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第3章 ビキニ消失

「……あれ?」と、その間にも郁美(いくみ)の鞄を漁り続けていた稲垣(いながき)(あずさ)が、「……ない、ないぞ、その肝心のボトムがないぞ!」

「は、はい……」郁美は顔を赤くしたまま、「わ、私、ボトムだけを忘れてきてしまったみたいで……ビ、ビキニなんて買ったの初めてだったから……」


 少しだけ、はにかみにも似たような笑みを浮かべた。梓は鞄から引き抜いた両手を広げて天を仰ぐ。


「しかし」と皆本(みなもと)が頭を掻いて、「どうします、稲垣先輩、撮影可能なのは俺と翠川(みどりかわ)さんの二人だけになってしまいましたけれど」

「うーん……」


 自慢のデジタル一眼レフを抱えたまま、梓は首を傾げる、そこに、


「ちょっと待って!」


 声が響いた。翠川碧衣(あおい)のものだった。眉を釣り上げ、その表情はシリアスさを帯びている。


「ど、どうしたんだ、碧衣?」


 梓も項垂れていた顔を上げた。


「あのね……実は私、見たの」

「見たって、何を?」

「ここに到着したのは、私と郁美と皆本くんの三人が最初だったんだけど、そこでみんなを待ってるときにね、郁美が一度トイレに行ったの」


 ここで碧衣から視線を向けられた郁美は、黙ったまま頷いた。


「そのときにね、私、皆本くんの目を盗んでね、こっそりと郁美の鞄の中を確認したの」

「ええっ?」


 郁美は今度は声を上げた。ごめんね、と謝ってから碧衣は、


「さっきも稲垣先輩たちと話してたんだけど、郁美って忘れっぽいから、もしかしたら水着を忘れてくるなんてポカをやらかしてるんじゃないかと思って心配になったの。郁美は自分のそういうところ気にしてるから、本人に訊くのも悪いかなと思ってたら、ちょうど郁美がトイレに行ったからね、この隙にと」

「で、そのときには、郁美のビキニは上下ともにそろっていたと?」


 梓の言葉に碧衣は「そうです」と答えた。


「それじゃあ……どういうことなの?」

「答えはひとつしかありません」碧衣は腰に手を当てて、「郁美の水美は……盗まれたんです!」


 なんだってー? うそっ? と、その場にいた各人はそれぞれに頓狂な声を張り上げた。


「ぬ、盗まれたって……」尚紀(なおき)は、未だ赤くした顔を伏せたままの郁美と、「唐橋(からはし)の水着もか?」バスタオル姿の知亜子を順に見た。


「そうに違いないって!」賛同したのは梓だった。「しっかり者の知亜子が水着を忘れてくるなんて考えられない。知亜子、お前の水着は盗まれたんだよ!」

「ちょ――稲垣先輩!」


 露わになっている両肩を掴まれて前後に揺すられた知亜子は、その勢いで外れそうになったバスタオルを慌てて押さえた。


「もし、そうだと――二人の水着が盗まれたんだとしたら……いったい、誰に?」


 尚紀はその場にいる全員をぐるりと見回した。


「そう言えば」と碧衣が、「私たちだけでみんなを待ってたとき、郁美のあとに私もトイレに行った」


 言い終えると、じろりと皆本を睨んだ。


「ちょ――待ってくれ! そのときに俺が間島さんの水着を盗んだと?」

「可能性はある。ほら、郁美って普段ぼーっとしてるから、隙を突いて鞄から水着を抜き取るのは出来るかも」

「違う! 俺じゃない!」皆本は強い声で否定して、「だいいち、もし俺が犯人だとしたら、どうしてビキニのボトムだけを盗むんだ?」

「性癖」

「おい!」

「それか、時間がなくてボトムだけしか盗めなかったとか」

「違うって! まあ、百歩譲って間島さんの水着は盗めたとしよう、でも、唐橋さんのはどうするんだ? 唐橋さんについては、俺は絶対に水着を盗む機会なんてなかったぞ!」

「それもそうか……」

「確かに」と尚紀が、「唐橋はここに着いて着替えに行くまで、鞄はずっと肌身離さず持ってたよな」


 知亜子は頷く。


「こう考えたら、どう」再び碧衣が、「皆本くんが盗んだのは郁美のボトムだけ。時間的な問題か、皆本くんの性癖によるものなのか、トップスには手を付けなかった。で、知亜子のほうは本当に水着を忘れてきただけだった」

