表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境の流刑地で平和に暮らしたいだけなのに ~三国志の片隅で天下に金を投じる~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
二章 妖怪の二枚舌

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/102

23話 李術の乱 後編


 一体、どこで間違えたのか。

 常に頭の中はそればかりで、言いようのない怒りだけが体の中で煮え滾る。


 孫権なんぞ、まだ、子供も同然だろう。ろくに戦場を知らぬ赤子だ。

 江東の猛虎であった「孫堅」、小覇王とまで呼ばれた天才「孫策」。

 あの二人の姿を、俺は良く知っている。


 だからこそ、孫権が気に入らない。戦ではなく、姑息な手ばかりを使う、あのガキが。

 かつて、俺の血潮を滾らせてくれた先代達。

 あれこそ乱世に相応しき、業火であった。なのに、どうして。


 酒を煽るも、気は静まらない。


 あの小僧に江東が任せられるか。

 ならいっそ、俺がこの手で先代達の夢の続きを。

 俺こそが、アイツよりも。


「李術様、伝令です」


「あぁ、何だ」


 散々に物が乱れた一室に、従者の一人が入ってくる。

 酒の濃い臭いに、従者は僅かに眉をひそめた。


「もう、兵達に分配可能な食料が底を尽き、一週間が経過。このままでは、明日にでも兵同士が互いを食らう状況に」


「案ずるな、曹操からの援軍が来る。それまで持ちこたえろと、各部隊にはそう伝えよ」


「……限界が御座います」


合肥がっぴの城に『劉馥りゅうふく』が曹操から派遣されている。かの城は意気も盛んであると聞く。こちらが耐えれば、必ず、劉馥が動く」


「されど劉馥は、我らと同じく蜂起した、周囲の豪族や袁術残党を支援するわけでなく、懐柔して降伏させたとか。彼には、戦う意思は──」


「──劉馥は動く! 何度も言わせるな!!」


 李術の投げた杯は、従者の額に投げられ、砕ける。

 破片がその額に浅く傷をつけた。


「申し訳ございません」


「はぁ、はぁ……それで、孫権に動きは」


「軍は動いておりませんが、先日、援軍として千五百の兵が加わったそうです。将は、呂岱、魯粛」


「クソッ、城を囲んでおきながら、余裕の増援か。どこまでもいけすかねぇガキだ……」


「そしてもう一つご報告が」


「なんだ」


「おそらく、降伏を勧める目的であろう使者を、孫権が寄越してきました。その使者は、交州の領主、士燮シショウが三男、士徽シキ、と」


「今まで一切干渉してこなかったくせに、降伏勧告だぁ? しかも、交州の妖怪のガキだと? 何を考えてやがる……」





 孫権の「使者いびり」は、史実でも有名な話だ。

 ただ逆を言えば、この逆境を乗り越えた使者を、孫権は自分の臣下よりも寵愛する傾向にある。


 史実で言えば、「鄧芝とうし」が最も有名だろう。


 劉備亡き後の、蜀呉の外交を任せられた官僚で、孫権は晩年、この蜀の使者を大いに寵愛してる。

 何度も何度も呉に仕えないかと誘い、鄧芝が来るたびに盛大なもてなしをして、別れの際には大量の贈り物をするという。

 正直、やりすぎなほどの愛情表現だ。


 ただ、この鄧芝が果たした役割はとてつもなく大きい。

 というのも「夷陵の戦い」で最悪の関係になっていた二国間の同盟を復活させたのは、この鄧芝による働きであった。


 孫権は使者として訪れた鄧芝を、武装兵と、煮えた油で脅し、挙句に話もあまり聞こうとはしなかった。

 そこで鄧芝は堂々と利害を説きながら、油の中に身を投げようとして、文字通り、命を懸けて説得をしたのだ。

 この行動に孫権は大きく心を動かされ、それ以来、鄧芝のとりこになっている。



「さすがに、そこまでにはなりたくはないけど、失敗したら言いがかりも付けられ放題。困ったなぁ……」


 孫権から付けられた複数人の従者、兼、監視役を引き連れ、僕は門の前に立つ。

 今にも吐き出してしまいそうなほどの戦場の臭い。

 幸い、最近に攻防が起こっていないのか、死体の姿はない。


 でも城内にあったらどうしよう。すぐ倒れてしまうんだが?


