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辺境の流刑地で平和に暮らしたいだけなのに ~三国志の片隅で天下に金を投じる~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
二章 妖怪の二枚舌

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28話 良き出会い


 そこは大きな敷地の中に、やけに古びた屋奥が一つ。

 これが、主家である陸績の屋敷か。思わず首を傾げる。


 どうみても同じ敷地内に並ぶ家々の方が新しく、綺麗で大きい。


「なぁ、シキ。ほんとにここだよな? でもさ、主家の屋敷の方が他の一族や、従者の家よりみすぼらしいことなんてあるか?」


「清廉な賢者の屋敷とは、こういうものなんだろう。たぶん」


 親父はドカンと屋敷を構え、大いに権威をアピールする性格だ。

 それと比較すると、確かに僕も少し驚く。


 ただ、これも彼なりの処世術なのかもしれない。

 今の陸家の実質的な当主は「陸遜」だ。その陸遜と、孫権に配慮してるんだろうな。


「どなたかいらっしゃいませんか? 交州のシショウが三男、シキが参りました」


 声をかけてみる。

 すると家の中からガサガサと紙を踏み分ける音がして、年季の入った扉がぎこちなく開いた。



「お待ちしておりました。私は、陸績りくせきと申します」



 僕とあまり年が変わらないか、それよりも少し上か。

 姿を現したのは、古びた家屋、くたびれた着物に似合わない、光を放つかのような青年であった。


 瞳はまるで北極星の様な輝きを放つ、そんな意志の強さが感じられる。

 鼻立ちもすらりと高く、肌も白い。

 まさに勇壮な、堂々たる出で立ち。これが名声と信望高き、陸家の俊才。


「遅れた訪問になってしまい、申し訳ありません」


「いえいえ、事情は分かっております。ご足労いただけただけで有難い。それに、これ」


 陸績は杖をついていた。

 その杖は装飾も何も施されず、地味な見た目であるが、柔らかく輝いていた。

 見る人が見れば価値の分かる、素材の良さが十二分に感じられる逸品である。


「この杖、非常に使いやすく、助かっております。心遣い、痛み入ります」


 魯陰を呉郡へ先行させたのは、陸績への贈り物を送るためであった。

 幼い頃にかかった病の後遺症で、足がいくらか不自由であった陸績の為に作った特注品である。


 高価な物よりも、きっとこういう物を喜ぶだろうと思って送ったのだ。





 通された家の中は、四方が書物で囲まれている、異様な屋敷だった。

 あるものと言えば、大量の書物、不思議な図面、そして墨と筆。本当にこれだけだ。


「このような家で申し訳ない」


「普段は、どのように生活を?」


「食事は従者が運んでくれます。それ以外は一日中、書物を読み、学問をする日々です」


「はぁ……これはすごい」


 僕だったらすぐに気を病んでしまいそうな環境だが、陸績は爛々とした様子であった。

 本当にこの人は学問が好きなんだなぁと。それがはっきりとわかる。


「とはいえ、職務も行いますよ」


「確か役職は、奏曹掾そうそうろくでしたね」


「よくご存じですね」


「いえ、先生の事は交州にいた頃よりお慕い申し上げておりましたので」


 仕事はいわゆる「上奏を司る」こと。皇帝に直接、群臣がまとめた政策を発言する役、みたいなもの。

 とはいえ、江東に皇帝はいない。ここでは孫権に対する、と解釈していいだろう。


 確かに名誉ある役職ではあるが、陸績の家柄や能力を考えると、些か不釣り合いな役割だと言えなくもない。

 文官の一人。それも、末席の。名誉は与えるが、実権は与えない。それが今の陸績の待遇であった。


「私のようなものを、恐れ多い限りです」


「いえいえ、これから先生とは親しくしたいと思っております。まぁ、孫権様に睨まれてる士家の者が何を、という話ではありますが」


「はははっ。正直なことを言えば、私も以前は士家の振る舞いを好ましく見てはいませんでした。おそらく江東の者はほとんどそうでしょう」


 確かに、挨拶回りでもそうだが、士家の人間を好ましく思っている人は少なかった。

 この時代の倫理観的に、お金を稼ぐ人間は卑しいと見られる。

 経済を中心とした統治を行う士家は、卑しく、狡猾だというイメージが強くなりがちなのだ。


「しかし、よく考えてみればこの戦乱の時代、戦火に見舞われていないその統治は、素晴らしいものでもあります。更にシショウ殿の教化政策、これは称賛されるべきもの」


「戦火を逃れて、多くの高名な学者が交州を訪れました。そういった先生方に助けていただきました」


「学問だけに没頭できる環境、とても羨ましいものです。私も隠遁の身であれば、交州で暮らしたいところ。されど、陸家を担う、その役目もあります」


「互いに、家を保つため、難しい立場ですね」


「だからこそ、こうして良き友として出会えた。そう思うこともできませんか?」


「先生と友などと。勿体なきお言葉です……しかし、有難く思います」


 僕と陸績は笑う。

 沈む夕日の明かりが、書棚の隙間から差し込んでいた。


 お互いに難しい立場だからこそ、似た境遇の相手を良く調べ、互いに好感をもって接することが叶った。

 この出会いがどうか、良い方向へ転がることを祈ろう。



「もう、お発ちになるのですか?」


「はい。明日、荷造りをして、その後。孫権様からの命を、実行しないといけません」


「次はいつ会えるのやら。少し寂しくありますね」


「いえ、先生。僕は案外、遠くないうちに再会できるような、そんな気がしてます」


「……ならば、嬉しい限りだ」




陸家の再興と、学問への傾倒と、孫家への想い。

陸績はとても難しい立場にあったんじゃないかなぁ、なんて。

孫策によって父親が死んだようなものですし、陸遜よりもきっとその恨みも深かったとも思います。


そういった葛藤も描けていけたらいいなぁ、なんて。


さて、次回は再び親父視点。

荀彧に宴に誘われウキウキな親父が、冷や汗でびっしょりになります(ぇ


面白かったら、ブクマ・評価・コメントよろしくお願いします!

皆様の応援が作者の活力です! あとは、芋けんぴも活力。美味しい。


それではまた次回。

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