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辺境の流刑地で平和に暮らしたいだけなのに ~三国志の片隅で天下に金を投じる~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
二章 妖怪の二枚舌

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37話 民の代弁


 急な訪問だが、僕も親父がここまで手早く謀略の手を進めているとは思っていなかった。

 聞けば既に呉巨と頼恭には、劉備の書簡が届いているとか。


 この時を逃せば彼らの決意が揺らぐだろう。荊州に帰ってしまう、それでは意味がない。

 今のうちに新しい道を提示しておかないといけなかった。


 蒼梧郡の中心「広信こうしん」。


 呉巨は事前の連絡もなく訪れた士家の使者である僕を、丁重に持て成した。

 今はとにかく事を荒立てたくないのだろう。



「粗末な屋敷にてのお出迎え。いやはや、お恥ずかしい限り。事前に連絡をくだされば、もっと豪勢にお迎えいたしましたが」


「いえいえ、こちらこそ急な訪問になり礼を欠きました。本来ならば門前で断られるところを、大変申し訳ございません」


 呉巨は歴戦の勇壮たる巨躯を恭しく曲げて、ニコニコと頭を下げる。

 後ろに立つ温厚そうな男性が恐らく、頼恭だろう。


「劉表様に事前の申し入れもなく、急な訪問。はて、何用で御座いましょうか」


「事が事だけに、内密な会見とした方が良いと思いまして。急な訪問とさせていただきました」


「……なるほど。では、奥で話しましょう」


「ありがとうございます」


 奥の一室。

 入るのは僕と呉巨、そして頼恭の三人のみ。

 呉巨は盃を置き、そこに酒を注ぐ。


「お飲みになりますか?」


「いえ、どうも酒は苦手で。それにわざわざ将軍からいただくわけには」


「まぁまぁそう言わず。お構いなさるな」


「では、一杯だけ」


 この時代の酒のアルコール度数は極めて低い。何十杯と傾けてようやくほろ酔いになるかどうかだ。

 一杯だけなら水みたいなものだろう。


「それで、敵の地に乗り込むほどの、急用とは如何に」


「敵とは異なことを。同じ交州に住む者同士ではありませんか。現に、干戈を交えたことがありましたか?」


「はっはっは、これは失礼しました。お若いのに肝が据わっておられる」


「それで要件ですが、先日、呉巨様の元を訪れた蔡瑁殿の使者が、道中で殺されたという話を聞き、父が深く憂慮しておりまして」


「なるほど、もう、噂になっていましたか。ご尊父の憂慮は、この交州に戦火が起きるのではないか、ということでしょう」


「まさしくその通り。恥ずかしい話ですが、我ら士家には武力がありません。何とか孫家に貢物をして、命をつなげているような有様です」


「そういえば先日、孫家への臣従をなされたとか」


「……そこまで聞こえていましたか。ならば、士家が孫家に言い渡された条件も」


「我が蒼梧郡、鬱林郡の譲渡」


「その通りで御座います」


 呉巨の顔に僅かな怒りが見えた瞬間、僕はその場に膝をついて頭を下げる。

 次に言葉を発したのは、頼恭の方だ。


「まさかシショウ殿は、我らを攻めるおつもりか?」


「あり得ません! 士家の兵は、戦に駆り出せるほどの数を持ちません。それに、呉巨様に敵う将は、交州はおろか、天下広しといえど極僅かでしょう」


「まぁ、確かに。でなければわざわざ使者を送ったりはしませんな。いや、疑って申し訳ない」


「我らが求めるのは平和的な解決です。その為に士家は、家財を投げ打ってお二人を援助させていただきます」


「何?」


 空気が変わった。

 敵である勢力が、援助をしたいと申し出てきたのだ。

 それも、天下の富を牛耳る、あの士家が、だ。


「話を聞いてもよろしいか」


「劉表様の下で派閥争いが起きているのは存じております。蔡瑁の狙いも、御二方の勢力を削る為。そこで、蔡瑁の怒りを鎮めるために士家は金を流しましょう。そうすれば、蔡瑁の怒りも収まり、御二方は荊州で勢力を保ちながら帰還できるかと。そして我々は空いた地を、孫家へ差し出します。さすれば戦は起きません」


