6話 暗黒騎士さまの吉報
「……暗殺に失敗しただと」
冷たく低い声が呟いた。
暗い部屋の中、深く椅子にもたれかかった声の主は、不機嫌そうなため息を吐き出す。
「絶好のチャンスだっただろうが……お気楽なバカ王子と、その婚約者。インダストル王国を混乱に叩き落とす良い機会だったのによ」
「それがですね、ナズマ様……」
従者の言葉に、眉をピクリとひそめた。
「んだよ」
「報告によりますと、令嬢に倒されたとのことでして……」
「は?」
語気が強くなったので、従者は「ひぃ!」と身体を震わせた。
「モタモタすんなさっさと説明しろ」
「……令嬢の方は、アンバー・ブレッドスター男爵令嬢。かの、変人魔法研究家の娘です。データにはなかったのですが、調べたところものすごい怪力だという情報がありまして」
「ほう?」
ナズマの鋭い片目が、ギラギラと燃えるように見開いた。眼帯で覆われた方を大きな手でなぞりながら、「そうか……そうか、おもしれぇな」と低く笑う。
「王子に見初められるってんなら、相当見た目も良いんだろ」
「はい、華奢な美人だと伺っております」
「本当かどうか、確かめてやる必要があるな」
ナズマは重いマントを椅子から引きずり上げ、自分の肩にかけた。
ガチャガチャと、簡易な鎧が揺れる。
「アンバー・ブレッドスターは現在、領地から移動して中央にいるようです」
「はん、なるほど。まあいい、一目見に行ってやろう、この俺が」
ナズマは、意地の悪そうな笑みを浮かべて言った。
「楽しみだ、怪力令嬢」
★ ★ ★
ナズマ・ロクフェイスは敵国、ロジーク帝国の残酷騎士として悪評を誇っている。
邪魔者を始末するためなら手段は選ばず、争いを好み、4人の暗殺者を常にそばに置くという危険な男。そんな彼が、酔狂のために行ったのが「王子暗殺未遂」というヤバイ所業。誰の指示でもなく、彼が勝手に行ったことだ。
「ナズマ様、本当に行くんですか」
「あ? 久しぶりに楽しいぜ、俺は。珍しいものが見れるかもしれねえんだから」
従者は、主人の楽しそうな笑顔が世界で一番恐ろしい。黙って「そうですね」と言わんばかりに微笑んでおくのが正解だ。余計なことを言うと殺されかねない。
鎧を脱ぎ、物騒な眼帯を外し、汚れを浄めたナズマは、いかにも庶民な格好に着替えていた。従者から見るとコスプレにしか見えない。
「ほら、わりと庶民っぽくなっただろ」
「ええ、本当に」
「はっきりしろ、どっちだ。言え」
「庶民です、どこからどう見ても」
そうだろうが、と笑う主人には何も言うまい。暗黙のルールだった。
「ここから馬とばせば明日にはつくな」
「ナズマ様正気ですか」
「俺がいつ正気じゃねえんだよ」
黒い馬にさっそうと跨ったナズマは、「まあ楽しみにしとけ」と軽く微笑んだ。そしてそのまま振り返らずに馬を走らせ、敵国に堂々と侵入しようとする。
ーー例えばそれが、国を出てすぐのアンと入れ違いになって、気づかなくても。
そしてきっと、そこで諦めておけばお互い良かったのかもしれないが、ナズマは執念深い男だった。
ゆえに、
変貌を遂げたおでぶ怪力令嬢と、
敵国の残酷騎士が入れ違いに気づいて追いかけてくるまで、
そうは時間がかからない出来事だったようだ。