親父には至らぬものですが」
「当たり前だ、簡単に親を超える子があっていいものか。さて、何の商売をするかは分からんが『シシ』とは仲良くしておけ。あれも商才がある。お前とシシが力を合わせれば、きっと大きな力となるだろう」
シショウは機嫌良さげに、ヒェヒェと笑っていた。
この物語は結構「孫子の兵法」に基づいた内容になっています(*'ω'*)
「兵は詭道なり」とか、まさにそうですよね。
それに、孫子の編纂をしたのも、あの曹操ですし。
何かと「孫子」と「三国志」は深いところで繋がっている様な気がしますね。
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それではまた次回。