34話 命を救う者
「そこを何とか、頼むよ親父!」
「難しいことを言うなお前は。確かに『医学』の大切さは分かるが、そんな得体も知れぬ学問を、儒学と同列に置くなどと」
これほど親父と話が揉めたのも初めての事だろう。
というのも、僕は「医学」をどうにか発展させようと考えていた。
ただ、その持ち上げ方がどうも、親父と意見が合わない。
親父と、というよりは「時代」の差だろう。
この時代、学問と言えば全てが「儒学」に根付いたものであり、学の高い人とは、即ち「儒学者」であるということ。
親父や叔父上も、その明々たる知識人であり、儒学の価値観の中で生きる人達だ。
まぁ、若干、親父はその中でも異質な方なのだが。
僕はそこに、医学の地位向上を求めた。それも、儒学と同等にという条件で。
だってさ、前世の時代では、医学こそが学問の頂点だったしね。
はっきりいって哲学じみた儒学が、どうしてここまで持て囃されてるのかはわかんない。
これも乱世だからかしらん。
それにこの時代の「医者」は、極めて地位が低かった。
やはり人の生き死には天命であり、医学如きでどうこう出来るわけがない、みたいな考えがあるんだろう。
しかも、医学は妖術の様な、怪しげなものと見られていた。
現に、黄巾の乱の主導者であった張角は、医学に秀でた人物だった。
医学で人々の病を治し、それを奇跡と崇められ、「太平道」という宗教が完成したのである。
この一件があり、ますます医学と妖術は同等のものに見られている風潮がある。
ほら、ゲームとかでも神官とか僧侶が回復役じゃん? あれも、医療は神の奇跡だと思われていた歴史があるからだ。
親父からすれば、息子が急に新興宗教に傾倒した、みたいな。
なんとも心外である。
「どうして人間が病にかかるのか、それは過去に悪い行いをしたとか、王の徳が低いとか、そんなのは関係ない。かかるべくしてかかるんだ。それを解明していくのが、医学だと思う。特に交州のような熱帯地域では流行り病が発生しやすい」
「病に徳は関係ないことは、流石に分かる。しかし、医学自体の得体が知れぬし、どうしてそのように急激な地位の向上を? 段階を踏むのであれば、一考の余地はあるのだがな」
「えっと、それは……その」
「何か隠しておるな。以前、無断で袁煕に援助をして、こっぴどく叱られたのを覚えていない訳ではあるまい」
「実は、個人的に『華佗』との接触を……」
親父はそれを聞き、大きな溜息を吐いた。
☆
医学の歴史において、彼の存在はあまりに異質。一人、時代の先を行き過ぎていたとまで言われる「天才」。
それが、三国志の時代に生きた医学者「華佗」であった。
資料に残されていた彼の功績が事実とするなら、歴史上初めて「外科手術」を扱った人物とされる。
全身麻酔による外科手術が初めて行われたとされる正式な記録は、日本の江戸時代。
つまり、華佗の技術は1600年以上も先を行っていたとされるのだから、彼の異質さがよく分かるだろう。
「はぁ……曹操のヤツめ。儂を軽く見おってからに」
しかし、そんな天才でも、この時代においては地位の低い医者の一人。
確かに腕は優れていたが、強情なプライドを持ち、周囲の理解の低さに辟易し、態度はすこぶる悪かった。
天下の覇者として名を上げた曹操の、専属の医師になったにも関わらず、地位の低さに耐えかねて仕事を放棄。
この時代においては相当な好待遇だっただろうが、華佗はそれすらも満足できなかった。
曹操に見切りをつけた華佗は、妻が病だと偽って帰郷。
今は、故郷の小さな家で、老いた妻と二人、医学の研究に没頭していた。
「こんにちは、先生、薬草売りです」
「うむ、よく来た。早速見せてくれ」
家を訪ねてきたのは、肌は褐色で、目の堀が深い、漢民族ではない商人だ。
おそらく胡人(インド、中東系の人種)であろうというのが分かる。
実は華佗も胡人の血が入っている為、この商人とは親しく接していた。
「今日も、良い品ばかりだ。このような貴重な品々を、これほど安く、どこで揃えているのだ?」
「それは秘密でさぁ……と言いたいとこだが、先生には息子を治療していただいた恩がある。特別にお教えしましょう。これは──交州より取り揃えております」
「なんと、あの南方の僻地か。それならば頷ける」
「なぁ、先生。こんな場所に居ても、いずれ曹操に見つかっちまう。ならいっそ、交州へ行かないか? あそこなら平和だし、薬草には困らない。何より領主の士燮様は学問に明るい」
商人の言葉に耳を傾けることなく、華佗は薬草を一つ一つ手に取って眺める。
そして、目を薬草に向けたまま、口を開く。
「学問に明るかろうと、理解が無ければ意味がない。医学の大切さも分からぬ腐れ儒者に、どうして良いように使われねばらならん。もう、諦めたよ」
「……常日頃から、薬草を誰から贔屓してもらったか、お教えしましょう。士燮様が三男、士徽様です。先生のお役に立つ様に、と」
「なるほど、そういうことか。じゃあ、薬屋よ、その坊主にこう伝えてくれ。儂を召し抱えたければ、儒学者にも勝る地位を用意せよと」
「はぁ……相変わらずだな、先生は。分かったよ、伝えておくぜ」
華佗は嬉しそうに笑って、薬草を買う為の銭を取り出した。
蒼天航路での華佗は、なんとか曹操に花を持たせようと、中々に苦しい設定をしていたようなイメージがふんわりと残ってる。
蒼天航路でも北方三国志でもそうだけど、華佗はどうしても意固地なイメージがあるんだけど、色々調べてみても、やっぱり意固地な人でした(
さて次回は、親父が劉表に仕掛けた謀略のお話。
荊州に妖怪の手が忍び寄る。。。
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それではまた次回。




