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火車とキョンシー

  強い気配を感じて、大猫は咄嗟にその方向を向いた。


  そこで目にしたのは、自分の脅威足り得るヤバい存在が何かを仕込んでいる光景。

そんなもの、邪魔しない方が間違っている。

  何だか知らないがそうはさせるものか、それだけ無防備晒して狩らぬ獣が何処にいる。

  口角を上げ、拳を振り上げようとした大猫はふと立ち止まった。

否、前に進めぬことに気がついたのだ。


 「オオオォォォォォォォォッッ!!」


  そこには結界を前に全力で足掻き続ける二匹の魔物が居た。

どちらも傷だらけのボロボロだが、その目だけはこちらの首を取ってやらんとばかりに、赤くギラギラと光っている。


  結界に弾かれ続ける彼女らを見て、苛立ちよりも先に哀れだと感じた化け猫は肩をすくめた。

いわば窓ガラスに向かってぶつかり続ける夜の虫のようだ。

己の力量を、無駄な行為の意味を理解していない。


  適当に手で払いのけて散らしても、性懲りも無く向かってくる。

初めは気に留めるのすら馬鹿馬鹿しかったが、それが数回続いていく内に、目の前で力を蓄える相手に近づけない僅かな焦燥感が、二匹に抱いていた慈悲を怒りへと変化させた。


「アアァ〜〜っ、邪魔、邪魔ァッ!どけ、離れろォっ!」


  ブンブンと腕を振るって近寄る虫を払おうとするが、学習能力と適応力の高い連中はそれをひょいひょい避けながら足掻き続ける。


ピシッ


 すると、なんと結界に少しばかりのヒビが入ったのだ。耳でも目でも確認できるほどのたしかな亀裂が走ったのである。


「おい仔猫、今手ごたえあったきょんな!一点、一点だけ狙うきょん!」

「う。了解。でも足止めも大事にゃ」

「ガアアアァッ!!分かった!分かっタよ!そんなに死にテェならッ!まずテメェらから最初に始末してやルッウウウゥゥッッ!!」


  獣のように喉を鳴らし、邪悪な目を見開いた大猫は、その巨大な爪から黒紫色の炎をほとばしらせると臨戦態勢へと移行した。

 その邪気や妖力は神の力とは相反する、とてつもなく禍々しいもので、本来この猫妖怪の持つ力なのだろう。


「オカミさん、ちょっと力貸してもらうにゃ……!」


  カシャニャンはその揺らめく炎を見た途端、さらに表情を強張らせ、冷たく低い声で呟いた。

  何か思うところがあったのか、何かが見えてしまったのか、迫る気迫は化け猫にも劣らないほど畏ろしい怒りだった。


「まったく、しょーがないきょんね、半分だけだぞ?」

「う。結構くれるにゃね」


 声をかけられたキョン子さんは、カシャニャンの放つ怒りの波動から何かを僅かに察し、渋ることなくそう言った。


「ううぅぅぅぅぅ〜……!」


  春先の住宅街の夜にも響く、低い猫の唸り声。

これより戦いへ臨む獣の、敵を威圧し己を鼓舞する魂の咆哮。

ざわざわとその声に応じてか、カシャニャンの周りに妖気が集まっていく。

 朽ちた葉から、折れた倒木から、地中の亡骸から、放置された廃棄物から。

あらゆる死体達がグツグツと燃え滾り、紅い灯火へと姿を変えていった。


「こんなことすると、ほんとは土地神様に怒られるにゃけど……」


  鼻を鳴らし、口角を上げつつもその目には寂しさを含ませながら、カシャニャンは自らその火に向かって飛び込んだ。


  「ヌゥァアアッ!させるッカァアッ!」


  それを見た大猫は表情を歪ませ、カシャニャンが飛び込んでいった灯火にむかって、妖炎を纏った巨大な爪を振りかざした。



「フシャアアアァアァァッ!!」



  すると、火はゴゥゴゥと勢いよく噴き出し、中から真紅色の獣が一匹飛び出した。


  大猫の振るった黒紫色の妖炎に食らいつき、そのまま炎の爪を立てるとおぞましい声を上げて地面に着地した。

その圧倒的な勢いと熱に圧倒されて、気がつけば大猫は少し後退していた。


「……ヘェ、こんな力隠してたきょんね……」


  キョン子さんは霞んだ目をこすりながら、おぼつかない足取りでふらふらと木陰に身を潜めると、そのままゆっくりと倒れた。

 さすがにやせ我慢をして無理をしすぎた。

半分だなんて言ったが、正直もう立ってるのも限界だった。

意識はあれども身体がピクリとも動かない、本当は本体ごとぶっ潰してやりたいところだが、どうやらここまでのようだ。

 悔しさと不甲斐なさ、そこにそういえばな理不尽さを感じつつ、一人のキョンシーは真夏の夜の地面の温度を全身で感じていた。


「アアアアアァァァアッ!!小癪!小癪小癪ゥッ!!生意気生意気生意気生意気生意気生意気生意気!!邪魔なんだヨォッ!弱者がァッ!」


 小妖怪如きに後退した自らへの戒めも含め、化け猫は顔に血管を浮かべて歪ませると、大声を上げながら真紅色の獣に凶爪を振りかざした。

