25話 嘘と思惑
別に僕が使者で赴かなくても、すぐに皖城は降伏していた。
だって史実でも李術は籠城に耐えられず、降伏しているのだから。
降伏勧告は、ただのきっかけに過ぎない。
別に嘘であろうと「城内の者は助かる」と外部の人間が言えば、それはやがて真実味を帯びる。
まぁ、こんなに早く開城するのは意外だったが、それだけ切羽詰まってたということでもあるんだろう。
孫権は早速、李術の首を晒し、その親族や側近を処刑。
兵や、主となって降伏をしてきた者達を許す処置を取った。
江東の地は広いが、大部分は反抗的な異民族で、孫家に従う民は少ない。
つまり、人間は最も希少な資源なのだ。
無駄に兵まで斬っては、自分の身を削ぐことになるのを、孫権もよく分かっていた。
「シキよ、ご苦労であった」
「恐縮です」
軟禁状態から解放された僕は今、孫権の幕舎に一人で呼ばれ、一対一で面会を行っていた。
近くで見れば見る程、孫権がまだ若いことを思い知らされる。
この年で、父親以上に年の離れた群雄と、渡り合っていかなければならない。豪族をまとめなければならない。
一体その重圧とは、如何程のものなのだろうか。
「皖城の陥落、あれはお前の思い通りか?」
「いえ、私は説得を行い、失敗しました。落城は孫権様の軍略によるもので、敵が根を上げたのだと思っております」
「わざと失敗させた。どうせ李術は処刑されるから、その他の者達が反旗を下ろしやすいように。違うか?」
「私に左様な才はありません。考えすぎに御座います」
「ふん、まぁ良い。結果として城は落ちた。これで、この孫権の後継に文句を言うヤツは消えた」
「おめでとうございます」
とにかく、低く低く。目立つな、睨まれるな、上を見るな。
交州は豊かだが、弱い。戦の経験も全く無い。
少しでも目立てば、潰される。
「さて、シキよ。今日呼んだのは、お前の用件を聞くためだ。何用でこの江東に来た。通商か、同盟か、従属か、それとも、宣戦布告か」
「南蛮は益州の影響下の為、あくまで簡易的な同盟を。そして交州は、孫家に従属を願いたく参りました。士家による自治、それを保証して下さるのであれば」
「認めない、と言えば」
「軍拡を図り、独力で対抗する他ありません。野心を持たず、ひたすら交州を守ります」
「そうか」
孫権は一つ頷くと、スッと手を上げた。
突如、幕舎の外から現れる兵士達。
僕の体はたちどころに押さえられ、槍先をずらりと突き付けられる。
「こ、これはどういうことですか?」
「こちらとしても交州との結びつきは望むところであった。しかし、交渉には信頼が必要だな」
「私に、信用がないと?」
「そうだ。お前は大きな嘘を吐いている」
連れていけ。
その一言で、乱暴に幕舎から引きずり出されてしまった。
☆
夜風が吹き付ける檻の中。
軟禁が解かれた次は、監禁か。
どうにも上手くいかない日々だ。
(シキ様、そのまま顔を上に向けたまま、お聞きください)
魯陰の声だった。
檻の外は兵士が並んでいる。僕は言われた通り、夜空を見上げた。
(まず、従者は皆、無事です。軟禁状態にはありますが、特に乱暴に扱われてはおりません)
それは良かった。何よりの気がかりはそこであった。
(現在、雍闓様がこの処遇に異議を唱えておられますが、孫家に応じる気配はありません)
(孫権は「嘘を吐いている」と言っていた。心当たりはあるか?)
(意図は分かりかねますが、こちらの隠していることとすれば)
(……親父の居場所がバレたか)
(まず間違いないでしょう。聞けば、まだ許都には着いておらぬようですが、道中あちこちで遊んでいると。それが耳に入ったのやも)
(何やってんだよ、親父)
ただ、こうやってあちこちを見て回り、直接、どのような統治が行き届いているか、親父は遊びながらそれを探る人だ。
シキョウ従兄上も同様、遊ぶことで大いに人脈を広げている面もある。
つまり、これがあの人たちの長所でもあるのだ。
ただ、何もこんな時に、と思わないでもない。
(もし何かあれば、私が身を捨ててシキ様を逃がします。雍闓様と共に、交州へお戻りください)
(大丈夫だ、何もするな。孫権の狙いは交渉を優位に進めることで、これはその為の策に過ぎない。殺せば戦になる、そんな愚を犯す器ではない)
(しかし……)
(むしろ孫権のそばにいる方が安全なくらいだよ。それより魯陰さんは、例の贈り物を持って、先に呉郡へ行ってほしい)
(……承知しました。決して、危険なことをなさらないで下さい)
ふっと、気配が消えた気がした。
あぁ、肌寒い。くしゃみを一つかまして、鼻をすする。
大丈夫だとは言ったものの、確信はない。
孫権は別に、交州を武力行使で奪える立場にもある。
史実で言えば孫権はこれから、父の仇である江夏の「黄祖」を討つ準備に入る。
まさか父の仇を前に、交州と事を構えるまい、と思っていると足元をすくわれるだろう。
(孫権が何を欲しがっているのか……焦点はそこだな)
排気ガスも何もないこの世界の夜空は、とても綺麗に見えた。
親父と従兄が、遊び歩いていることがバレちゃうの巻き。
前回、荀彧相手にカッコよかった親父の詰めの甘さが、ここで露呈してしまうという。
そりゃあ士壱さんも苦労するわな。
次回は、いよいよ孫権との決着。
あの名物おじいちゃんと、魯家のヤンキーの喧嘩も見れますよ!(ぇ
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それでは、また次回!




