17話 悪い予感
「付き添いいただき、本当にありがとうございます」
「いやいや、孫権と誼を結んでおきたいと、君の父上に相談を持ち掛けたのは私なのだ。むしろ、こっちが助かっている」
老人にしては恰幅の良いガタイを揺らしながら、雍闓は機嫌良さげに笑う。
こんなに穏やかで優しそうな顔をして、南蛮という癖の強い土地を実質的に統括しているのだと言うんだからなぁ。
「そう言えば、雍闓様は、留守はどうされているのですか?」
「南蛮の部族達を良く治める口達者な現地人を最近雇用してな、これが中々に優秀な奴で。そいつに後は任せている」
「独立自尊の気が強い部族をまとめるとは」
「名を、孟獲と言う。まぁ、部族がそれぞれ自立してるからな。難しい事をする必要はない」
簡単に言ってくれるよ。
異民族の統治が、どれほど難しいことか。
それぞれの部族の主義主張を取りまとめ、円滑に治める。
これは如何に優秀な人間でも出来る話ではなく、完全に統治者の人柄に拠る。
だからこそ、難しい。正解がないのと同じだからだ。
史実では、諸葛亮が南蛮討伐を行い、反乱を起こした雍闓を討って乱を治めた。
しかし、雍闓が除かれてもすぐに南蛮は反乱を繰り返したのだ。
演義では、孟獲を七度討伐して南蛮を治めたと書いてあるが、史実だと大きく異なる。
諸葛亮が出ていくと、すぐに反乱の絶えない土地になってしまったのだ。
それもそうだろう。今まで統括していた雍闓を討ったのだから、今まで以上に乱れるのは必至だ。
南蛮が落ち着くのは、馬忠、張嶷という異民族統治のプロが赴任してから数年を待たないといけない。
「雍闓様はこれより、孫権に従うおつもりで?」
「いや、南蛮はどこにも従わないし、結ばない。結ぶとすれば、交州のみさ。ウチは独立の気が強すぎるからな、そもそも臣従に向かない。しかし、敵対するつもりもない」
「目的は私達と同じという事ですか」
「曹操と孫権を同時に相手取る程、大胆ではないがな。とりあえず近しい、江東の孫権、益州の劉璋、こことは誼を結んでおきたい」
☆
「うん、これで荷物は良いかな。魯陰、雷華、先に馬車に乗り込んでいてくれ」
「かしこまりました」
「あーいよっ」
僕はそのまま見送りに来てる面々と挨拶を交わす。
士一族の繋がりだからか、見送りの人間はやけに多い。
うーん、こういうのは下手に断れないから面倒なんだよなぁ。
「あぁ、坊ちゃん。お気をつけて下さいな」
「丁さん。今生の別れじゃないんだし、そんなに泣かないでよ」
あの店の面々も見送りに来てくれていて、とくに丁さんはズビッズビに泣いている始末。
流石に康さんも蓮さんも呆れてる様だ。
「いやぁ、アタシにゃ孫が居らんでなぁ、無性に悲しくなるんだわぃ。どうか、ご病気もせず、お元気に」
「分かった分かった」
「それに、先日、坊ちゃんの前途を占ってみたんだ。するとあんまり良くない先ぶれが見えてなぁ、不安で不安でたまらんのじゃ」
「ハハッ、だったら安心だ。丁さんの占いはあんまり当たらない事で有名だから」
「そ、そんなぁ」
「じゃあ、蓮さん。店の事は全て任せたよ。困ったことがあったら、常連の趙さんに相談してほしい」
「はい、お任せください。何か情報を得ましたら、すぐにお伝えいたします」
「助かるよ」
こうして挨拶を一通り終え、馬車に乗り込む。
向かう先は、孫家の根拠地である「呉郡」だ。
この当時はまだ、首都は「建業」ではない。(現在の南京)
孫権が建業を首都に据えるのは、曹操との対立を明確にさせる212年のことである。
「しかし、建業から呉郡は遠いなぁ。まぁ、親父はもっと遠いんだけど」
「交州は南端の土地であり、天下の中心は北方です。仕方ありませんね」
付き添いは、いつものように魯陰と雷華。ちなみに雷華は退屈だったのか、もう横になって寝ている始末。
別に雷華まで付いてこなくても良かったんだが、やっぱりまた駄々をこねたらしい。
商家の親父さんはほとほと困り果てて、僕に雷華を預けに来たくらいだ。
都会に憧れるお年頃なのかな?
「そういや、相手方の誰に仲介を頼んだんだ? 交州と孫権の関係は悪いのに、よく了承が得られたな」
「雍闓様や、御屋形様から聞いておられないのですか?」
「え、あ、うん。色々忙しくて」
「仲介を申し出て頂いたのは、シキョウ様と面識のある『呂岱』将軍、そして、周瑜将軍の食客であられる『魯粛』殿です」
「マジかよ……いきなりの大物揃いじゃねぇか」
呂岱は、最も長い間、戦場に身を置いた歴戦の将軍であり、史実では、直接僕と戦う事となった人物である。
士燮の死後、この将軍が兵を進め、士徽は抵抗。その後、士一族は皆、処刑されてしまう。
運命の敵ともいえる相手だろう。
そして、なによりもこの「魯粛」だ。
孫権に最も寵愛された臣は、この男だといっても過言ではない。
まだ天下の名士が「漢室の復興」を心に置いていた頃、声を大にして「漢室は終わりだ」と叫んだ狂人である。
ただ、この先を見通す力はあまりに明晰であり、孫権も呉の帝位についたとき、こう言っている。
魯粛はこうなることを、既に分かっていたのだ、と。
まさに呉を代表する大物の一人。
周瑜が現在唱えている「天下二分の計」も、発端はこの男にある。
「気を抜けないな、これは」
嫌な汗が、背中に滲むのを感じた。
交州という題材上、どうしても「呉」関係の話が多くなりますね。
自分が今まで、蜀や魏に知識が偏っていたなぁと、ひしひしと感じる日々です(笑)
ちなみに呉で好きな人物は「虞翻」ですね。
交州とも縁深き人なので、中々楽しみです(笑)
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ではでは、また次回。