 しかし火に包まれたそれもまた負けじと炎の爪を振るいぶつけ、飛散した衝撃に山は唸り木々はざわめきだった。


  続けて化け猫は薄暗い渦巻く玉をいくつか召喚し、それを放ちつつ剛腕を振るう。

対して雄々しく吠える真紅の獣はその玉に食らいつき、剛腕をひらりとかわして火を吹いた。

不純物が混ざりに混ざった淀んだ鈍い光を放つ炎である。

 どうやら結界と言えどダメージを無力化するものの、熱を抑えるような力はないらしく、またも化け猫はその火から逃れるように身を引いた。


「すごい……、アレにちゃんと渡り合っているきょん……!」


  顔も服も土と葉っぱまみれになったキョン子さんは、やっとの思いで顔を上げ、苛烈な猫の戦闘を見ると素直に感想を述べた。


  火車は先述の通り、死体を使い死体を力の糧にする妖怪である。

今のカシャニャンは辺り一帯の死体を火葬したことによって、強い力を持った火を手に入れ、また自らをその火に焚べて死へと近づくことで、限界を越えた力を発揮している。


言うなればその名の通りの火事場の馬鹿力だ。


「クソ生意気なバカ猫がアァッ!寝てろォッ!」


  化け猫は今までに宿していた妖魔の力とは違う、まばゆい光を放つ神の力でブン殴った。

それを紙一重で避けた火車は、そのまま宙で身を翻し灼熱の炎を吹きつける。

それに対して大猫は光の爪で炎を払いのけ、そのまま火車めがけて喰らいつく。

 その後も一進一退の休みない攻防が数回繰り返された。


  だが、だからこそキョン子さんは一つ勘違いをしている。

今この現状は、ちっとも力の均衡などとれていないのだ。

  例えるなら、『自傷ダメージを受け続けるが攻撃力が増大するスキル』と、『残りHPが少ない時に攻撃力が増大するスキル』を併用するだろうか?

今のカシャニャンは、まさしくその二つを併用した状態である。

 というより、そこまでしてやっと渡り合うのが可能なレベルなのだ。

加えて向こうには鉄壁のシールドが備わり、HPなど一ドット足りとも消耗していない。


 どう考えても、火車ごときに勝ち目など一つもないのだ。


「ヴウゥゥ゛ゥゥゥ゛……!」


  異形の獣と化した火車の火は、時間の経過と共に少しずつ勢いを弱めていき、だんだんと燃える火の代わりに煤だらけの焦げた肉が顔を覗かせはじめた。


「……ニャヒ、ニャヒッ!ンニャヒャッヒッヒヒヒヒヒ!」


 それと比べて化け猫の方は周囲の結界もまだ残し、その身には引っ掻き傷一つもない。

強いて言えば十四箇所火傷を負ったぐらいである。


「ンヒヒヒヒ……、限界ってトコロかニャア?もう前もまっすぐ見れない感じか、ニャアッ!」


 フラフラになったカシャニャンの身体に、ついに化け猫の拳が直撃する。

骨が砕け内臓の弾けるイヤな音を立てながら、カシャニャンは宙を舞い、叫び声一つあげることもできず、口から大量の赤黒い血を吐き出してピクりとも動かなくなった。

 それに呼応して、瞬く間に火は勢いを弱めて消えて生き、蝋燭のような細く揺らめく小さな火だけが残り、それも化け猫の鼻息でフッと消えてなくなった。


「……クソ、嘘きょん……?なんで、なんで身体が動かねえきょん!こんなにアイツをブン殴ってやりてぇのに!」


 目を細ませ口角を上げ、こちらにゆっくり近づいてくる化け猫を前に、恐怖するよりも強い怒りの感情を腹に抱きながら、キョン子さんが牙を剥いた。

 髪の毛を掴まれ宙ぶらりんになりながらも、その眼は依然として殺気に渦巻き満ちており、羽虫程度であればその視線だけで殺せそうな気迫である。


「ンヒ、ンヒヒヒヒ女将サン、今までどうもごちそうさまでシタニャア……、アッチであのゴミ漁りにもよろしくニャァアアアッ!」


 化け猫は当たり前のように訪れた勝利を確信し、それに愉悦して思わず笑みがこぼれる。

せめてもの敬意として、光り輝く爪をキョン子さんへ向けると別れのあいさつを贈った。


 「待てよ」


 キョンシーが二度目の死を覚悟した瞬間、永久凍土よりも冷たい少女の声が山に響き渡った。


 本能的な恐怖から咄嗟に化け猫とキョンシーはそちらを振り返り、その時には既に化け猫の手からキョンシーは離れていた。


「マスター!キョン子さんは奪還しました!あとよろしくお願いします!」


 気がつけば魔物祓いの付き人のワイトが、キョン子さんを抱えて化け猫の横を抜けていったのだ。

 だがそんな些細なことなど、もはや気にしている場合じゃないと言った具合に、化け猫もキョン子さんも何一つとして言葉は発さず、ただその一点を見つめていた。


 さて、諸君。お待たせしました。

それじゃあこの"アタシ"から、ここらで一つ昔話でもいたしましょう。


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