2話 妖怪の詐術
「うがぁああ! どうして兄上は俺の手が分かるのだ!? まさか奇術使いなのか!?」
「はっはっは! 弟に負けてばかりではいられないのだよ!!」
いやぁ、年下の弟を賭け事でボコボコに負かすのは何とも気分が良い。
普段の武術の稽古などでは、一瞬にして転がされてて、威厳も何もあったもんじゃないからな。
逆立った髪の毛をワシワシと掻き、悔しそうに強すぎる眼光を歪める弟の「シカン」は、もう一度だとまくし立てる。
「おいおい、それじゃあ父上に貰った小遣いが無くなるんじゃないか?」
「勝てば良いだけだ!!」
こうなったら、シカンは言う事を聞きやしない。
シカンはこの一族の中では唯一と言っていい、優れた武才をもっていた。
四人いる僕らの兄弟は皆、何かしら優秀なのだが、シカンは中でも特別だと言って良いだろう。
本当にあの「妖怪」と呼ばれる曲者の親父の子かと疑いたくなるほどに、気性も真っすぐで純粋。
元気溌剌な大型犬みたいなヤツだな。
どれだけ腹を立てたり、落ち込むことがあっても、飯を食えばケロリとするようなタイプ。
賭けの相手としては、こんなに良いカモはない。
しかし、これ以上負かしてしまえば、流石に可哀想だ。
(別にもう小遣いは余ってるし、次は負けてやるか……シカンも勝ち逃げ出来るだろうしな)
ふと、そんな事を考えている時であった。
「シキ、シカンよ、どうじゃ、父さんも交ぜてくれんかね?」
「あ! 父上!」
「ゲェッ、親父……」
「何じゃシキ、苦虫を嚙み潰したような顔をして。全く、お前は子供らしくないというか、シカンはこんなに愛嬌に溢れとるというに」
それは貴方の主観じゃないんですかい?
なんてそんなことを思いながら、僕もシカンも家人も皆、その場でひれ伏した。
「えぇい、止めい。堅苦しいのは苦手じゃ。どれ、シカンよ、ちょっと順番を変わってみぃ。お前の負け分を取り返してやろう」
「父上! 兄上はほんとうに、奇術を使ってるかのように俺の手を読むのです!」
「なぁに、奇術なら父さんの方が本家本元じゃぞ?」
「親父のは詐術だろ」
いやぁ、不味いことになってしまった。
相手は三国志を代表する曲者だ。子供だましの手が通用するかどうか。
適当に子供らしく、あっけなく負けておこうかしらん。
「シキよ、この父に勝てば、その手持ちを倍にしてやるぞ?」
「絶対負けねぇ」
うん、金が絡んでくると話は別だよね!
ルールは至って簡単。簡易的なポーカーゲームだと思ってもらって良い。
1から9までの数字が記された木札のうち、一枚だけが互いに配られる。
そして数の多い方が勝ち。低い方が負け。
配られた時点では互いの札は見せずに、同じだけの賭け金を決める。
勝ち目がないと思えばその場での「降参」も可能。
相手が9を持ってれば、そもそも勝ち目が無いから降参した方が良いよね。
ちなみに降参しても賭け金は相手に渡るが、その場合は、場に賭けているお金の半分だけを差し出すという形だ。
「それでは、まずシキ様、シショウ様、木札に不備がないかのご確認を」
ディーラーの役割を務めるのは、家人の一人である、肌の浅黒いお姉さんだった。
まるで氷の様に冷たく変わり映えのしない無表情。しかも美人。
親父が鼻の下を伸ばしてるのを見ても、意に介す様子もない。
息子としてはそんな親父の姿は見たくなかったです。
僕は今まで遊んでたから別に確認は良いとして、親父はその木札を入念に調べ出す。
「ふむ、別に細工は無いな」
「息子との勝負で、親がまず詐術を疑うなよ」
「この父の息子だぞ? ヒヒヒッ」
怪しげな笑い方。どうもこれだけは慣れないな。
「では、確認を終えましたので、互いに一枚、配らせていただきます。札は決して、相手に見せないように」
「うむ」
「了解」
☆
シショウは自らの手札を見て、うむむと唸る。
渡った木札は「7」の番号。とても良い手持ちだ。
この札に勝つには「8」か「9」を出すしかなく、「1」から「6」では負け。
確率で見れば圧倒的な優勢だと見ていいだろう。
向かいに座る息子の表情は、硬かった。
緊張しているようだが、顔色を読み取らせまいとしている。
中々に可愛い息子じゃあないか。
