最終章 ビキニ女子高生の秘密
それからすぐに梓は、用事があるからと帰って行った。残された一年生たちは、
「さて、せっかくだから、プールでひと泳ぎしていきますか」
碧衣が柔軟体操を始め、
「いいね、気温も全然下がらないしな。暑くてかなわない」
皆本も乗り気になって体を動かしだす。
「郁美も、どう? もう撮影とか関係ないし」
碧衣は郁美も誘ったが、
「ううん。私、プールサイドで見てる」
郁美が笑顔で首を横に振ると、「そっか」とすぐに諦めて、
「じゃあ、知亜子、一緒に入ろう」
「うん」知亜子はすぐに返事をしたが、「でも、ちょっと待ってて」
そう答えると、木陰で休んでいる宗と尚紀のもとに走った。
「何だよ、唐橋」
幹を背もたれにしてぐったりしている宗は、水着姿――もうボトムも重ね履きをしていない――の知亜子を見上げた。
「ねえ、安堂くん」知亜子は隣にしゃがみ込むと、「いつから私のことが怪しいって思ってた?」
自分のトリックを見破られたのが悔しかったのか、真剣な表情で顔を寄せた。
「んー」宗は汗を拭うと、「最初から、かな」
「また!」知亜子は眉根を寄せて、「そんなわけあるか! あんたがそんなはったりをかますなんて百年早いわよ! まだ駆け出しの名探偵のくせに!」
「誰が駆け出しだ! そもそも、俺は別に名探偵になったつもりはないぞ!」
「そんなのどうでもいいから! なんで? どうして私が怪しいって、最初から思ってたっていうの?」
「だって、いつもの唐橋だったら、こんな事件が起きたら真っ先に俺に何か言ってくるだろ、名探偵、この謎が解けるか? とか」
「あ」
「なのに、全然そんな素振りがない。これはおかしいって思うだろ」
「むむー……」
「そのあともだぞ。翠川さんが間島さんの水着が上下そろっていたことを証言したのを聞いたら、いつものお前だったら絶対に、水着盗難事件だ! 取材だ! って騒ぎ立てるだろ。それが、妙に静かにして。どうやったら事を穏便に済ませられるか、考えてたんだな」
そこまで聞くと知亜子は、はあ、とため息をついて、
「そう、安堂くんが推理したとおり、稲垣先輩が帰るまでの一時間ちょっとの間だけ、何とか粘れればなって思ってた」
「その意味では、唐橋の犯行は成立したと言えるな。間島さんを水着撮影に参加させないという目論見は達したんだから、心理的な意味では完全犯罪だ」
「誰が犯罪者だ」
「うっ」
知亜子は宗の胸に軽い突きを入れた。
「でも、まあ、さすがの名探偵も、犯人の動機までは完全に看破できなかったから、この勝負は引き分けだね」
「なに? 唐橋!」宗は、がばりと幹から背中を引き剥がして、「どういう意味だ?」
「んー? 言葉どおりの意味」
「お前が間島さんの水着を隠したのは、彼女を水着撮影に参加させなくするためじゃないのか?」
「それだけだと、半分正解にしかならないね」
「なにー?」
「おいおい、どういうことだよ」尚紀も興味津々で顔を寄せてきて、「名探偵まさかの敗北か?」
「敗北じゃないだろ!」
「名探偵はいいのか」
「それよりも」宗は知亜子に顔を向け直して、「説明してもらおうか、唐橋」
「なにそれ。犯人の自白で真相が暴かれるなんて、名探偵の名折れじゃない?」
知亜子は首を傾げて、くすくすと笑った。
「こいつ……半分正解って言ったな。間島さんが水着撮影に参加するのを阻止するというのは、外れてはいないわけだな?」
「そうね。でも、考えてみてよ、どうして私が郁美が水着撮影を嫌がってるって知ることが出来たっていうの?」
「それは……さっきの推理でも言ったけど、間島さんの発していた雰囲気とに感づいて……」
「バカじゃないの? エスパーでもないのに、郁美の心を読むなんて出来るわけないじゃない」
