八
目を開けるとうっすらと周りが見える。
明かりはすこしだけ。
話し声が耳に入ってきた。
「……様、起きたようです」
宦官の声がして、それから別の男の影が見えた。そしてもう一つの影。
声を出そうとして、口を布で塞がれていることに気がつく。
荀!
彼女の名前を読んだけど、もごもごとした声が出ただけ。
なぜここに?
私を攫ったのは荀?だけど、彼女はただの女官。どうして。
荀は壮絶な笑みを浮かべ、それから見覚えのない男へ声をかけた。
「この女を使って、何をいたしましょうか?文勇様。角家、旦那様の恨みを晴らしてやりましょう」
荀の言葉で状況が理解できた。
文勇は旦那様の子。皇帝領から離れた山東国にいると聞いたことがあった。面識はないけど、その名前は知っている。
荀は角家の使用人だった。
私を攫ったのは角家。
きっと恨み。
角家のその後は聞いたことがなかった。多分調べればわかったのだろうけど、角家のことを思うと旦那様の顔が浮かび、何も知りたくなかった。
けれども想像ができる。
きっと角家はお取り潰しになったのだろう。
皇帝領にいないとしても、彼は角家の跡取りして生活していたはずだ。だからその影響は多大だったはず。もしかしたら、山東国での居場所をうしなかったかもしれない。
文勇は旦那様と異なり、権力に固執することはなかった。だからこそ、外国で悠々と暮らしていはずだ。だけど、角家がつぶれ、彼は資金に困った。
恨みはきっと私に向かっただろう。
もしかして荀が何か話したかもしれない。
「殺すのは惜しいな。これほど綺麗な女は他にはいない。さすが、あの後宮でたった一年で四妃に上り詰めただけはある」
「それでは薬漬けにして、あなたの玩具に仕立てましょう」
「恐ろしいことをいうな。荀。お前がそんなことを口にするとは」
「養女にして教育し、恩義があるはずの旦那様を死に追いやり、角家を破滅させた報いはむけてもらいたいものです」
荀の笑みはとても気持ち悪くて、吐きそうになる。
確かに裕福な暮らしはさせてもらった。
けれども、私は幸せじゃなかった。
挙句に旦那様は私を手篭めにするつもりで。
そのことを思い出して、気がついたら震えていた。
「凛様。恐ろしいですか?そんな怖い思いはあっという間になくなりますよ。ご安心ください」
荀の唇の両端が上がり、その目は蛇のように冷たかった。
「早く移動しましょう。嗅ぎつけられます。この女をどうするかは後で考えるとして、移動しなければ」
「そうだな」
宦官が少し焦ったように言って、文勇がうなづく。
「凛様。しばらくのまたお休みください」
荀が近づいてきて、私は逃げ出したかった。けれども手足は縛られている。その上、宦官が私を抑えた。口を塞ぐ布を取られたと思ったら、すぐに薬に匂いがした。
「ああ、この布に別の薬も仕込ませておけばよかったですね」
「荀。薬の配分を間違うと死ぬぞ。今は殺す時じゃない」
「そうでした」
宦官の言葉、荀の残念そうな声を最後に、私は再び意識を失った。