「なるほど」

「おい! 尚紀! 感心するな!」皆本が声を張り上げて、「そうだ! だったら確かめてみろ! 俺が犯人なら、俺の鞄に盗んだ水着が入っているはずだ」


 皆本は自分たちが曲がってきたプールの角方向を指さした。


「自分から申し出るってことは、鞄に水着は入ってないんだろうね」

「分かってくれたか」


 碧衣の言葉に一度は安堵の声を漏らした皆本だったが、


「だから、別の場所に隠しているという可能性も」

「おい!」

「隠すとしたら、どこだ?」


 尚紀が訊くと、


「皆本くんが他に立ち寄った場所は……あ! トイレ! 皆本くん、私たちの中で一番最初にトイレに行ってた!」

「待て待て!」すかさず皆本は、「今、翠川さんが言ったように、俺がトイレに行ったのは一番最初だぞ。今の推理だと、俺が間島さんの水着を盗んだのは、翠川さんがトイレに行っている隙にだろ。順番が逆だ」

「私の目をも欺く早業で水着を盗んだのかも」

「怪盗レベルだな!」

「皆本くんは怪盗だった! ビキニのボトムだけを蒐集する、その名も怪盗ボトムズ!」

「炎の匂いにむせそうな怪盗だな!」

「あのさ、もしかしたら」と知亜子が、「外部犯の可能性ってのも、考えられるんじゃない?」

「外部犯か……」碧衣は再び考え込み、「女子高生の水着を盗む変態。それもあり得るな」

「どうだ? 宗」


 ここで尚紀は宗に水を向けた。

 安堂宗には、理真りまという名の姉がいる。彼女は作家を本業としているのだが、その他にもうひとつ、素人探偵という顔も持っている。実際、新潟県警に捜査協力をして、新潟県警管轄下で起きたいくつもの不可能犯罪を解決に導いているという実績も持っている。そんな素人探偵の弟である宗に、尚紀が意見を求めたのは自然な流れであった。ちなみに宗は、自分の姉が素人探偵であることは極力秘密にしており、そのことを知っているのは、この場にいるメンバーの中では、長谷川(はせがわ)尚紀と唐橋知亜子の二人だけだった。二人のうち、特に知亜子は理真の探偵活動に執心しており、弟の宗に対しても、校内で何かしらの事件が起きると、すぐに探偵としての活躍を期待して宗を駆り出そうとしてくる。


「間島さん」と宗が動き、「ひとつ、確認したいことがあるのですが」

「は、はい……」

「翠川さんは、間島さんが確かに水着の上下とも持って来ていたことを見ているそうですが、それに間違いはありませんか?」

「そ、それは……」と目を伏せた郁美は、「わ、私、てっきり忘れてきたと思ってたんですけど、碧衣がそう言うのなら……間違いないのかなって……」

「それと、間島さんは着替えに言ってから一度、俺たちのところに戻ってきましたよね」


 宗の言葉に、


「あ、そうだったね」


 その事実を思い出したのか、碧衣が手を打った。宗は続けて、


「あのとき、稲垣先輩を捜していましたけれど、どんな用事があったんですか?」

「え、ええと……」郁美は答え淀んで、「水着を忘れたって、それを伝えに……」

「そんな大事なこと、何も稲垣先輩に直接じゃなくても、俺たちに言ってくれたらよかったじゃないですか」

「は、はい……」

「ちょっと、安堂くん」と、ここで知亜子が割って入り、「郁美をいじめないで」

「べ、別にいじめているわけでは……じゃ、じゃあ、唐橋、お前にも訊いていいか?」

「……どうぞ」


 知亜子はため息をついて了承した。


「唐橋は間島さんと一緒に着替えてたんだよな。それから俺たちが駆けつけるまでのことを教えてくれ」

「いいよ。ここに来てすぐに私と郁美は着替えを始めたんだけど、郁美が、あれ? って顔をして、みんなのところに戻ったのね。私は、何だろうと思ったけど、構わず自分の着替えを済ませることにしたの。で、バスタオルを巻いて下着を脱いで、水着を着ようと思ったら……」

「水着がないことに気付いたと」

「そういうこと。で、すぐに郁美が戻ってきて、また自分の鞄を漁り始めたの。私が、どうかしたの? って訊いたら、水着のボトムがないって。それからすぐに碧衣が来たわ。私たちの着替えが遅いから、気になって様子を見に来たんでしょ」


 顔を向けられて、その碧衣は頷くと、


「で、私も二人から、水着がないって聞かされて、思わず叫んじゃったの」


 話を聞き終えると、宗は、


「間島さん、今の二人の話に間違いはないですか?」


 間島郁美は不安そうな顔のまま、こくりと頷いた。それを見た宗も頷きを返してから、


「まず、外部犯というのは考えられないでしょう。全くの第三者が二人の水着を盗むには、それぞれの鞄が俺たちの誰の目にも触れない状態になることが必須となりますが、今までの経過と話から、間島さんと唐橋の鞄がそういった状況下に置かれたことはなかったと考えられますから」

「そ、それじゃあ、やっぱり……」

「犯人は、この中に……?」

「お、俺じゃないぞ」


 碧衣、尚紀、皆本は、それぞれ呟いた。


「水着を盗んだ犯人は……」宗は、ゆっくりと皆の顔を順に見ていき、ひとりの前で視線を止めると、「唐橋、お前だな」

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