「そんなうまい話が……それに、誰を買収するつもりで? 蔡瑁は目ざとい。簡単に動くとは思えぬ」


「劉表様の奥方、蔡瑁の姉君、蔡夫人を動かします。士家と懇意にしている商人が、その伝手を持っておりますので」


 二人は思わず口をつぐんだ。

 蔡夫人を動かせば、劉表も蔡瑁も意のままだ。

 下手に劉備を頼るよりも、ずっと確実性の高い策であり、士家の持つ商人の伝手を考えればきっとそれも容易い。


 この交州の領地を投げだすのは癪だが、劉表は恐らく先も長くはない。

 それを考えれば、この土地にずっといるより、劉備か蔡瑁の近くで進退を決めた方が、身の安全にも繋がるだろう。


 頼恭はその策に飛びつきたくなる気持ちをぐっと抑え、呉巨の方に目を向ける。



「分からん」


「何が、でしょうか」


「何故そのような真似をなされる。我らは、敵だ。そのように戦が怖いのか? 孫家が怖いのか? どうして大きな金を動かしてまで、我らを救おうとされる。その魂胆が読めん」


 呉巨の目は、疑いの色に染まっていた。

 僕は地に膝を付けたまま、再び頭を下げる。


「確かに士家に直接、危害のある事例ではありません。孫家にものらりくらりと返事しておけば良い。されど、それではお二方が危うい。こう見えて実は、父はお二方に好意を持っておられます」


「まさか」


「本当です。常々父は苦笑いを浮かべて、呉巨殿のような豪傑がいれば民も安全だろうと、頼恭殿のような能吏がいれば自分が死すとも安心だと、そう言っておりました。それに、一番大きかったのは、豪族や、民の声です」


「民の……?」


「豪族や民がちらほらと、戦の気配を知り、我が領地へ流れております。ただ、彼らは言うのです。お二方が治めておられた間は大きな乱もなく、安全な暮らしができたと。どうかお二人がそのまま統治を続けられるよう、士家に力添えをしてほしいと」


 僅かに目を赤くして、呉巨は頷く。

 こっちも言葉に熱が入り、声を震わせ、鼻をすすり、地に頭を擦り付ける。


「民の心を掴まれた、その器量に敵も味方も関係ありません! 同じ交州を治めてきたのです! ここで民の声を無視し、自分の為だけに動けば、士家は仁義を失い、天下に見捨てられましょう!」


「使者殿、その申し出、よく分かった。こちらとしては感謝の念が尽きないばかりだ」


「……いえ、差し出がましいことを申し上げました」


「追って返事をしよう。少し、頼恭殿と話をさせてくれ」



 少年は頭を下げ、部屋を後にした。

 それを見届け、呉巨も頼恭も、大きく息を吐く。



「……決まったな、呉巨殿」


「一応、あの話が本当か、間者をやって豪族らを調べよう。判断はそれからでも遅くはない」


「うむ」




民の気持ちの代弁。直接、情へ訴えかける。

窮地に追い込まれた二人の心に、果たしてそれはどれほど染みたのか。


その人情が、打算だらけの裏を持つとも知らず(



次回は、二人の行動の結末が描かれます!

はてさて、二郡の行方は? そして、動き始める赤壁の風……



面白かったら、ブクマ・評価・コメントよろしくお願いします!

皆様の応援が作者の活力です!


それではまた次回。

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― 新着の感想 ―
[一言] よく、三国志物で三国志時代の酒はアルコール度数1%未満とか言われますが、それは醴酒や事酒といった甘酒や甘酒に毛か生えたようなもので、現代では甘酒はアルコールではなく清涼飲料水に分類されている…
[良い点] 妖怪だ、、、!
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