12話 暗黒騎士さまVS怪力ぽちゃ令嬢
数日前から、ユズハの冒険者ギルドは緊張で静まり返っていた。
「……なぁ、なんであいつがここに」
「何でも怪力令嬢を探してるとか」
「ここに来るのか?」
「そういう噂があって」
人々の依頼を聞き、そして戦う。
冒険者と呼ばれる彼らはひそひそと聞こえないように話す。
その視線の先にいるのは、悪名高きクラーク帝国の残酷騎士、ナズマの姿だ。
戦争でその国益のほとんどを得る、残虐なる国がクラーク帝国であり、その中でもイカれていると言われるのがナズマ。楯突くものはすべて殺すと有名で、たとえ女子供でも容赦しないという。
「……おい、聞こえてんだが」
「あんた、いつまでここにいるつもりだ。こわがって冒険者がギルドに来にくいだろ」
「知るか。俺様の知ったことか」
傍若無人で、我儘。
ギルドのマスターは、重いため息を吐いた。
最近噂の怪力令嬢だかなんだか知らないが、
さっさと来てこの邪魔な男をどっかに持っていってくれ。
大人しく掲示板の整理でもしようと腰を上げたとき、
からん、と音がしてドアが開いた。
「やーーーっと着きましたわぁ、最強ギルド!」
「ここなら腕っ節の自信ある男がいそうですね」
「わくわくしてきましたわ!」
きゃっきゃと喋る二人の少女に、マスターの目がぎょっと開いた。
(あ、あれ、あれがもしかして怪力令嬢ーーーー?)
なんかすごいデブが来たんだけど。
☆☆☆
「ギルドって、こんなふうなのね……お屋敷にいた頃は無縁の場所でしたわ」
「時折旦那様も依頼を出されていましたよね」
「お父様も旅をなさってた時期があったらしいわ」
依頼の紙が貼られた掲示板を見ながらアンは話す。
「わたくしたちも、まずは武功を成したほうが話を聞いてもらいやすくなるんじゃないかしら」
「それなら冒険者登録をしないとですね」
「登録って、わたくしたち職業的には何になるのかしら」
「相撲取りとかでいいのでは」
「やだ、斬新じゃないの」
ドレスとメイド服。異質な少女二人は、周りの突き刺さるような目線に目もくれずにいる。
「Aランク依頼……ドラゴン討伐?」
「お嬢さまの好きなドラゴン肉が食べれますね」
「え! わたくしこれがいい!」
「いやいや、あの、お嬢さんがた」
みかねたマスターが声をかけた。その後ろに、冒険者たちも腕を組んで並ぶ。
「どこの貴族の令嬢か知らないけど、遊びじゃねえんだぞ」
「舐めてもらっちゃ困るな」
「…………まさか、噂の怪力令嬢……?」
口を開いた鎧の男に、仲間らしき男が「いやいや」と笑いかける。
「美人だって噂だろ!?」
「おいお嬢ちゃんに失礼だろ」
好き勝手話す男たちにーーアンは大きな頬を膨れさせた。
「待ってください、わたくしが怪力令嬢ですわ」
「嘘をつけ! 真似事ならひどいぞ!」
アンはこの首、鎧ごとへし折ってやろうかと手をパキパキ鳴らした。はらたつ。なんなのこいつら……!!
「おい、そこまでだ」
低く冷たい声が場を制す。
さっきから、傍観を決め込んでいた迷惑者ーーナズマだった。
「おい、デブ。俺様は噂の怪力令嬢を探してたんだ。お前なのか? 本当に」