六
「黎光様。往生際が悪いですよ」
「凛も連れて行きたい」
「それは駄目です。凛様の評判を落とす様なことはやめてください」
昼食は思ったより時間がかかってしまい、黎光が陽に急き立てられる。
「さあ、凛様。お部屋にもどりましょうか」
恨めしそうな黎光の視線をぴしゃりを遮り、翠が微笑みを浮かべる。
視線が思わず、彼と翠の間で彷徨ってしまった。
「黎光様。凛様を困らせるのはやめてください」
「わかったよ。凛、ぎゅっとしたから元気もらったよ。午後の執務も頑張ってくる。君はあまり深く考えない様に。私の言葉を忘れないで」
彼の言葉に泣きそうになって、私はただうなづくしかできなかった。
翠と共に彼の部屋を出て自室へ戻る。
その後、すぐに彼らも王室へ向かった様だ。
執務の邪魔をしてしまったかもしれない。
「凛様。黎光様のことは気にしないでくださいね。困ったものです」
王のことを気にするなと、翠はまた大胆なことを言う。
「午後からは書庫へ参りましょうか?」
「いいの?」
「もちろんです」
皇帝の母になるため、知識は必要だった。そのために角家で文字を教わり読書を強要された。書物はすべて知識を得るためであり、内容も歴史や地理、政治関連で楽しめる様なものではなかった。けれども現在、講師の教えについていけるのは、これらの読書のお陰だ。
後宮で書庫に行くことがあり、面白そうな書物を見かけたことがあった。手に取るとお目付け役の荀に睨まれたため、旦那様の顔も浮かんでも結局借りなかった。
紫国の王宮では自由を保障され、時間もあったため、娯楽として書物を読むことが多くなり、書庫に行くのは楽しみになっていた。
気がつくと書庫で座り込んで読んでしまっていて、翠に苦笑されてしまう。
時刻を聞くと、すでに二時間ほど過ぎていて、慌ててしまった。
「随分楽しそうに読まれてましたね。借りられますか?」
翠は私を急き立てることもなく、ゆるりと聞く。
「いいの?」
「ええ」
「でもまだ部屋にある書物は返してないわ」
「いいのですよ。お部屋にある書物は全部読み終わりましたか?」
「まだ、一冊読んでないものがある」
「それでは、この二冊を今日は借りて、残りは読み終わってからにしましょうか?」
「ええ。ありがとう」
こんなによくしてもらってもいいのかな、
それくらい翠は優しい。
姉がいたらこんな感じかもしれない。
「翠様」
ふいに慌てた様子で、桂梨が書庫に入ってきた。彼女にしては珍しく髪が乱れている。
「桂梨、どうしたのです?」
「赤族の族長様がいらしゃって、翠様を探しております」
「族長が?どういうこと?」
「申し訳ありません。私にはわかりません。春風殿でお待ちです」
「……わかった。桂梨。凛様のことは任せるわね」
「かしこまりました」
「凛様、しばらく席を外します。申し訳ありません」
「謝る必要なんてないわ。ゆっくりしてきて」
翠は赤族の族長の姪だもの。何かあったかもしれない。
桂梨と二人になるのは正直緊張するけど、そんな事言えないわ。
翠が書庫を出て行き、二人っきりになった。
「それでは凛様。お部屋に戻りましょうか?」
「そうね」
借りる予定だった書物。
まだ読んでないものも部屋にあるし、今日はいいわ。
書庫を出ようとしたところで桂梨が立ち止まった。
「どうしたの?」
「凛様。花芳にあっていただけないでしょうか?」
花芳……、黎光の婚約者だった女性。
床にふせっていると桂梨が言っていたけど。
「やはり無理でしょうか?」
「そんなことはないわ。花芳は大丈夫なの?」
「大丈夫と言える状態ではありませんが、一度貴方様にあってみたいと相談されたのです。陛下は婚約を解消してから花芳とは会ってくれず」
「わたしのせいね」
「とんでもございません」
桂梨の表情が青ざめるのがわかった。
「安心して。あなたや花芳のことは誰にも話してないわ。けれど、花芳はどうして私に会いたいの?」
「陛下が好きになった方を見てみたいという願いです。それでもしかしたら吹っ切れるかもしれないと」
吹っ切れる。
本当はそんな必要ないのに。
黎光に相応しいのは花芳なのに。