干物と嫁
「毎度ありがとうございますー」
食事を終えてアタシ達はお店を後にした。 なんと気前よくジョンさんが奢ってくださった、とてもありがたい。(個人資産数億円あるけど)
そのまま我々はジョン・ドゥ宅を目指して、適当な会話を交えながらぷらぷらと歩いている。
ジョンさんは普段乗用車などにはほとんど乗らず、徒歩圏内での行動が多いらしい。
なんだかそう聞くと悠久の時を旅し続けていた人とはとても思えないが、逆に言えばそれだけこの日本という国、今住んでいるこの町がお気に召しているのだろう。
そう考えるとちょっぴり羨ましくも思える。
数千年前の思い出話や、数千年分の土産話をいくつか聞いているうちに、あっという間にジョンさんのお宅に到着した。
そこは意外にもすこぶる普通の一軒家であった。
正直マスターの友人であるミイラ男の住まいだから、もっとピラミッドみたいな外観をしているのかと勝手に思い込んでいた。
昨日見た秋月邸のせいも少しあるけど、アタシも随分毒されてしまっているようだ。
「およ?」
するとマスターはジョン宅を見るなり、クッソあざとい疑問符を投げかけた。
「ダンナ、よく見ると裏で何か陳列しているな。何か商いでもしてるのか?」
マスターがそう言うのでよく見てみると、たしかに家の裏に長テーブルとカゴがいくつか置いてあり、何かが並べられているようだ。よく見えたな。
「おや?お気づきかい? 実は見せたかったのはコレなんだ。僕は今『乾物屋』をやっているんだよ。初めは趣味だったんだけど、これがなかなか評判が良くってねえ。」
へえ、乾物屋。先程もエラく鰹節について語っていらっしゃるとは思ったけど、完璧に職人さんでいらっしゃったか。
「まま、ここで立話もなんでしょう?是非家に上がってちょうだいな。僕の自慢の数々を直接見せてあげたいんだ」
ジョンさんは両手を広げてそう言うと、家の戸へと手をかけた。
「きょん、きょん!ダリーン!おかえりおかえりおかえりおかえりきょ〜ん!」
と、同時に戸は瞬時に開き、中から突然抱きついてきた何かにジョンさんは押し倒されて、後頭部を強打し「アバッ!」という聞き馴染みのない奇声を放って意識を失った。
「も〜、待ったきょん!ダリーンったらまた定食屋さんに行ってたきょん?研究熱心は結構だけどたまにはミーの手料理だって食べて欲しいきょん……、いや、むしろミーを食べて……、今まさに美味しく熟してるきょん!食べごろ食べごろ!据え膳食わぬは男のなんちゃら、勿体ぶって旬を逃して消費期限の三日前、ああ!そうなる前に!そう…、ミーとダリーンの素敵痛快愉快絶頂なラブ・ロマンスという名のフルコースを朝までねっとり……、前菜からメインディッシュ、果てはそうドリンクからデザートまで!あん♡ミーの全てを召し上がれ……って、あ、あー!あーあーあーあー!ダリーン!ダリーンが女の子連れて来たきょん⁉︎それも二人!どういうこときょん!何をするつもりだったきょん!ハーレム⁉︎ハーレム計画きょん⁉︎浮気きょん!許せないきょん!磔刑きょん!最高裁、異議なし!満場一致!死刑!グギギ、コ、コロス!ゴロズウゥゥッ!ギルティ!ギルティ!」
……うわぁ。
ドン引きしてしまったが、この気絶したジョンさんを執拗に殴打しているきょんきょんウルサイ彼女もまた我々と同じ魔の類だ。
身長百八〇センチはある背の高い女性である。縦縞の入ったベージュのセーターを身につけているが、主に巨大な胸部のサイズに合わせたせいか、腕の方はダルダルだ。スタイルはいいだろうに、随分と姿勢が悪い。
だがまあ、別にそんなのはどうでもいい。
それよりも、彼女は今まで家にいたというのに、何故か特徴的な形の帽子を目深に被っているのだ。
その奇妙な帽子からは、奇天烈なテンションの割には生気のない青白いお顔にまで達する、これまた妙な長いお札が貼り付けられている。
