1話 あるところに怪力令嬢
令嬢、アンバー・ブレッドスターはかつて凄まじく美人だった。
貴族階級、ブレッドースター男爵家の長女として生まれたアンは、母親譲りの大きなキャンディみたいな緑の瞳、黄金色の美しい髪が自慢の美しい令嬢で、品行方正、人望も厚く、まさに完璧と呼ぶにふさわしい。
ただひとつ、難点があったのが……どこのオークの遺伝子が侵入したのか、ものすごい怪力持ちだったこと。それはそれは、すごい怪力の。
それをひた隠しにし、学園生活を送った末……第二王子、ドーナ殿下に見初められることができた。力は化物だけど、心は乙女なアンはとても嬉しくて。幼い頃に夢見たお姫様みたいになれるんだって思うと、楽しくて仕方なかった。
(わたくしだって、怪力さえ隠せば立派な令嬢になれるんだから……!)
完璧な振る舞い。
令嬢として、模範となるべく。
すべてがうまくいっていたのに、ドーナ殿下のこの言葉に、浮かれたのが間違いだったんだろうか。
「アン……良かったら、今度、町にデートに行かないか?」
「よ、よろこんで!」
有頂天で、喜び舞い踊って!
髪を巻いて、化粧をほどこして。一番お気に入りの服を着たアンは、世界で一番キラキラしていた。スキップしながら、待望のデートに出かけていったのだ。
王子と見る景色は何もかも輝いて見えた。これが恋するってことなんだって、アンは幸せでたまらなかった。
一緒に町を歩いて、お菓子屋さんに寄って。ケーキとコーヒーを買って、少し丘まで歩いてお茶をしようかって。
王子との甘い時間に、心はますます踊る。
町を抜けて少し森にさしかかったころ。空気がピリリと痺れるように冷えた。森がザワザワと暗く唸る。
振り返ったアンの瞳に映ったのは、
「インダストル王国第二王子、ドーナだな」
手に返り血を浴びた刃物を持ち、ニタリと笑う男だった。
「……あなたは、何者、」
警戒しながらあたりを見渡す―――――ああ、なんてこと。ついてきてくれていた護衛の者は、この男に殺されて血だまりに浮いていたのだ。
「アン……」
震える王子を背に、アンは男を睨む。男は不敵に笑った。
「知らなくていい。お前らはここで死ぬんだよッ!」
刃物が王子に向かって振りかざされる。危ない! と思うと、自然に身体が動いていた。
ミシミシミシィ!
――突如、聞くに耐えない、骨のしなる音が森に鳴り響く。
「ぎゃあああああああっっ!?」
悲鳴を上げたのは、黒装束の男の方だった。そして、彼を痛めつけているのは、
「……おとなしく、されていれば……これ以上はやめてさしあげますわ」
可憐なる男爵令嬢、アン。
振り上げた手を握りつぶす勢いで掴みあげ、骨をとりあえず折ろうと逆方向に曲げながら、
「な……ア、アン、あ……………」
王子の、青ざめた顔が、視界に映る。
アンは憧れの王子様の、恋に浮かれた心がサーっと冷めてパリーンと割れたのを知ったのだった。
カラフルロックです!婚約破棄モノ始めました!
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