「そうじゃなかったのかよ!」
「ヒントはね……あれよ」
知亜子は視線をプールに向けた。そこでは、水しぶきを上げて泳ぐ碧衣と皆本を、楽しそうにプールサイドで見つめる郁美の姿があった。
「……あれがヒントって、どういうことだよ」
「見たまんまってこと」知亜子は宗の顔に向き直ると、「分かんない?」
「……分からん」
それを聞くと、知亜子は面白そうに笑みを浮かべて、
「最後のヒントだよ。郁美はどうして碧衣たちと一緒に泳がないの? 水着もあるし、もう撮影もなくなったのに」
「……水着になること自体が恥ずかしい?」
「どうして?」
「ど、どうしてって……そんなの個人の気持ち次第としか言えないだろ」
「それが答え?」
「あ、ああ……」
「じゃあ、私の勝ちだね。名探偵安堂宗、犯人唐橋知亜子に敗れる。これ、記事になるね」
「もったいぶってないで教えろよ!」
「ふふ。じゃあ、もう答えそのものを、これから言うからね」
宗と尚紀は、ひと言たりとも聞き逃すまいと、ぐっと前のめりになった。
「私ね、郁美が途中まで着替えるところを見てたんだ。正確には、服を脱いで下着になったところまで」
「うんうん」
「でね、そこで、郁美は『今日は水着にはなれない』って思ったのね、きっと。だから、モデルから下ろしてもらいたくて稲垣先輩に話をしに行った。まあ、結局郁美の性格じゃ、稲垣先輩がその場にいても言い出せなかった可能性が高いけどね」
「そこは俺の推理も合ってたってことだな。それで?」
「ん? もう答え言ったも同然じゃん」
「言ってないだろ!」
「泣きのエクストラヒント」知亜子は人差し指を立てて、「ひとつ目、郁美のビキニは、かなり際どい代物だった。きっと一緒に買いに行った碧衣に乗せられて買っちゃったんだろうね」
「ああ、確かにあれは……」
「想像した?」
「し、してないし!」
「本当かなぁ? で、エクストラヒント、二つ目」知亜子は中指も伸ばして右手をピースサインの形にすると、「郁美は忘れっぽい性格だった」
「それも知ってる。体操着を五回も忘れるなんて、異常だろ」
「その話をしたときに、碧衣は他に何か言ってなかったっけ?」
「他に……? ええと、憶えてるか? 尚紀」
「……確か」話を振られて尚紀は、「……髪を切り忘れて、貞子みたいになったことがあったとか、なんとか」
「ああ、そうだった」
「もう十分だね」
知亜子は立ち上がった。
「あ! 待て! それで終わり?」
「そ、終わり。なに? まだ分かんないの? ダメだね安堂くん、そんなんじゃ、お姉さんの足下にもまだまだ及ばないね」
「姉ちゃんは関係ないだろ!」
「そういえばさ、今日、例の極め台詞言わなかったね。『安堂理真の名にかけて』ってやつ」
「いつも言わないし!」
「さて、私も泳いでこようっと。あ、さっきは引き分けって言ったけど、実質私の勝ちでいいよね。あー、名探偵を負かしたあとのひと泳ぎは気持ちいいだろうなー」
「待て! 唐橋!」
宗の叫びを笑って受け流しながら、知亜子は陽光きらめくプールに向かって駆けていった。
お楽しみいただけたでしょうか。
今回のトリックは、アニメや漫画、イラストで使われる用語「履いてない」から思いついたものです。実行するとなると、かなりの綱渡りで、そう長時間騙しきれるものでもないため、一定時間だけ効果を得られればいい、という時限式トリックにしました。
今回、「レギュラーキャラクターが犯人」という変則的な話だったのですが、こういうこと(レギュラーが犯人でも、それ以降もシリーズに普通に登場させられる)を出来るのも「日常の謎」のいいところだなと思いました。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。