ああ、コレはアタシでも知っている、昔映画で観たことある。間違いない、アレのイメージそのまんまだ。
彼女はキョンシーってヤツだ。
「イタタタ……!痛い!遺体!やめてくださいキョン子さん!誤解!誤解なんですって!」
「キー!嘘付きはみんなそう言うきょん!嘘付きはみんな嘘付ききょん!もう誰も信じられないきょん!アナタとミー以外全てを殺して、他の誰にも目移りさせずにミーの魅力を骨の髄まで知らしめた後、アナタを殺してミーも死ぬきょん……、ああ!なんと美しくも儚い悲しき愛の逃避行!愛とはまるで煌めくシャボン玉、二人はやがて天に昇りそこで未来永劫尽きることなくシアワセに過ごし暮らすのでした……。めでた死!めでた死!!」
「あー!ヤメテ!意外と痛い!それにその計画は唯のデストロイヤー、この世の終わりそのものです!やめ、痛い!遺骸と遺体!相変わらず鞭のようにしなるねその腕関節!人に殴られてるとは思えない!」
いやだって人じゃねーし。
というツッコミはさておきどうしたものか。
確かに言われた通り面白いモノは見せてもらってますが、多分違う、そうじゃない。
「おいおいダンナ、さっきからなんなんだその子は」
「ご、ごめんよ……まさかもう帰ってるとは、彼女はその、僕の……アポぁっ!」
「キー!何きょんこの女!ダリーンはミーのダンナきょん!こんな人臭いオンナの方がいいきょん⁉︎死ぬか答えるか生き絶えるか土に帰るか!選べきょん!ダリーン!」
首を何度かあらぬ方向へ折られながらも、今度はギリギリ意識を保ったジョンさんは死にそうな声で
「お嫁……さん……Death.」
と言って息絶えた。
「そ、そんな、うふふ、えへへ、改めて言われると照れるきょん……!」
アタシとマスターは顔を見合わせて、互いに肩をすくめると、そのまま呆然と沈黙していた。
◆
「ふむふむ、事情はわかったきょん。」
四十六の苦悶と五十二の責苦、八十七を超える臨死体験をジョンさんが終えて、数多くの説得と話し合いによりようやく話がまとまった。
未だに心中穏やかでない、だぼだぼ縦セタ巨乳人妻キョンシーに、玉露入りの冷茶を注いでもらってやっと我々は腰を下ろすことができた。
「魔物払いがお寿司屋やりたいだなんて、世も末だきょんね。」
おい、言われてんぞ。乾物屋やってるこの世の末みたいな魔物に言われてんぞ。
そんなキョンシーの彼女だが、どうやらこの日本に来る前にジョンさんが旅先でうっかり封印を解いてしまったらしく、そのおかげで活動が出来るようになったらしい。
その後は一方的な感謝の気持ちと、押し付けがましい上に重すぎる愛の気持ちから、ジョンさんの世界を巡る旅に同行するようになり、いつしかこの日本で籍を入れて今は夫婦共々乾物屋を営んでいるそうだ。
ちなみに、彼女の職人としての気質や実力はジョンさんに比べればまだまだで、今現在では主に食材の仕入れや経理などを担っている。
初見の印象やインパクトが最悪すぎて、警戒心以外の何も抱けないが、よくよく聞いてみればなかなかによく出来たお嫁さんである。
「それで、せっかく再会したついでにダリーンの仕事を見せに来たということきょんね」
奥様キョンシーは、いつの間にやら穏やかに冷茶を飲んでいるジョンさんの方をチラりと見ると、小さく吐息を漏らしてもう一度アタシ達に目をむけた。
「でも、残念だけどそれは無理きょん」
ぷいと顔を背けて彼女はそれ以上何も言わなかった。
「いや、どうしてですかキョン子さん!そんなケチンボしないであげてくださいよお。」
ジョンさんが肩を持ってゆらゆら揺らしてもしばらく反応はなかったが、やがてキョン子さんはその手を払いのけてジトっと見つめた。
「違うきょん。たしかに気にくわない箇所はいくつかあるきょんが、そうじゃなくて実は結構一大事なんだきょん」
「一大事……ですか?」
「……あまりお客さんの居る前で言いたいことではないきょんが、」
