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とちがみさまのおはなし③

「助けてくれええええええ!帰りたいいいい!」

「ああァアァア……、終わらない、終わらない終わらない終わらない、いつまでもいつまでもいつまでもいつまでもァッ!」

「アーーーーーーー、まーーー」


いやー、働くって楽しい! 働くって青春だ!

 力を行使し、頭脳を回転させ、培った技術で目の前のタスクを処理していく、なんと愉快、やればやるほどに上達し、劣えることが決してない! このような素晴らしきことが他にあるだろうか? いいや、ない!

 生きるということは人の役に立つこと、即ち働くということなのだぞ!

 二十四時間三百六十五日、これだけ働いてもたったの一年か、うーむまだまだ働き足りん、まだまだ人の役に立ち足りんのう!


「よーし野郎共! たった今、日付が変わったぞ! 今日も働きまくろうぞ!」


「イーーーーーーーヤーーーーーーーー!」


 ここは、神役所(しんやくしょ)

あらゆるものの生命を司る神々が手続きを担う場所。

 生、死、転、浄

様々な魂の数量、鮮度、品質全てを管理し、それらのバランスを常に一定に保つための公務をするべく、複数の神々が配属された天上楽土。

 空課(そらか)水課(みずか)植物課(しょくぶつか)異形課(いぎょうか)動物課(どうぶつか)、そして妖魔課(ようまか)

 六柱の主神、通称"幻衆(げんしゅう)"がそれぞれを受け持って、地上に在る生命を全て管理しているのだ。


 その中でも、もっとも地獄に近いとされるのがこの動物課。

地上における生物といえばこの動物であり、その魂の形は様々で、水や植物と違ってとにかく種類が多くて面倒くさい。

 そのせいで、いつまで経っても業務は終わらず、その営みは今も延々と続いているのだそうだ。


「オオ……、もう、ダメだ……、残業二千十年目……、死ぬ……」

「コーラコラコラ!弱音を吐くなケルベロス? わっちが何故キミのような魔獣如きを部下に引き抜いて大切にしてきたか分かるだろう? キミは首が三つある。一つ寝ても仕事ができるのだぞ! やりたまえ」

「ハイ……」


 もっとも、この動物課のタチの悪いのは仕事の物量ではない、量だけで言えばおそらく植物課や水課だってそう変わらないだろう。

 

「主殿……、せめて休憩を取らせてください。もうかれこれ数百年何も食べておりません……」

「それはわっちも変わらんぞガネーシャ? 何よりキミはその太鼓っ腹を持って空腹を訴えるのか、君の信者に恥ずかしいとは思わないかね? その腕は何のためにたくさんある? その額の目は? やろうと思えば仕事をしながらご飯くらい食べれるのだぞ、修行が足りん、やろうと思いなさい。やりたまえ」

「……ハイ」


 動物課を統べる一柱、獣神(じゅうじん) 雅苑(がおん)


 その者こそ、全ての獣の起源にして頂点、原点であり特異点。

麒麟、キマイラ、幻獣、神獣……、呼ばれ方など様々あるが、神話において活躍する獣の大半は、此より産まれ出たものである。

 あらゆる獣に成る能力を備え、牛の顔に鹿のツノ、獅子の鬣に馬の四肢、蛇の尾を持ち象の如き力を振るい、人の頭脳で不眠不休で仕事に没頭し、またそれらを部下にも強制する悪名高い邪神でもある。

 人も皆、雅苑より産まれ出た子に過ぎず、いつまで経っても労働が改善されないのは、この神の性根が少なからず影響するのだろう。

 ちなみに、全ての獣の原点という性質上、何の姿にも成れるためちょこちょこ姿を変えており、今の本人のお気に入りはグラビアアイドルの身体にグラビアアイドルの四肢、グラビアアイドルの頭部に猫の耳、仕事ができそうとの理由から赤眼鏡をかけた姿で、かれこれ二万年ぐらいはこの姿で業務に励んでいる。