 重く大きな扉が僅かに開かれ、僕は「皖城」へと足を踏み入れた。



 城の中は非常に綺麗に整えられており、兵の士気も盛ん、鎧や武器も潤沢。

 まだ、これほどの余力があるのか。

 僕の後ろに従う者達は、口々にそう囁いては、驚きを隠せていなかった。


(用兵の基本は、敵に見せたくないものを見せ、見られたくないものを隠す。つまり、李術は相当追い詰められてる)


 本当にまだ余力があれば、油断を誘う為、弱兵を並べる。

 まぁ、別にこいつらにそれを言う必要もないが。


「孫権が使者、シキと申します」


「使者殿、私が李術だ」


 赤く充血した目、剛直そうな顔。

 これが、李術。


 さて、どう説得したものか。



「使者殿は私に、降伏を勧めに来たのであろう。されど、聞けぬ願いだ。お引き取り願おう」


「勝ち目があると?」


「……何が言いたい」


「私の役目は、これ以上の戦が果たして何になろうかと、それを説きに来たのです」


「ならばそちらが兵を引け。我らは四方を囲まれ、殺されようとしている最中。そこで矛を収めよとは、あまりに勝手な話だ」


「そうです。その通り。矛を収めるべきは、孫権様にあり。そして孫権様はそれを承知であられる。されど先に反旗を翻したのは李術様、それもまた事実」


「だから、戦いは終わらぬ」


「いいえ、終わります。その上げた反旗を下ろせばいいのです。それなら孫権様も戦う理由はなくなります。傷つき、殺し合い、飢えるのは終わりにしましょう。互いに同郷の、江東の民ではないですか」


「綺麗ごとばかりを並べおって! 反逆者は殺す、それが戦の常識だ! それに孫権が何だ! あの小僧如きに、この城が落とせるわけがあるまい!!」



「孫子曰く、敵を殺すものは怒なり、敵の貨を取るものは利なり。敵を殺せば怒りが満たされるのみ、殺さずに貨を取れば利益となる、といいます。孫家は、この孫子の末裔。きっと、孫権様は皆さまを生かします。ここまで城を守り抜くだけの力、まさしく江東に必要な力ではないですか!」



「えぇい! 黙れ! 誰か、こいつらをつまみ出せ!!」





 降伏の務めに失敗し、現在、シキは小さな幕舎で軟禁の状態であった。

 もともと、無理難題な話だったのだ。

 流石に大きな処罰は免れたものの、大きな失敗をした、という事実は変わらない。



 降伏勧告で、相手を理詰めにしてどうする。

 逃げ場を失った李術が、意固地になって抵抗するのは目に見えてるではないか。


 孫権はそう怒りながらも、内心は、士家の人間もこの程度かと、鼻で笑っていた。

 これが、あの妖怪の隠し玉だとするなら、交州も容易く手に入るだろう。



「孫権様っ!!」


「伝令か、どうした」


「皖城が開き、場内の者が降伏を願い出ております。代償として、李術の首を差し出す、と」


「なんだと!?」



 シキが追い出されてから、三日後の出来事であった。




なんとか役目は果たせた(?)シキ様。

とはいえまだまだ、孫権の試練は続きます(ぇ


次回は、再びパッパ視点。

「妖怪」と「王佐の才」の探り合いです(笑)



面白いと思って頂けましたら、ぜひぜひ、ブクマ・評価・コメントをお願いします!


それではまた次回。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