キョン子さんがそんな気遣いとかできたのか、とか失礼なことを胸に秘めていると、彼女は我々とジョンさんを交互にチラチラ見て、何度か唸った後にようやく決心をつけて口を開いた。
「……実は、この所ドロボウ被害に遭っているきょん」
思ってたより深刻だった。
「ど、ドロボウって、どういうことですか?僕は何も心当たりがありませんよ?」
おどおどと震えながらジョンさんはキョロキョロ見回して、明らかに挙動不振になった。
そりゃドロボウなんて物騒なものに不安や恐怖を感じるのは当然だが、ここまで長生きしているのだから、もうちょっと堂々としてほしいものである。
「フゥ、ダリーンはやっぱり目が節穴きょんね。そこがたまらなく可愛くて、好き!……毎日生産個数は同じにしているのに在庫数が日に日に噛み合わなくなっているきょん。会計ミスが仮に数回発生していたとしても、充分でかい被害になるきょん」
あれ、在庫管理までできてるの?思ったより優秀。
「いくらダリーンのお友だちとはいえ、ミーはまだコイツらのことは信用してないしできないし、そんな大変な時期に構ってるヒマはないきょん」
腕を組んでままつーんと目を背け、キョン子さんはそう吐き棄てた以降こっちを見ようとはしてくれなかった。
「う、ぅう……〜〜ん……!」
ジョンさんも頭を抱えて唸り声をあげると、我々の方にチラりと顔を向けた。
たしかにココまでズバズバと奥さんに問題点やら何やらを指摘されては、我々にどう顔向けしていいのかわからなくなるのも無理はないだろう、顔向けたところで包帯だから顔わかんねえけど。
はてさてどうしたものか。ちょっぴり、というかかなり気まずい空気になってしまった。こんな時マスターはどうお考えだろうか。
「ほっほー。しっかしキサマ、中々いい目利きをしているな。これ今日買ってきたヤツだろ?すごいな」
ちらりと目をやると、なんとマスターは今までの会話などお構いなしに、キョン子さんが置いたのであろうクーラーボックスを勝手に漁り始めていた。
「ちょちょ、ちよっと!何を勝手に人ン家の荷物を漁ってるきょん!放せ放せ!」
不安や疑問や猜疑心やらもどかしさが渦巻いていた空気と空間で、マスターはまったく別のベクトルを泳いでいる。
これは単純に空気が読めていないバカなのか、それとも全てを統べて知り尽くす故の達観なのか。
恐らく前者だろう。
「よし事情は大体わかった。んじゃ私たちがドロボウ退治してやるから、その後ダンナの仕事を見せてくれ。あと仕入れルートも教えてくれ」
「はあ⁉︎オマエ何を言っているきょん!どこから目線の何様きょん!図々しいの画像検索結果は間違いなくオマエきょん!」
うんうん、キョン子さんの言うこともその通り、その意見には海よりも深く頷ける。
だが、マスターの性格や性質、とくにその面倒くささは、アタシは良ーく知っている。
まず困っている人は絶対に助けようとする、知り合いや友人はとにかく大切にする、事件や揉め事は絶対に見逃さない、そしてやりたいことは必ずやる。
だから、この状況下でマスターがこう言ってしまった以上、もう止まることはないのだ。
その事件が解決するまで絶対に止まらない、残念ながらそういうヤツなのだ。
目をつけられたのが運のツキだった。不憫である。
かわいそうだ。お気の毒に。申し訳ねぇ……。
「よし!じゃあ決まりだな!決行は今夜!顔を洗って待っていろドロボウ共!」
「な、なーんで勝手に進めてるきょん!何が決まったきょん今の流れで!バーカ!」
二人の会話のやり取りを見て、あわわと慌てふためくジョンさんの肩をチョイとつついて、アタシは謝罪と哀れみと同情とその他諸々を含めた笑みを浮かべた。
アタシのその顔を見たジョンさんは、やはり何か思い当たる節があったのか、「あ。」と気づいたそぶりを見せた後、騒ぎまくる自分のお嫁さんをじっと見つめていた。
……さて、今夜、ドロボウには何て声をかけようか。