ただ、この固まり方は、微妙な手だということだろうか。
例えば、5や6あたり。これは、勝負をかけても良いかもしれない。
「では、お互いの賭け金を提示ください。話し合いで決まらなかった場合、高い金額に統一されます。降参は、話し合いの途中、掛け金の決定後に宣言可能です」
なるほど、博打とはいえ、立派な心理戦だ。
互いの賭け金を「話し合い」で決めるというところが面白い。
ここで、互いの駆け引きが始まる。
これは感情がすぐ表に出るシカンには向かない勝負だな、と感じた。
「シキよ、どうだ? 勝てそうな手札か?」
「親父はどうです?」
「運次第じゃな。だから、お前に先に掛け金を提示してもらいたい。それで決めるとしよう」
前歯の欠けた口を、にやりと横に広げる。
シキもまた、不敵な笑みを浮かべた。
先手を取った。
これでこちらは悠々と相手の出方を見ることが出来る。
シキもここで引くことは出来ないだろう。自らの手札が弱いと認める様なものだ。
それに、引いたら引いたで、それもまた判断材料の一つになる。
「そうですね、では僕は……手持ちの全額を、賭けようと思っています」
これには周囲の家人達も一様にどよめいた。
シキの目は、ここにきて座っている。
先手を打ったと思ったら、その先に布石を置きやがった。
なんとも嫌な覚悟の決め方だ。
ただ、これは最終決定の賭け金ではない。まだ、話し合いの段階。
はったりをかましてこちらの「降参」を促している可能性も多いにある。
「じゃあ、これで話し合いは終わりで良いか?」
「親父はどうするのですか? それとも、降参ですか?」
「いや、お前の提案に乗ろうかな、と思ってな」
少しずつ、揺さぶる。
しかし、シキは揺れない。
まさか本当に「8」「9」を持っているのか?
いや、ハッタリだろう。虚勢だ。
あまりに腰が据わっている。急に、不自然に。
「じゃあ、こっちも……」
自分も同じだけの金額を賭けようとして、シショウは手を止める。
「親父?」
「いや……これは、一本取られたな。なぁ、仲介者さんよ」
シショウに声をかけられ、肌の浅黒い美人は、僅かに動揺の色を瞳に浮かべた。
「ここで降参する。まだ何も賭けていないから、初手の賭け金だけを払う、これで良いか?」
「良いのか? 親父」
「ふん、どうせお前が持っているのは、こっちより高い数字だ。ずっとお前にだけ目を向けていていれば、気づかんかっただろう。もう少しで引っかかる所であった。危ない危ない」
「……」
「この仲介者を、買収してるな? いや、もしやすればこの家人も皆、お前の手の内かな」
「え? え? 兄上? 父上? どういうことだ?」
シキは大きく溜息を吐き、手札をひっくり返す。
現れたのは「8」の数字。
「あと少しだったんだがなぁ」
「女子の微妙な変化が目につかぬシショウと思うてか? ヒヒヒッ! シキが初め固かったのも、企みを秘めていたからだ。しかし、時間が経つにつれ腰の据わった眼になった。だがなぁ、周囲は逆に段々と固くなっていった。やましいことを隠すように。シキよ、俺が絶対に負けるよう、仕組んでいたな」
「全部、見破られたか。勝負に乗った時点で親父の勝負は決まる。そういう風に仕組んだが、まぁ、そんなに甘くはなかった」
「ふふん。イカサマの罰として、小遣いは全額、没収じゃな」
「そ、そんな! 勘弁してくれ!!」
「じゃあ、ちょっと付いて来い。お前に頼み事じゃ」
「え、俺に?」
ポカンと間の抜けた顔を浮かべるシキの手を引き、シショウはそのまま部屋を後にした。
ちなみに息子達の年齢も、資料が乏しいのをいいことに、結構自分勝手に設定してます(ぇ
主だった一族は以下の通りです。
・士燮【シショウ】 交州の統治者
・士壱【シイツ】 シショウの弟
・士廞【シキン】 シショウの長男
・士祗【シシ】 シショウの次男
・士徽【シキ】 シショウの三男・主人公・一族滅亡の原因
・士幹【シカン】 シショウの四男
・士匡【シキョウ】 シイツの一人息子
全員に個性的なキャラを付けて、活躍させていく所存です。
将来的に誰推しとか出てくるかしらん?(ぇ
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