32話 荊州の行方
蔡瑁そして、劉備。
荊州の劉表の幕下陣営は現在、この二人によって分かれているといっていい。
劉表には、二人の息子がいた。
前室との長子である「劉琦」、継室の「蔡氏」との次子である「劉琮」の二人。
この二人のどちらを後継者に推すか、それが劉表配下が分断している原因である。
荊州牧の劉表は、江東の孫家に似て、強力な豪族達によって支えられている政権だ。
その最たる豪族が「蔡瑁」を筆頭とした蔡氏である。劉表は彼らを外戚として取り込むことで、荊州に基盤を得た。
だからこそ、何も後ろ盾のない劉琦より、劉琮を後継にした方が今後の為には良い。
ただ、それに反発したのが、劉備を筆頭とした外部勢力である。
交州もそうだが、荊州も長く戦乱に巻き込まれることのなかった土地であり、ここに逃げ込んできた有力者も多い。
そういった逃げ込んできた優秀な者達を取り立て、劉表は勢力を確固たるものとしている。
しかし、蔡瑁を始めとした地元勢力は、これが面白くない。
次第にこの地元勢力と外部勢力は対立の立場となったが、大きく優勢であったのはやはり地元勢力の方である。
そこでまた一人、戦乱の雄が劉表陣営に転がり込んでくる。それが「劉備」だ。
極めて強力な傭兵集団として天下に聞こえた男であり、曹操の脅威に怯えていた劉表はこの傭兵集団を北方の抑えとして取り込んだ。
この劉備はやはり天下を駆け巡ってきただけ精強で、荊州へ攻め込む気配を見せていた「夏侯惇」「于禁」らを自ら進んで「博望」にて退けている。
兵力差は、劉備の方は僅か三分の一程度であったとか。
この勝利で声望の高まった劉備を、外部勢力は派閥の筆頭として盛り立て、劉琦の後見人として担いだ。
そうして、荊州では後継者争いが水面下で激化しているのが現状である。
☆
「呉巨は劉備の古い友人であり、頼恭も荊州出身の名士なれど、蔡瑁との折り合い悪く、どちらも劉備派閥寄りの立場にあります」
「ふむ、狙いは何だ」
「ただ鬱林郡と蒼梧郡を孫権に引き渡すからには、こちらの得になるようにしたい。孫権の一声で、いつでも我らが滅ぼされるようなことは避けたい」
「つまり、この二人を引き抜く、と」
「左様。自らこちら側に下りたいと言わせます。その為に呉巨と頼恭には、協力し合ってもらわないといけません。まさに、呉越同舟の策です」
孫子の兵法「九地」の編。
四字熟語にもある「呉越同舟」の記述はここに書いてある。
例え宿敵同士である呉人と越人でも、同じ船に乗り、荒れる川に進めば、互いに協力して左右の舵を取るだろう。
これを呉巨と頼恭に当てはめれば良い。この場合、誰をもって「荒れる川」を起こすか。
劉備と蔡瑁。この二人を置いて他にない。
そして呉巨と頼恭を窮地に立たせ、こちらが手を差し伸べれば、きっとその手を掴むだろう。
「なるほど。これならば確かに、孫権も文句は言えまい。暗殺や反乱で奪えば、どうしても角が立つでな。戦をしても、呉巨に勝てる将兵が交州にはおらんし、良い策じゃろう」
「まぁ、劉備派閥の人間を擁することで曹操から何か言われるやもしれませんが」
「派閥とはいえ繋がりは薄い。そんなのにイチイチ突っかかってくるほど曹操も暇ではあるまい。心配いらん」
「では」
「うむ、その策を採用しよう」
親父は機嫌よさげに笑いながら、ペチペチと自分の頭をなでる。
よかった。何とか納得してもらえたみたいだ。
「それで、どうやって蔡瑁を動かす」
「呉巨と頼恭が、頻繁に荊州南部の者達へ、劉備派閥に加わるよう間者を手配している、と見せるだけでいいかと。荊州の人事を握るのは蔡瑁です。何かしら動くでしょう」
「そうすれば難癖を蔡瑁が言ってくる。呉巨も頼恭も反発するだろう。そしてそこにもう一度、大きな石を投げる」
「はい。そうすれば川は荒れる。丁度、孫家も黄祖討伐の為に軍備を整えている最中で、曹操も虎視眈々と荊州を狙っています。荊州は今、揺らぎの中にあります故に」
「ふむふむふむ」
目を閉じて、白の混じった眉をぐぐぐと曲げる。
数秒間そのまま止まっていたかと思うと、今度はカッと目を見開き、大きな息を一つ。
「分かった。荊州の謀略は俺がやろう。このシショウと、劉表。どちらの老いぼれの頭がまだ若いか、知らしめてやる良い機会じゃ。昔からあの男は気に食わんかった。やたらデカいなりで、俺を見下しおって」
「じゃあ、僕は、何を」
「表向きは陳時と共に、交趾郡の統治に携われ。そして時期を見て、お前が直接、呉巨と頼恭を揺すってこい」
「……承知」
「呉巨も頼恭も、中々の食わせ者じゃ。ずっとこの交州に足を踏み入れ続けておるのだからな。用心せよ」
こうして交州は、自らの意思で、生存の為の戦略を天下に広げ始めたのであった。
アルコールハラスメントといえば孫権が有名ですが、この劉表も中々だったらしいっすね。
そもそも身長がめちゃんこ大きかったらしく、その上、酒豪の中の酒豪。
客が来た時には宴を催し、十何リットルという酒を飲ませて、酔いつぶれるまで決して誰も返さない。
ほんとに潰れてるかどうか、鉄の針を刺して反応を見る、みたいなことをやっていたとか。
三国志で悪役に描かれることの多い蔡瑁さんですが、こんなアルハラにしょっちゅう付き合ってたのかなぁ、なんて思うとなんだか不憫。
さて、次回は交趾郡の統治について。お仕事パートです。
ずっと謀略ばかり考えてたら、政権維持できないっすからね。
山越族とどうやって仲良くしていくか、それを考えます。
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それではまた次回。




