30話 士家の四兄弟
「なんだかすごく久しぶりな気がするなぁ……」
我が故郷、交州。
色々な人種が入り乱れ、それでいて調和を保つ、辺境の土地。
相変わらずの高温多湿の気候。思わず水を飲む頻度も多くなってしまうな。
「じゃ、俺はここで! 父さんに顔を出さないとな!」
「おぅ、ありがとう雷華」
南海郡の、シキン兄上の屋敷に到着すると、雷華はそのまま帰っていった。
ちなみに雍闓さんは、一足先に南蛮へと帰っている。何やら少し、厄介なことが起きたとか。
親父がいない間は、この南海郡が交州の中心である。
まぁ、親父が居る間でも、交州の運営はここで行われているのだが。
交州の有力な豪族らがここに集まり、兄上の下で運営の指揮が執られている。
あくまで親父が出てくるのは、交州全体に大きく影響があるかもしれない事例、または外交関係に対してのみだ。
細々とした政務がそもそもあまり好きじゃないんだろうな。
「お帰り! 兄上!」
今さっきまで武術の稽古をしていたのか、汗の滲んだシカンが駆け寄ってくる。
ふと中庭を見てみれば、武術の師範格の大人達が、腰を下ろして激しく息を切らしているのが伺える。
何というか、コイツのスペックは底知れないな。
ついこの間までは雷華と同じくらいの腕だったはずだが、もはや軽く追い抜いているかもしれない。
「あぁ、ただいま。兄上や叔父上はおられるか?」
「シイツ叔父上は合浦郡に。今日は、シキン兄上とシシ兄上が居るぜ」
「分かった。とりあえず今から報告に行かないとな。お前も来るか?」
「うん!」
☆
親父も叔父上もいない。士家の四兄弟が揃う。
大人がいない状態でのこういった事務的な報告は些かむず痒いものがあるな。
まぁ、二人の兄上はもう立派な大人なんだけど。
「ご苦労だった、シキ。お前からの報告書は、先んじて魯陰殿から届いている。一応目を通した」
「それで、親父からは何か反応は届いてますか?」
「本当に今しがた、書簡が届いた。帰りはまだ遅くなるらしい」
シキンは書簡を懐から取り出し、それを机の上に開く。
僕とシシ兄上がそれを覗き込む。シカンは全てを兄達に任せるといったように、大人しく座っていた。
「これは……」
「孫権と曹操の要求をまとめ、それに対する対処について書かれている。私はこれに、従うつもりだ」
孫権も曹操も、要求は「物資」と「人質」であり、それの代わりに交州の自治を公的に認める、と言ったもの。
どうやら親父の方も「自治権」に関しては承諾を得ることが叶ったようだ。
ただ、問題はこの「人質」であった。
怪訝な顔を浮かべていたのは、シシ兄上であった。
「父上は、何を考えているんだ……孫権への人質に、兄上を出すなど。そんなもの、俺でいいではないか」
「シシよ。お前は商家の気質だ。いくらお前に気遣いが出来ようと、孫家の重臣らにはそれを打算と見られ、肌で嫌われてしまう。人質は、そういった軋轢を作ってはならんのだ」
確かにシシ兄上は人付き合いにも長けているが、あくまでそれは利害が絡んでいる場合だ。
商売では当たり前の価値観だとしても、政治ではそうもいかない。利害は二の次にしないといけない場面も多く出てくる。
そう見れば確かにシキン兄上は適任だ。孫家の嫌がらせも、難なく躱してくれるだろう。
親父の出した結論は、こうである。
曹操への人質は、甥のシキョウ、四男のシカン。孫権への人質は、長男のシキン。
シキンの後任として南海郡を治め、朝廷、孫家に対する物資の捻出を担当するのが、次男のシシ。
シショウ不在の交趾郡の統治、及び孫家へ差し出す「鬱林郡」「蒼梧郡」への対処を、三男のシキが担当する。
「お前に南海郡を預けた父の気持ちも分かる。お前は、士家の者だ。人の上に立つということを、少しは肌身で学べ。そうすれば大きくお前は飛躍する」
「兄上……」
二人は年が近いこともあって、仲は良かった。僕やシカンは年が離れているせいか、どうも壁を感じてしまう。
そして、もう一人。曹操への人質とされたシカンだが、こちらは特に心配することなく、ケロッとした顔をしていた。
むしろどこか楽しそうな、遠足前の子供の様な顔だ。
「シカン、お前は不安ではないのか?」
「シキ兄上が孫権に捕らえられたと聞いたときの方が、まだ不安だったかな。まぁ、俺は兄上達や親父の判断に間違いは無いと思ってる。それに、俺の得意は体を張ることだ」
「痛いところを突かれたなぁ。全く、大物だよ、お前は」
少し重くなっていた空気が、シカンのおかげで明るく弾けた。
まぁ、シキョウ従兄上がいれば、特に心配することもないだろう。
それに都を知ることが出来る、というのは貴重な経験にもなり得る。
「シキよ」
静かに微笑みながら、シキン兄上がこちらに顔を向ける。
どこか少し寂しそうな、悔しそうな、そんな表情だった。
「父上が、お前を孫権への使者に立て、交州に残すその意味を、よく考えないといけない。私が人質となる、その意味も含めて、覚悟を決めなければならない。分かったな?」
あまりに強い意志の光に、僕はただ頷くことしかできなかった。
各地に散らばる士家一族。
そういえば、諸葛家も色々と散らばっていますよね。
諸葛亮に諸葛瑾、諸葛誕などなど。
各地に散らばった諸葛一族は、天下を分割する三国の高位に上り、世界を牛耳ろうとしていた。
それにいち早く気付き、野望を阻止するべく動いた男が、そう、司馬懿なのだ……(ぇ
日本でもそういった一族はいますかねぇ。
関ヶ原で別れた、真田家がそれに当てはまるのでしょうか。
さて、次回は孫権の無茶ぶりに応える為、シキが頭をひねります。
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それではまた次回。




