四 青族の娘
夢蝶に会ってから、明確になった「王妃にふさわしくない」という思い。
それは日増しに強くなる。
黎光に伝えようか。
でも彼はきっと気にしないと答えるだろう。
白銀の髪に、水色の瞳の彼。
とても美しい。
髪を結い、王たる冠をつけ、玉座に座る彼。
紫国の王に相応しい、賢王。
私は?
皇帝陛下の妃であったという立場で、黎光の寵愛を受ける娘。
それが私。
黎光は側にいてくれと言ってくれたけど、私に何ができるのだろう。
彼の子どもすら産むこともできないかもしれないのに。
「凛様?お加減が悪いのですか?」
「心配してくれてありがとう。桂梨。大丈夫だから」
今日は翠が休暇で、というよりも休暇をとってもらった。毎回私に張り付いているのも大変だと思うし。陽とも会ってゆっくり休んでもらいたかったから。
思えばずっと一緒にいてくれてる。
陽も翠も私を救ってくれた。二人を大切にしたいもの。
だからこそ休暇はちゃんととって欲しい。
代わりの女官は、青族の桂梨だ。
青みがかった黒色の髪に、漆黒の瞳をしている聡明な女官だ。翠の補佐的な女官で、彼女が信頼している者。
翠はとても心配性だ。
夢蝶のことといい、私に近づくものには注意深い。
王妃確定の私を害することなど、黎光に牙を剥くようなものなのに。
それとも、何か……
「凛様。お聞きしてもよろしいでしょうか」
「何かしら?」
桂梨が漆黒の瞳をまっすぐ私へ向けてくる。
何か胸騒ぎを覚えながら答えると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「私には大切な友がおります。彼女、花芳は幼い時から陛下に憧れて、その夢を叶え婚約者となりました。かの方に相応しいように努力も続けてまいりました。けれども、王になられた陛下は貴方様をお選びになった。どうしてでしょうか?」
「け」
彼女の名前を呼ぼうとしたのに、言葉が出てこなかった。
「やはり皇帝陛下の御命令だったのでしょうか?」
「ち、違うわ。そんなこと!」
思わぬことを言われ、反射的に声を荒げてしまった。
「申し訳ありません。お心を煩わせるようなことを聞いてしまいました。ただ、我が友は婚約を解消され、床から出てこれないほどに衰弱して、その命を危ぶむほどです。凛様、お情けをいただけませんか?花芳は命を削るほど、陛下を愛しております。どうか、その思いを汲み取っていただき、王妃の座を退いていただけないでしょうか?」
王妃にふさわしくない。
ずっと思っていたこと。
退くことは黎光のためにもなる。
彼を本当に愛し、王妃として相応しい者が隣に立つべきだ。
頭では理解しているのに、私の口からは冷たい声が発せられた。
「私の一存では決められないわ。私は下賜された身にすぎないから」
「凛様。一介の女官に過ぎない私が出過ぎた言葉を。怒りは私に、花芳のことはどうかご容赦を。陛下や翠様にはどうかお話されないように」
「わかっているわ。安心して」
もしこのことを翠に話せば、黎光にも伝わる。
下手したら罰せられるかもしれない。
そんな酷いこと、私にはできない。
黎光に婚約者がいたなんて、きっと私と会う前だろう。当時、彼はすでに十六歳。今の私と同じ歳。結婚してもおかしくはない歳だもの。
私のせいで、黎光は婚約を解消することになった。
「花芳のことで何かできることがあったら教えて。王妃の座については、考えてみるから」
「ありがとうございます。感謝いたします」
黎光の悲しむ顔がすぐに想像できたが、それをかき消して、そう口にする。
死を思うほど愛する思い、それはとても深くて重い。
私にはないもの。
王妃に相応しい娘は、彼女だ。
私ではない。
✳︎
翌日、翠が出仕してきた。
「これはお土産です」
そうして差し出してくれたものは、星のような形のお菓子。
「砂糖で作っているのですよ。どうぞ」
他の女官の前で渡されたお菓子。
彼女は毒見役を自らしてから、私の手の上に紙を置いて、数個の星を乗せてくれた。
可愛らしい小さな星だ。
「美味しい」
「よかったです」
飴玉のように舐めていると、噛んでみてくださいと言われ、噛むとシャリッとした感覚があって、一気に甘さが口の中に広がった。
素朴な甘さに気持ちが和らぐ。
「食べ過ぎは良くないので、残りは明日にしましょう」
翠の言葉に少しだけ残念だと思って、それが顔に出ていたらしく、彼女は笑い出す。
「申し訳ありません。あまりにも可愛らしくて。それではあと三つどうぞ」
姉などいたことがないけれども、もしいたら翠のような優しい存在がいい。
そう思わせてくれる彼女。
追加してくれた星を口に含んでシャリシャリと口触りを楽しむ。
その間に翠はお茶を用意する。
穏やかな、後宮にいた時の張り詰めた冬のような感じではなく、春のように暖かい。
「凛様?」
驚かれて気が付く。
涙がこぼれていたみたいで、私は慌てて拭う。
翠の緑色の瞳が見開かれていた。
「埃が入ったみたい。化粧も落ちてしまったわ。顔を洗ってもいいかしら?」
「勿論です」
心配させないように笑って頼み込むと、翠はすぐに他の女官に命じて洗顔の準備をしてくれた。