3話 ああー! 婚約破棄されました。
暗殺者の、意識を失って首がガクッとなった音が聞こえた。
沈黙の中、震える声で王子は言う。
「今の……本当にアンが、」
そりゃそうだろう。
護衛の兵までも殺した暗殺者を、か弱い美人と思い込んでいた婚約者がブチのめしたのだから。
王子の深い海色の瞳が大きく揺れている。
風が、ザァッと生温く凪いだ。
アンは自嘲気味に笑う。
「ドーナ殿下、まずは帰りましょうか……」
もはや、決心はついている。
「あなたに何を言われても、わたくしは受け入れますから」
絞り出した声だった。
黙って頷いた王子は、トボトボと歩き出した。
今にも消えそうな彼の影を踏みながら、アンも歩き出した。
重たい沈黙は、お城について王子が帰るまでずーーーっと続いた。
○ ○ ○
「……それで、婚約破棄されたわけですね」
「うん、そーだよ、笑ってよもう、笑えよ! モモ!」
アンは屋敷中に響くんじゃないかってくらい大声で叫んだ。
「ああああーーー!!!!!」
フカフカのベッドで足をバタつかせて暴れる! 暴れ狂う!
「ねえ! 今の話、わたくし振られる要素正直どこにもなかったと思うんだけど!!」
髪をボサボサに掻いたアンに、首を掴まれて乱暴にヘドバンさせられているのは、シロノの専属メイド、モモ。ぶんぶんぶん、すごい勢い。
「お嬢様やめてください、首がとれます」
「あんたは首取れてもまたくっつけりゃいいでしょうが!」
「旦那様がまた徹夜になります、嘆かれます」
ぶーと唇を尖らせたアンは、しぶしぶ手を放してあげる。モモはちょっと首の位置がズレたので自分で直した。
「確かにわたしは、幼い頃、あまりの怪力のため友人ができなかったお嬢様のために、お館様が作った人工メイドです。しかしわたしには心がありますから」
「魔術式アンドロイドのくせに……心て……」
「心がないのは、ドーナ殿下の方でしょう」
モモがポツリと言うと、「そう! ほんっとに、そう!」とアンはまた喚き散らした。
「ありえなくない!? 帰り道ずーーーっと無言でさぁ、お城帰って気まずく別れて。次の日に手紙で婚約破棄って! わたくし、もう気まずくて学校行けないし!」
「お嬢様、品性が崩れています」
「わたくしがあのとき、ジャイアントスイングしなかったらアイツ死んでたわよ!」
「ごもっともです」
「いいの……王子さまとの婚約とか……もういいの、そんなのもういらない……」
枕に顔をうずめたアンの頭を、モモはよしよししてあげる。
「モモ……わたくし多分、明日には学園中で噂よ。怪力だって、そのせいで婚約破棄されたって」
「誰もが王子の味方でしょうね」
「ねぇ、ここだけの悪口にしてね…………あの男、あの情けない男、あんなんでよく王子なんて名乗れたわね! 恥ずかしくないの!」
悲しみと怒りが交互に波乗りしてくるので、モモは無表情のままオロオロする。
「王子も恥ずかしかったのではないでしょうか。分析、その可能性74%」
「思い出したようにロボットにならなくていいから」
「慣れないことはするもんじゃないですね。今、回路に支障がでました。脳筋なお嬢様と違って私は繊細なので」
「あんたこの状況でよくわたくしのこと、脳筋って言えるわね」
睨みつけると、無表情なまま「てへぺろ」と首をかしげられた。
折れればいいのに、とアンは思った。
いや、へし折るぞ。
「まあ、過去の男のことは忘れましょう。旦那様も、『まあいいんじゃない?』と言われてましたし」
「ダディは随分とのんきなのね。せっかくの王族と繋がるチャンスだったのに」
「旦那様は、権力を隠れ蓑に魔法機械の研究ができればそれでいいそうですから」
さすが、変わり者のブレッドスター男爵。
アンはため息を吐いた。
「まあ、ですから」
パチンとモモが指を鳴らす。
すると、天井にぽっかり大きな穴が空いた。
そして、上からドサドサドサ! と何かが降ってくる!
「ぎゃっ!? な、なに、なんで、なに!?」
落ちてきた何かに埋もれながら、アンは叫んだ。
「異界の文化で『ヤケ食い』という儀式があります」
モモはあくまで冷静に言う。
よく見ると、ベッドが埋もれるほどに降ってきたのは、お菓子にお肉、パンにケーキ、色とりどりの食べ物たちだ。
「ーーーーお嬢様、過去の男は、食べて忘れましょう!」
モモがグッと親指をたてた。
その間にも、カラフルなフードたちはドサドサ落ちてくる。
アンは「え、な、なに? なに?」と狼狽えたけれど…………
「どうにでもなりやがれぇ!」と雄叫び、手元にあったアンコバターブレッドに噛み付いたのだった。