10話 開店とお客様
「いやぁ、それにしてもお前から呼んどいて、お前がこの酒の席に参加しないなんてよぉ」
「従兄上、そう言わないで下さい。親父から急な呼び出しがあったのです。私抜きでお楽しみください、後悔はさせませんので」
「勿論、精一杯楽しむつもりだ。楽しまなければ、わざわざ若殿を呼んだ意味が無いからな」
「おいおい、若殿はよしてくれ。私はまだまだ父上には大きく至らぬのだから」
「そういうのを忘れる為の息抜きとして誘ったってのに、こいつは、まったく」
今日、最初の客として招いていたのは従兄のシキョウだった。
彼の遊び人としての人脈や、サービスを見る目は一流だ。
つまり、この従兄に認められないと、一流店としてはやっていけないということ。
本当の最終試練にして、最初の壁。
僕が不在の状態で、彼女達には頑張ってもらうしかない。
そして、そんな従兄に連れられて、この地に訪れていたのは、長男であるシキン兄上であった。
南海郡で、主に交州の豪族らを取りまとめる立場であり、親父に次ぐ実権を持つのがシキン兄上である。
まぁ、何というか、苦労人だ。
あの親父の跡取りってんだからその重圧は凄いだろうし、気の強い豪族達を、二十代前半でまとめなければならない。
そのストレスのせいか胃痛持ちでもある。
後はアレだ。良くも悪くも親父は型にはまらない人だから、その補佐役ってのはどうしたって苦労する。
その尻ぬぐい役が、シキン兄上と、シイツ叔父上っていうね。
ちなみにこの二人、同い年であり、極めて仲の良い二人である。
「ほぅ、やけに入り組んだ道の先にあるんだな。それに外見も古びてるし、こりゃ一見しただけじゃ分かんねぇな」
「おいおい、シキ。本当に商売をする気はあるのか?」
「ここは会員制にして、入店も許可制にするつもりです。もし気に入っていただければ、友人にご紹介ください。お二人のご紹介であれば、入店を問題なく許可させていただきます」
「ははーん、なるほど。お前のやりたいことが分かった。だが、俺の目に適わなければ、逆に悪評を広めるからな?」
「どうぞ。その場合は問題点を修正し、再度、審査ください。僕の商売の基本は『信頼』の上に成り立ちます」
「金じゃなく信頼を稼ぐ、信頼を稼ぐ為なら損にも目を瞑る、それがお前の商いか。なるほどなるほど。面白いね」
二人はそのまま御車を降り、店に入っていく。
僕はそれを見届けて、叔父上の屋敷まで急ぐことにした。
☆
「これは、すげぇ」
「自然と背筋が伸びてしまうな」
店に入ると、景色が一変した。
内は狭いはずなのに窮屈さはなく、なによりも明るかった。
床や壁が白を基調とした石や板で綺麗に整えられているからかもしれない。
それに、ふわりと鼻腔をくすぐる、魚介や香辛料の香りがなんとも心地良い。
「どうぞ、席へ」
柔らかく微笑む蓮が、二人を席に促し、椅子を引いた。
なされるがままに二人は席に着き、きょろきょろと店内を見渡す。
「ここは酒屋なのに、えっと、料理もされてるのですか?」
「はい。お酒に合う料理を提供してますよ。何か苦手な食事などはありますか?」
「俺は無いぜ」
「わ、私もありません」
「ふふっ、それは良かったです」
二人の前に差し出された杯。
シキョウには康が、シキンには蓮が酒を注ぐ。
まるで水の様に濁りが無く、綺麗に澄んだ酒。
それを一口で飲み干すと、鼻から抜ける香りが心地よく、思わず杯を重ねてしまう。
差し出される料理は、魚と貝を酒で蒸したもので、これもまた旨い。
酒と合う料理とはこういうものかと、思わず唸る逸品ばかりだった。
そして何より、彼女達が魅力的であった。
年増だからか変に緊張する事も無く会話も弾むし、特に最高齢である丁さんの話は、酒が進むほどに面白い。
康さんは、この店内をさらに明るくするようによく笑う。
蓮さんはシキンに付きっきりだったが、あれほどシキンが他人に心を許すのも珍しい。
「しっかし、女性だけの店だと、色々と危ないんじゃない? もしかしたら、丁さんも襲われちゃうかもよ?」
「この老いぼれを襲うヤツが居るなら、むしろ抱きしめてやるわい。それにな、少しやんちゃするようなヤツがおりゃあ、蓮がだまっとりゃせんぜ?」
「え、あの蓮さんがかい?」
「あれは強い女さ、アタシには分かる。男に生まれたらならば、天下に轟く豪傑の器さ。この目は誤魔化せん」
「丁さんの目をどこまで信用すれば良いのか」
そうやって笑う。
しかし、確かに蓮さんの出す雰囲気は並の人間ではない事はよくわかる。
よくもシキはこんな人材を見つけ出したものだと感心するほどだ。
「おい、シキン、そろそろ帰るぞ」
「え、あ、あぁ、そうか。じゃあ、蓮さん、必ずまた来るよ」
「ふふっ、お待ちしております」
遊び慣れていないのか、シキンはすっかり夢中だった。
欠点らしい欠点が無い秀才の弱点が、まさかこれだったとは、シキョウは呆れて息をつく。
蓮さんとお前では、親子くらいの年の差があるだろうに。
「じゃあ、代金を払おう」
「今日は坊ちゃん直々のご紹介だからな、安くしておくわい」
「ははっ、丁さん、それでも中々に高いな。普通の飯屋の十倍以上だ。まぁ良い。逆に言えば、これくらいをポンと出せる男じゃなきゃいけないってことね」
「ヒヒッ、こんな良い女を目に出来たんじゃから、もっと出してもええんじゃぞ?」
気分よく代金を払い、二人は店を後にした。
外はすっかり日も暮れている。
隣を歩くシキンの視線は、未だ宙をふわふわと漂っていた。
「若殿、あんまり入れ込むなよ? あそこの女人は誰一人として、手を出せない人達だ。絆されれば、辛いだけだぞ?」
「わ、分かってる。大丈夫だ」
「ホントかなぁ」
また近い内に、友人を連れてここに来よう。
シキョウはウキウキと弾む胸で、そう思った。
九州で三国志展が開かれているので、地元に帰るがてら、明日か明後日には行ってみようかなと思っています!
いやぁ、赤壁の「十万本の矢」を見るのが楽しみですね(*'ω'*)
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