20話 孫家の兵
更新遅れて申し訳ないです(;´Д`)
翌朝、早くに目が覚めて外の景色を見てみると、驚きで思わず言葉を飲んだ。
朝の霧に隠れた、大勢の影。
「魯陰!」
「はい」
するりと扉を開けて、入ってくる魯陰。
その表情を見るに、魯陰も現状をつかみ切れていないようであった。
「我らの宿を囲む、この兵は何だ」
「現在調べさせておりますが、その兵装を見るに、おそらく孫家の兵かと」
「雍闓殿は」
「酔って、まだ寝ておられます。一つ上の階です。起こされますか?」
「……いや、そのままでいい。起きても、全て僕が対処すると伝えてくれ。従者もみな、今にも寝起きといった格好をさせよ」
「承知しました」
「あ、あと、雷華を呼んでくれ。静かにな」
首を傾げながら、魯陰は部屋を出る。
僕はそれを見届けた後、慌てて正装に着替えた。
☆
「いい加減にしろよ、貴様。好き放題に動きおって」
「だからって、縛り付けるこたぁねぇだろ! 我が君に言いつけてやるぞ!」
「おぅ、やってみろ。殿は明晰であられる。罰せられるのはお前の方だ」
「うぐぎぎ」
縛られているのは、昨晩、この村の村長として雍闓とシキに酒を振舞っていた「菅毅」である。
菅毅。彼は、本当の名を「魯粛」と言い、今、最も孫権から厚い信頼を受けている男であった。
そして彼の横で、茶褐色の鎧に身を包み、剣を腰に下げている将は、名を「呂岱」という。
歳はこの魯粛よりも一回り上。
体格でこそ劣っているが、体中に残る戦傷が、彼の半生を華々しく物語っていた。
まさに、叩き上げで上り詰めた軍人であり、内政においても非凡な視野を持つ、万能の将。
宿を取り囲んでいるのは、呂岱の兵である。
誰一人として声も、足音も立てることなく整列し、異様な武威を放っていた。
「それで、魯粛、どうであった。雍闓と、士家の三男坊主は」
「雍闓は、あれは人柄の男だな。民に好かれ、民を愛する領主だ。大器ではあるが、乱世においては脆い」
「まぁ、噂通りというわけか」
「あとはガキの方だが、うーん……よく分からん」
「どういうことだ?」
「間違いなく俺の正体には気づいていた。才気はある。だが、分からん。趙括か、章邯か、だな」
趙括とは、春秋戦国に存在していた将である。
若くして才能にあふれ、名将と呼ばれた父にも、戦の論弁で負けたことはない逸材であった。
しかし、いざ実戦に出ると、城から飛び出して敵の罠にはまり、あっという間に戦死してしまった。
自らの才能におぼれ、実の伴わなかった例として挙げられる将の一人だ。
そして、章邯。
彼は滅亡寸前の「秦」を支え、あの項羽、劉邦を苦しめた名将である。
当時、朝廷を牛耳っていた佞臣から身を守る為に爪を隠し、いざ兵権を握ると大きく飛躍した。
魯粛はこの二人を例に挙げ、シキがどちらの器であるか、と勘繰っていた。
「ん?」
呂岱が目を凝らすと、こちらに駆け寄ってくる少年が一人。
遠目でも分かるほどに、ハッとする美貌であった。
服装は今にも起きたばかりといった具合に、あちこちがよれている。
近くの兵に命じて、少年を丁重に迎えた。
「自分は、士徽様の従者である雷華と申します。あの、この兵は何を目的とした兵なのかを、お聞かせ願いたく」
「あぁ、いや申し訳ない。拙者、孫権様に仕える呂岱と申す。驚かせてしまい申し訳ない。仲介者として、御使者を丁重にお迎えするべく参った次第。しかし何分、早く着いてしまいましてな、こうして待機をさせていたのだ」
「これは、そうでしたか。主人は、客人であれば招きたいと言ってましたので、どうぞ」
「では、伺おう。挨拶もまだであった」
呂岱は、魯粛をズルズルと引っ張りながら宿の客間へと入っていく。
宿で出迎える従者もみな、どこか服や髪が乱れ、慌てて準備したのだろうと思えた。
☆
客間に入ってきたのは、昨晩の村長と、いかつい軍人が一人。
村長はやはり予想通り「魯粛」であり、軍人の方は「呂岱」と名乗る。
てか、魯粛さん、なんでそんな縛られてんの?
「いやはや、事前に連絡を入れるのが筋でしたが、この馬鹿のせいで予定に齟齬が生じまして。急な訪問、および武装での面会、大変申し訳ない」
「昨日ぶりだなシキ殿! それで、雍闓殿は?」
「あ、いや、酔いがまだ冷めていないらしく、非礼をお詫びします」
それを聞くと、二人とも豪快に笑う。
僕もそれに合わせて、苦く微笑む。
「しかしシキ殿、俺が魯粛だと名を明かしても驚かれなかったな。やはり分かっていたか。どこで気づいた?」
「村人らしからぬ威風堂々たる気迫、雍闓殿にも臆せぬ胆力。魯粛様であるとは意外でしたが、並々ならぬ御方であろうとは思いました」
「まだお若いのにしっかりしておられる。それに口まで上手いときた!」
「滅相もありません。ただ、父の代わりに役目を果たさんと思うばかりです」
まぁ、言ってはみたものの、本当はばっちり分かってはいた。
というのも昨晩、魯粛はハッキリと「呉郡に孫権は居ない」と明言した。
軍の統括者、ましてや江東の主である孫権の居場所がどうしてはっきりと分かるのか。
こちらも知りえない情報を、現地人に過ぎない村人が知るはずもない。
孫権の身は、いわば江東の命。戦後ならまだしも、李術の討伐の真っただ中である。
そんな重要な情報は、孫権に近しい臣下のみが知りえるものだ。
単身で乗り込んできて、孫権に近しい身分の「狂人」といえば、魯粛以外にない。
「わざわざお出迎えまでしていただき、恐悦至極。ささやかですが、こちらを御二方にお納めしていただきたく」
僕が手を叩くと、奥から財宝や珍品を携えた従者がぞろりと並ぶ。
これらは親父から持たされた、孫家への贈り物の品々である。
どれも普通では手に入らない逸品揃い。思わず二人とも息を飲み、目を剥いた。
「あ、いや、受け取る訳にはいきません。我らは孫家の臣下故に、君命を果たすのみで御座る」
「え、受け取らねーの!? いいじゃん! くれるって言ってんのに!?」
「えぇい、黙らんかお前は! みっともない! えっと、では、我らはこれにて。用意が済み次第、出発いたしましょう」
呂岱はごねる魯粛を引っ張り、そそくさと部屋を出て行った。
「……うーん、これで少しでも目が眩んでくれればいいんだけど、ね」
現在、バリバリに呉の歴史や人物を勉強中(笑)
そういうことで次回はだいぶ説明口調の回になります。
やったね!(白目)
それではまた次回もよろしくお願いします。
ではでは!
孫権様の登場も近い……




