10話 【暗黒騎士】さま、追いかけてくる。
シフォン・ラビローストは王子の客間を出た後、静かに舌打ちをした。
「まずいわね……アンに気づかれたのかしら」
呟いてから気づく。
あの、馬鹿な女が気づくはずがない。
だとしたら、彼女のそばにいたメイドロボの方か。
「アンが怪力だという情報を得てからの、わたくしのプランは完ぺきだったのに」
唇を噛み、窓の外を睨みつけた。
忌々しく、憎々しく、怒りを込めて。
「アンバー・ブレッドスター……わたくしは、本当は貴女が大嫌いでしたわ。いつも笑顔で、優しくて、みんなに好かれ、王子にも愛された貴女が……!」
だから、蹴落としてみせる。
わたくしが、王子に選ばれて見せる。
「見てなさいっ、ほほほ、おーっほっほっほ、おーーーーっほっほっほぉ!!!!」
☆ ☆ ☆
モモが酒場に戻ると、すごいことになっていた。
パンクな音楽が大音量で流れ、
男たちは踊り狂い、殴り合い、
お嬢さまは爆笑しながら酒を飲んでいた。
なにこれ。
「あ! モモおかえりー!!」
なんか、食べすぎてまた太った気がするけれど気のせいだろう。
アンはゲラゲラ笑いながらモモに肩を組んでくる。
「モモぉ、わたくし、モテ期ですの!」
「なんの話ですか」
「この場にいる全員から求婚されちゃったの!」
なにがおかしいのか分からないが、
また笑いだしたアンと、
「お嬢ちゃんを嫁にもらうのは俺だ!」
「いや、俺だ! なら勝負しろってんだ!」
「もうこの場にいる全員で殺し合いして残ったやつが旦那様や!」
「お嬢ちゃん痩せたら嫁にしてやるから!」
「痩せろお嬢ちゃん!」
支離滅裂な酔っ払いたちに、
モモは「あ、はい」と言ってもう一度酒場を出た。
酔っ払いこわい。
☆ ☆ ☆
翌朝、モモが様子を見に行くと、
散乱した酒場でお嬢さまが寝ていた。
今までだと考えられない蛮行だが、
もしかしてこっちが本性だったのだろうか。
酒と油の臭いがたちこめる酒場を、ゆっくりモモは歩く。油断していると酔っ払って転がっている男まで踏みそうなので、慎重に。
転がっている球体こと最愛なるお嬢さまを、無理やり起こそうとした。重たい。
「お、おもっ……起きてくださいお嬢さま、いきますよ」
なんとか起こすと、
「頭痛い……ここ、どこですの汚らわしい」
「どんちゃん騒ぎして汚したのはお嬢さまですよ」
「……っ! モモ、わたくし、手がまんまる!?」
「お嬢さま、全身まんまるですから」
そっかー、と笑ってもう一度転がったお嬢さまを、叩き起こした。
「お嬢さま! 行きますよ!」
「わ、わかったからっ、ごめんっ!」
適当に金貨をカウンターに起き、モモは重たい球体を引きずって朝日の登る町に繰り出した。
(さっさと、この国をあとにして、残りは旦那様に任せましょう……)
(こんな馬鹿なお嬢さまだけど、余計なことは知られたくない)
のんきにまだむにゃむにゃしているアンを見て、
ちょっといらっとしたモモは一回だけ軽く顔を叩いてみた。
「ばちこーん」
「いったぁ!」
ぷるりんっと、頬が揺れていた。
☆ ☆ ☆
「なんだこのきったねぇ店は…………おい! 起きろそこのお前」
モモとアンが店を出て少し経った頃。
とある一人の男が、臭い酒場に来ていた。
転がった酒瓶を蹴り、皿を踏み、ガシャガシャと音をたてる。
その背中は非常にイライラしていた。
男に首根っこ掴まれた男は、突然ドスの効いた声で怒鳴られ、
「えぇっ、あ!?」と素っ頓狂な声をあげる。
「おい、ここに怪力の女がいたって情報掴んで来たんだよ。どこにいるんだ、そいつは」
「ああ、お嬢ちゃんのことかぁ……んぐう」
舌打ちした男――ナズマは、「くそ」と呟いた。鋭い片目が細くなる。
「確かにここにいたんだな」
「兄ちゃん……お嬢ちゃんを狙ってんのかい? やめときな、ありゃ並大抵じゃ勝てない」
「ほぉ」
口の端が吊り上がる。おぞましい空気に、二日酔いの男は「あれ、なんかやばい奴?」と今更気づいたようだ。
「やばい兄ちゃん……お嬢ちゃんなら、ユズハ地方に向かうって言ってたぜ」
酒瓶が転がったカウンターの向こうから野太い声が言った。
「ユズハといえば、最強ランク冒険者御用達のギルドがあるところか」
「そうだ……そこで、婚活するらしい」
「……婚活?」
ナズマは似合わぬ素っ頓狂な声をだす。
「お嬢ちゃん、痩せれば可愛いんだけどなあ」
「あーあ、ありゃ絶対痩せたら超美人だよもったいない」
「おいおい、おまえら起きたのかよ、飲みなおすか! お嬢ちゃんの婚活成功を祈って!」
ナズマを後目に、男たちは笑いながら迎え酒パーティの準備を始めた。ぽかんとするナズマの肩に、酒臭い男の腕が回る。
「なあやばそうな兄ちゃんも飲むか! な!」
「やめろっ、俺はそいつに用があんだよ……情報感謝するぜ」
いらいらしながら騒がしい場所を出たナズマは、颯爽と馬にまたがった。
痛いほどの朝日を浴びて馬を走らせながら、
(待てよ……華奢な美人だって噂じゃなかったか?
――あいつら、痩せたら美人とか抜かしてたような…………)
考え込んだ後、ふっと笑った。
「ま、気のせいか」




