18話 魯家の気違い
幾日も長き道を進み、呉郡へ進む。
これでまだ道半ばというのだから、つくづくインフラの重要さを実感するね。
確かに親父の言う通り、交州は天下から遠き土地。
ここから覇業を狙うという事は不可能に近い。そのおかげで平和を保ててるってことでもあるが。
「シキ様、今晩はあちらの村で一晩を明かすとのことです」
「分かった」
自作した「将棋」を雷華と打ち合いながら、返事をする。
てかコイツ弱いなぁ。飛車で突っ込むことしか出来ねぇのか?
そんなことをしながら、僕と雍闓さんを乗せた一行は、そこそこの広さである村の方へと進んだ。
村というよりは、町に近い規模だ。
農家だけではなく、ちらほらと商家や酒屋も立ち並んでいる。
「あー、腰が痛い。雷華は大丈夫か?」
「……グスン」
「そんな、ごめんて。別に虐めてたわけじゃないんやって。ほら、明日は手加減するから」
「そんなんで勝ったって嬉しくないやい! シキの鬼畜ー!」
雷華は半べそをかきながら宿屋へと駆け込んでいく。
呆れるように溜息を吐き、あとの事を魯陰に任せ、僕はそのまま雍闓さんのとこへと出向く。
「お疲れ様です、雍闓様」
「いやはや、長旅は老体には応えるわい。君の父上は、さぞや大変であろう」
「父は馬が苦手で、長距離の旅は牛車でゆるゆると進みます。そうやって、あちこちでその地の女性を追いかけ回しているので、まぁ気楽だとは思いますよ」
「長き仲ではあるが、たまにヤツが大物なのか、ただの馬鹿なのか分からなくなる」
たぶん、どっちも当てはまるタイプだと思います。
こうして僕と雍闓さんは、少数の従者を連れて、宿を提供してくれた村長を訪ねる。
小さなあばら家には、ささやかながらも宴席が設けられていた。
そして、村長であろう人は意外にも若く、まだ三十にもなってないくらいの歳に見えた。
まるで武人の様に体が大きく、既に酒が回っているのか頬や鼻先は赤い。
「いやはや、お待ちしておりました。雍闓殿や士家の名声は江東にも広く轟いており、こうしてお迎えできるのは我が家の誉れです!」
「滅相もありません。私も、盟友の士燮も、苦労の日々であり漢室の恩恵を受けているに過ぎません」
「これはこれは、ご謙遜を! ささ、どうぞ、ささやかながら宴をご用意しましたので、お楽しみくださいませ!」
この機嫌のいい村長は、自らを「菅毅」と名乗った。
管仲と楽毅を合わせたような、なんとも仰々しい名前だが、そういう事もあるのだろうか。
それにしても菅毅さん、飲み過ぎじゃない?
もう足取りが怪しい感じで、僕も雍闓さんもそれをハラハラとしながら見守る。
「あの、菅毅さん。申し訳ないのですが、私はお酒はあまり。まだ子供の身であるので」
「ほう、シキ殿は酒を飲まれないのか。私はもう、赤子の頃から乳より酒を飲んで育ったもので、あっはっは!」
自分で言ったことに、腹がよじれる程に笑ってる。
たまにいるよね、こういう厄介な親戚の叔父さん。お年玉貰う為に、愛想笑いだけしとこ、みたいな。
「それで菅毅殿よ、我らは孫権様へのお目通りを願う為に呉郡へ向かっているのだが、あとどれほどかかるであろう」
「左様ですなぁ。道のりとしてはそれほど険しくはありませんが、山越族がどこから出てくるか分かりませんので、それを考慮するとまだまだかかりますなぁ」
「うーん。せめて孫権様が、出迎えの軍を派遣してくれれば早いのだが、そのような話は無かったからなぁ」
「そういえば、孫権様にお会いになるのでしたな? でしたら、何故『呉郡』へ?」
「孫家の根拠地と聞いております故に、ですが」
菅毅は首を傾げて、うむむと唸る。
「孫権様は、現在、軍を率いておられるので呉郡を離れておりますぞ。だからこそ、出迎えを行うこともままならないのかと」
「なんと、左様でしたか。それは困ったな。して、何故軍を?」
「盧江郡太守の『李術』の討伐です。これが長引いておられる様でしてなぁ」
なるほど。
孫権が孫策から地位を譲り受けた際に起きた、大きな事件は二つある。
一つは、最たる重臣であり、叔父でもあった「孫輔」が曹操と内通をしていた事件。
そしてもう一つが、盧江郡を治める「李術」が周辺の豪族も巻き込んでの反乱を起こした事件だ。
李術は孫策によって取り立てられた者であり、やはり孫権の器量を不安視し、曹操の側へ寝返ろうとした。
孫権はいち早く先手を打って、曹操と李術の関係を断ち、孤立したところを攻め落とした。
ただこの李術も相当粘っており、城内の者が餓死するまで抵抗を続けたとか。
「そういえば士家の一族は、皆さま秀でた才をお持ちと聞く。不躾ではありますが、この李術の反乱、孫権様は如何にして鎮圧なさるのか、どうお考えですかな?」
「私が、ですか? 申し訳ありませんが、戦は経験したことが無く、私は血を見ただけで気を失う始末。とても論評など」
「酒の席の話です! 真面目に考えなさるな!」
「孫家は戦で名を挙げました。とても私の及ぶところではありません。申し上げるとすれば、降伏を促した方が早く済み、兵の損失も抑えられます」
「……なるほどなるほど。至極最もですな!」
☆
「しかし、よく飲む村長であった」
顔を火照らせ、雍闓さんは夜道を歩く。
僕も別に飲んでないけど、空気だけで酔ってしまいそうだった。
「雍闓殿。これより先は、言動や振る舞いに気を付けた方が良いかと」
「……どうしたのだ?」
「お気づきになりませんでしたか? 菅毅はただの村長ではありません。顔つきも、体格も、言動も、常人にあらず」
酒にだらしない様子を見せて、こちらを欺こうとしていたようにも思う。
しかし、いくら人が良いとはいえ、重厚な雰囲気を持つ雍闓さんに全く臆していないのは、普通の農民ではありえない。
「では、あれは誰だというのだ」
「恐らく、魯粛」
「なんと」
一気に、火照った顔が青ざめていく。
僕も、今更になって、手が震えていたことに気づいた。
次回は、視点がちょっと移って「お父さん」サイドのお話。
シショウとシキョウ。
彼らを出迎えるのは、まさかの「王佐の才」を持つ名臣。
どうぞ、よしなに(笑)
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