4話 怪力令嬢は、怪力ぽちゃ令嬢に進化した!
来る日も来る日も、アンは食べ続けた。
すてきなすてきなおひめさま。
すてきな結婚に憧れて、
努力したいろんなことを忘れるために。
「あの、お嬢さま、そろそろ一回やめましょう」
「……なにを」
「ぼういんぼうしょくを」
「ええ、あ、うん、わかった」
モモは目をそらす。あれ、この人こんなに顔パンパンだったっけと思うけれど、きっと記憶データのバグである。
「旦那さまが、一度お話ししたいと……」
「わかった。そうね、説明がまだでしたわ」
よっこらせ、と起こした身体がなんか重い。
視界にうつる、自分の手がなんか丸い。
モモの自分を見る目が、なんか『哀れ』。
「お嬢さま、あの」
「えっ、なに、なに」
ベッドから降りる。
みしみし、と床が鳴った。
え? 嘘。
「ねえモモ、もしかしてわたし」
「太りました。大いに太りました」
モモは空中に指をツイッと上げる。そこに、数字が光って映し出された。
『身長160㎝ 体重50㎏⇒身長160㎝ 体重100㎏』
「いやあああああ!」
なんとなく野太くなった気がする主人の叫び声を聞きながら、モモは「私しーらない」と抑揚のない声で呟いた。
視界シャットダウン。
☆ ☆ ☆
ブレッドスター男爵家は、インダストル王国の中でも長い歴史を持つ貴族良家だ。
成り立ちは初代領主の類まれなる魔法研究が評価され、貴族階級に認められたと言われている。初代ブレッドスター男爵は、研究一筋の変わり者だったので……つまるところ領地経営など、できる部下に放ったらかして領主は来る日も来る日も魔法研究。そしてその恩恵を領民は受ける、といった具合。
当代ブレッドスター家の主人もとんだ変わり者で、初代ブレッドスター男爵の再来とも言われるほど、トンチンカンな発明家だった。
男爵は、領地経営を弟に任せ、弟もそういうのは嫌いじゃなかったのでそこそこに民とふれあいながら経営を伸ばし、その傍ら兄が発明してくるトンデモ魔法道具でいい感じに儲けていた。ちなみに民も『ザッソウハエナクナール』やら『ヤサイガヤケニオイシクナール』などの魔法道具のおかげで潤った生活をしていた。ブレッドスター領地は、二人の兄弟のちぐはぐなバランスにより、いい加減ながら、わりと裕福な町になっていたのだ。
変わり者のブレッドスター男爵の最高傑作こそが、魔術式・人工アンドロイド『モモ・ブレッドスター』である。深い桃色の髪に白い陶器のような肌、燃えるような赤の瞳は、いつも冷ややかに微笑んでいる。戦闘メイドとしての機能も持つ彼女は、体内に隠し持つとんでもない兵器を可憐なメイド服に包み、たおやかでおだやかな兵器兼、メイドとしてブレッドスター家に仕えていた。
彼女のもう一つの、そして最大の役目が、ブレッドスター家令嬢、アンの友人としての存在。とんでもマッドサイエンティストなブレッドスター家に生まれた可愛らしい女の子は、何故かとてつもない怪力持ちだったからだ。
ゆえに普通の友達がなかなかできなかった彼女のため、幼い頃からそばで彼女を支えてきた。そんなモモだが、
(失敗しましたね、これ)
一人頭を抱える羽目になっていた。
憎まれ口こそ叩くが、大事に思っている主人であり、友人であるアン。そんなアンが乙女心を木っ端微塵に壊された、婚約破棄なんていう最悪の事件。モモなりに、彼女に元気を出して欲しくて、ブレッドスター男爵が最近発明し、モモにアップグレードしてくれた『イセカイアクセス』という機能を使って大量の美味しい食べ物を彼女に与えてみた。
「僕の生まれた国……じゃなく、転生前……じゃないや、えっと、そのだな、異世界にはな! 食って食って寝りゃ解決するっていう言葉があるんやで!」
ブレッドスター男爵のその言葉を鵜呑みにし過ぎた。
モモは、この光景を見るとかなり頭が痛い。
いやいやいや、お嬢様。
いくらなんでも、太り過ぎです。
ていうか、全部食べろなんて、一言も言ってないんですが。
「モモ、わたくしそんなに、そんなに太りました!?」
慌てて飛び跳ねるが、ズドンズドンと地鳴りがするのでやめていただきたい。
「そ、そんなっ、わたくしただでさえ怪力で、お嫁に行きそびれたのに太ったなんて……終わりじゃないの!」
「終わりましたね」
「モモ、あんたがだってこんなに美味しい食べ物持ってくるからーー!」
アンは泣きギレしながら、すっかり空っぽになったベッドを指さす。包み紙の中のハンバーガーも、袋一杯のお菓子も、ぜーんぶアンのおなかの中。そして、糧となり養分となり、余計な肉としてアンにくっついてしまった。
ほっそりと華奢だった肩はムチムチ、二の腕は歩くとぷるぷる揺れている。モモは「一晩や二晩でこんなことなりますか……?」と唸った。こんな事例はデータにはない。データ書き換え。
「でも、もういいのよ……」
アンは大きなお尻をベッドにのせて、物憂げに溜息を吐いた。
「……魔法もだめ、勉強もいまいち、そして怪力。おまけに太っちゃったわ……わたくし、もう婚約なんてあきらめるから」
「お嬢さま……」
わりと落ち込んでいるようだ。モモはオロオロして「そ、そんなに落ち込まないで」と言いかけた。その時だった。
「娘! 諦めるのはまだ早い! ハロー、ブレッドスター男爵、参上う!!」
爆音とともに壁が破壊される。
ブオォオオオンッ! 轟音が響いた。
いかついバイクに乗って、壁の向こうから現れたのは、『魔改造バイク』の開発に成功してニコニコハイテンションなブレッドスター男爵だった。
「話は聞いたぞ、我が娘。チートで天才なお父様が、楽しい話をしてやろう!」