13話 リーダーの資質
「いやぁ、坊ちゃん。悪いね、相談に乗って貰って」
「いえいえ、いつも贔屓にさせてもらってますし、なにより趙さんの持つ情報は僕にとって有益だ」
「ほんま、変わっとりますなぁ」
招かれているのは、店の常連さんでもあり、貿易において大きな利益を上げている豪商の「趙さん」の屋敷。
齢七十にしてもその商才は衰えを知らず、交州においても政治にいくらか口を挟める程度にまで力を持っていた。
ただ、そろそろ現役を引退しようと考えているらしく、家督を息子に譲りたいが、そのことについて悩んでいるらしい。
そこで何故か、僕がその相談相手になったというわけだ。
まぁ、趙さん程の大商人だ。天下の情勢についての情報を多く握っている。
僕としてもそれを聞かせてもらえるなら、いくらでも頼み事を受けようと思ってます。
「そういえば、坊ちゃん。ちょっと小耳に挟んだ話なんだが、蓮さんってのは、アレかい? 何か、アレなのかい?」
「いやぁ、まぁ、あんまり変な事はしない方が良い人、かもしれないっすね。ウチで変な事すればまず出禁なので、そんなに気にする事でもないかもしれないですが」
「あんまりやんちゃな奴は、紹介できないってことさねぇ」
蓮さんは、山越族の中の、とある少数部族の女頭領だという事が後に判明した。
元々は旦那さんが頭領であり、そこそこの勢力を持ってたらしいが、旦那さんが不慮の事故で死亡。
その後は蓮さんが引き継いだのだが、勢力は衰え、縄張りにあった鉱山も奪われてしまったらしい。
そうやって生活にも困窮していたところ、秘密裏に蓮さんは街へ出稼ぎに来て仲間を養い、そこを僕らが拾ったという事らしい。
あの青年たちも、蓮さんが不当に働かされていると勘違いして乗り込んできたとか。
ボコボコの顔で後日頭を下げに来た時に、そんな一連の流れを初めて知ったんだよね。
現在、働ける若い者は、守備兵や私兵として雇えるかもなと思って、とりあえずそっちの話も進めている最中です。
経理が出来る様な者が居れば、その人に僕と魯陰で業務を教え、店長の職を任せても良いかもしれない。
「そんな人材を見つけ出せる辺り、坊ちゃんは才気があり、人に恵まれておる。安心して相談が頼めるってもんよ」
「口が上手いですね。さすがは、大商人だ」
「へへっ、それを言われちゃやりにくいなぁ」
「それで今日は、どんな話でしょうか」
「あぁ、そうだった。いやぁ、前々から話していた後継者の件なんだ。そろそろな、俺も引退しないとと考えていたんだが、それに伴ってウチの二人の息子達のどちらに経営を委ねようかと。このままじゃ家が二つに割れてしまいそうでな」
「武家であれば長子が継ぐことが正道ですが」
「あぁ、商家も一応そうだが、直接的に利害を扱っているからこそ『実力』を厳しく評価される。そして、成果を上げているのは次男の方なのだ」
いつの時代も、どの業界でも、トップ云々の話は大変なんだなぁ。
「──勝兵は先ず勝ちて戦いを求め、敗兵は先ず戦いて後に勝を求む」
「へ? どうしたんすかい、坊ちゃん」
「孫子の兵法の一文です。勝利を掴む兵というのは先に勝算をもって戦い、敗北する兵というのは戦ってから勝算を探し始める、という意味ですね」
「それに、どういう関係が? 別に戦をするわけじゃないんだが」
「シシ兄上は、戦も商いも同じだと言っていました。ならばこの理も役に立つはずです。息子さん二人の内、自分が統括者となった場合、どのような戦略を持つかというのを明確にさせておくのです。どちらの方が勝算が高いか、趙さんがそれを判断、修正し、後継を定めるのが良いでしょう。そうすれば、長男に家督を継がせる名目も、立てることが出来ます」
「……ほう、なるほどな。いやぁ、心の内まで読まれていたか。やっぱり長男に継がせたいんだが、それの算段がどうしても浮かばなんだ」
「いくら実務で結果を出しているとはいえ、実務者の能力と、統括者の能力は適性が異なりますからね。現時点でどちらが優れているかは判断できませんよ。結果、長男が優れていればそのまま引き継がせ、次男が優れていれば実権のみを次男に預け、二人とも優れていれば商売を分けても良いかと」
「まだまだ、気軽に引退できないなぁ」
「いえいえ、人間は順応する生き物です。そんなに悲観する事はありません。ただ、業務を引き継いでからも、経営に口を挟むのだけは避けた方が良いでしょう。現場の事を一番知っているのは、現場の人間ですから。上の人間がどうこう言ってしまうのは悪手だと、孫子も記しています」
現場を知らない役員が、下部の実務者に色々、無理な注文を付けて現場が混乱するなんて、よく聞く話だからね。
もともと僕、SEだったからよく分かるんだよコレが。ほんとに。
それに戦でもこれは同じで、現場の将軍の指揮に、本国の君主や重臣が口を挟んで大敗したなんて事例もよくある事だ。
「いやぁ、助かったよ。なんだかすっきりした気分だ」
「お役に立てて嬉しいです。では、趙さん。耳寄りな天下の情勢の情報について、何かあれば、是非」
「やけに目を輝かせてるなぁ……ははっ、面白い人だよ。良いだろう、ここだけの話だ」
趙さんは声のトーンを落とし、ちょいちょいと手招きをする。
耳を貸せ、ということか。
僕はそのまま体を前へずずいっと乗り出す。
「今、許都では、武具や兵糧の値が高騰しつつある。倉亭の戦いの後は安定していたが、上向き始め、もっと上がると見て良い」
「つまり、曹操はまた戦の準備を」
「そういうことさな。ただ、どこに攻め込むか、だ。涼州か荊州か、それともやっぱり冀州か。しかし、袁紹は病を回復させ、冀州で起こる反乱を片付け始めている。んで、ここからが本題だ」
ここまでの話は、普通の商人なら掴んでいる範囲内だ。
だが、次は違う。趙さんは笑う。
「──袁紹は回復したように見せているが、もう、命は長くない。弟の袁術と同じだ。近頃はよく、血を吐いてるそうな」
袁紹の命脈を、曹操は虎視眈々と見定めている。
もう、袁家に未来はないな。
趙さんはそう言って、怪しげに微笑んだ。
吐血でいつもスリキン(Three Kingdoms)を思い出す。
スリキンでは、吐血が死亡を表す描写になってますよね。
曹操くらいだったかな? 血を吐いて死ななかったのは。
さて、ついに袁紹という巨木が倒れようとしていますね。
曹操がこのまま一気に天下を飲み込むのか、それとも。
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