27話 蜜柑と暦
「良かったぁ~、無事だったんだな! 心配したぞ!」
「何とか生きて帰れたよ」
ようやく自由を許された僕と、雷華を含めた従者達。
特に不自由な思いをしたわけではないとのことで、とりあえずは安心だ。
「こっちは雍闓さんと、呂岱将軍が色々と融通してくれたんだ」
「へぇ、将軍が。後で礼を言いに行かないとな」
「それで、もう用は済んだんだろ? すぐに帰るのか?」
「いや、もう少し滞在する。むしろ、本当の用事はこれからだ」
「え? 殺されそうになったんだろ? 早く帰ろうよ」
☆
江東の孫家は、決して強権的な、中央集権の政治体制ではない。
複数の名族や豪族による連合国家と言った方が正しく、孫家はそれらのまとめ役という立場なのだ。
三国時代、呉が外ではなく、内の反乱や異民族の対処にばかり目を向けていたのも、この体制が大きく関係していると考えられる。
あくまで江東の平穏を保つために、孫家は担がれているに過ぎない、といったところか。
しかし、孫権もそれが十二分に分かっているから、自分への権力集めを虎視眈々と狙っているのだ。
「だからこそ交州の生存は、この名士達とどれほど誼を通じておくか、が重要だ」
根拠地である呉郡を代表する名族は、次の四姓と言われる。
それが「顧・陸・朱・張」氏だ。
顧氏であれば、顧雍。
陸氏であれば、陸遜と言えば分かりやすいだろう。
言わずもがな、いずれも孫呉を代表する名臣達だ。
そして朱氏と、張氏だが、それぞれを代表する人物と言えば、朱氏は朱桓・朱拠、張氏は張温が挙げられる。
間違えやすいのだが、朱治、朱然、張昭、張紘は別の筋の名士にあたる。
孫家への交渉と同じくらいに、名士達との交流は、今回の遠征において必要不可欠なものであった。
「いや、それにしてもこういう挨拶周りだと、本当にお前が居て助かるよ」
「へへへ」
先に挙げた名士達以外にも、多くの豪族らとの交流を図ってみたが、予想以上に雷華に助けられた。
やはり交州の士一族はどうも、金儲けなどの汚いイメージが強かったり、親父の狡猾な一面が強烈なことから敬遠されがちであった。
きっと僕一人であったら、門前払いの嵐であっただろう。
そんな時、雷華が表に出て取次ぎをしてくれると、結構、快く受け入れられたりする。
まぁ、外見の善し悪しが評価に直結するような時代だ。雷華はその点、申し分ない。
だって名士さん達、僕よりも雷華の方を見て話すもんね。うん、そろそろ泣いていいですか?
「でも、連日連夜の挨拶回り。流石に疲れたよ」
「まぁな。でも、次で最後だ」
最後に訪れるのは、その四姓の一つ。陸家。
ただ、陸遜へ会いに行くのではない。
というか、陸遜は確かに名門「陸」氏ではあるが、直系ではないのだ。
前任の当主、陸康が没した当時、直系の息子が幼かったため、代わりに従孫の陸遜が家督を継いだ流れになっている。
今日会いに来たのは、その直系にあたる人物、陸績だ。
幼くして、明晰な頭脳と、豪胆な気概の持ち主であり、孫策や孫権を恐れることなく諫言を行った人物。
その才気を、孫家の臣下は皆大いに評価し、若くして名声は極めて高かったとされる。
また、幼少の頃、袁術に招かれた宴席で蜜柑を盗もうとし、その理由を袁術に聞かれると、病の母に持って帰りたかったと答え、袁術はその孝行にいたく感心した、という話は有名だ。
彼は三国志の中でも、最も正確な暦を作ることに成功しており、これは呉に多大な恩恵をもたらしている。
というのも、暦を作ることは皇帝の専売特許であり、より正確な暦を持つ国が正当に近いとまで見られたほどだ。
漢室から帝位を献上された魏、劉の血統を持つ蜀、これらに対抗する正当性を持たない呉の孫権が帝位につけたのも、この暦が大きな一因としてあったことは間違いない。
「そういえば、陸家って名門なんでしょ? 良かったの? 最後の最後に回しちゃって」
「名門だが、一族が先代の孫策にほとんど滅ぼされてる。没落寸前さ。それに、これは孫権への配慮でもある」
「どういうこと?」
「陸績は高い名声と人望を持っているが、孫権には疎まれてると聞いている。まぁ、直接、君主の耳に痛いことを諫言する人間は、往々にして嫌われるものだよ。だから最後に回してみた」
ただ、没落寸前とはいえ、それでも名門。
陸遜は孫策の娘を妻としている為、婚姻で懐柔されているが、陸績はまだ名族同士とのつながりが強い。
それに陸家にとって、孫家は仇敵も同然。警戒されて当然だ。
早めに会いに行こうものなら、間違いなく睨まれてしまうだろう。
でも、だからこそ、接触の価値がある。
孫権の要求である、鬱林郡と蒼梧郡の明け渡し。
史実にもある通り、陸績が鬱林郡へ、左遷の形で赴任する可能性は高い。
孫権に疎まれ、交州に縁深い。そして、極めて優秀。
価値が爆上がりする予感溢れる人物だ。
今のうちに、投資の手を打っておかねば……。
「なんか、楽しそうだね、シキ」
「え、あ、そうか? まぁ気にするな!」
馬車に揺られること数刻。
ようやく、陸績の屋敷が見えてきた。
長々と解説失礼しました。陸績の登場は次回になります……
こんなはずじゃなかったのになぁ……(笑)
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それではまた次回。