「主殿、来客です」


 すると、仕事現場のような地獄に声が響いた。

 雅苑に声をかけた彼の名は牛鬼。

もしくはミノス、タウラス、牛魔王に牛頭天王(ごずてんのう)、エピス神にインドラなどなど、各国で様々呼ばれ親しまれる力自慢の牛の魔神だ。

 鋼よりも屈強な肉体の割に、手先が起用で気が利くし、根が真面目で明るく仕事熱心。

趣味はお菓子作りで部下の信頼も厚く、必殺技は自慢の筋肉から繰り出されるビームだ。


「来客ぅ? それは申し訳ないがわっちは忙しい! キミで対応できないのであれば、三千体のアヌビスの一柱にでも回しておいてくれたまえ」

「……いえ、それが、既にアヌビス様にはお声かけしたのですが、対応は無理だと……」

「……ほう、それを直接言いにくるでもなく、コールするでもなく、キミを通してわっちに要請したと。なるほど彼の処分は考えよう、ご苦労」


 バリっと稲妻のごとき緊張感が周囲を包む。

 ただでさえ酷い業務だというのにそれに加え、上司の機嫌が大幅傾いた。

誰も何も言いだせぬ重い空気は、暗く淀んだ毒となって吸って吐くのにも苦労する。


「い……いえ! 申し訳ございません、私が雅苑様に直接伝えると言ったのであって、アヌビス様に落ち度はございません! 罰するのであれば私めを……!」


 しかし誠実な彼はその中でも頭を下げて謝罪した。

その勇気ある行動に魂を打ち震えられ、涙を流す者も居た。


「ほうほう、わっちは仕事熱心な正直者は好きなのじゃぞ? よろしい、キミのその熱意に応えよう」


 ――許された、彼の厚い信頼と真っ直ぐな姿勢はあの邪神にすら届いたのだ。

 感動的な音楽が流れ、職員一同拍手しながら立ち上がり、皆涙を流しながら頷き、指笛が飛びかう。

 それはしばらく続いたが、雅苑様の「仕事しろ」の一声で、皆即座に業務へと戻った。


 動物課の日常は、いつも地獄よりも辛く厳しく苦しいが、地獄よりかはよほど明るく愉快な職場である。


「……それで?アヌビスが対応できない来客とは如何なる者なのだ?」

「……はあ、それが、その――」


 牛の神がこっそりとその名を告げると、獣神は一つため息を吐いてすこぶるイヤな顔をした。


「……あのアホウか、……それはわっちが出ねばならんな。ミノス、キミもついてきたまえ」

「はっ、では代わりにアヌビス様を何柱かお呼びしましょう」

「……三千体全部じゃ。長くなりそうだからのう」



「よーし、ついたぞえ!此処こそ人々の夢見る天上楽土が一端、神役所じゃ!」

「うわー……、ふつー……つまんねぇ見た目きょん。なんかもっと無いきょん?」

「いかにもお役所って感じだねえ。お花畑とかサンズ・リバーはないのかな?」


 一方こちらはキョン子さん御一行。

天界と聞いてそれなりにワクワクしていたのに、黄金色の雲を抜けた先にあったのは灰色の大きな建物だけだった。


「そうケチつけるでない、お花畑に三途の川など古風。サムライとニンジャとカブキがスシ食う日本イメージみたいなもんじゃぞ」


 あ、そういう感じなんだ。

と、連れてこられた三人は頷いて腑に落ちないまま納得し、先導する土地神様の後ろをついていった。


 連れてこられた灰色の建物の内装は、なんとまあ役所。まごうことなく、なんの疑問を抱くこともなく、町の市役所だか公民館だかとなんら変わらないものだった。

 ただ、一見しただけでもなんとなく名前が分かるような天使や死神、それに女神や魔神と思わしき連中が受付をしてたり、何かの手続きをする物々しい変な空気だけはたちこめていた。


「動物課の雅苑様に繋いでくれ」

「はい、動物課……ですね。えーと、そうしますとこちらの受付番号札をお持ちになって、右手口へお進みください」


 うわー、普通。

仰々しい輝きを放つ妖艶な土地神様と、なんかRPGとかだったら魔王城の結界破るようなキーパーソンだろ、っていう感じの豪華な衣装の大天使様が普通に受付を済ませている。

 本来はこちら側が場違いなハズなのに、なんだか全くもってそんな気がしないのは何故だろう。


 そのまま右手口へ歩いていくこと数分、番号札を動物課受付に通すと、今度は個室の方へと案内されて、担当者の到着をしばし待つ。

 カシャニャンと土地神様が担当口に座り、ジョン夫妻はその後ろのソファへ腰掛けた。


「うー、なんか緊張してきたにゃ、お役所の空気はニガテにゃ」

「んむんむ、わかる、わかるぞ火車猫よ。我ら獣はやはり自由な自然の中で生きるもの、こうカッチリした決め事だらけのお役所なんぞ、やれる奴の方がどうかしておるんじゃ」


 火車の漏らした小言に土地神様がぼやいた途端、突然空気が凍りついたかのような緊張が走った。


「ほう、随分な口を利けるようになったのう、ヨーコ?」


 荘厳、流麗、豪勢、どう言葉で表現すべきか、まさに他の追随を許さぬ圧倒的なまでの神々しさ、お声一つ一つに強烈なパワーが込められている。

 みるみる青い顔になる土地神様の後方から、輝かしい光の如き神が静かに姿を現した。


「まっこと懐かしいのう、このクソ忙しい時にわっちを呼ぶとは、どこの誰かと思うて見れば、遠路はるばるお疲れ様なのだぞ」

「お、おぅ、あ、主殿(あるじどの)……?いや、また随分と若々しい格好じゃの、ネコミミと赤眼鏡、うん、トシを考えないあざとい可愛いさじゃ、な!」


 冷や汗ダラダラの土地神様の引きつった笑顔を前に、獣神様がため息をもらす。

 これぞまさに輝かしきゴッドブレス、背筋どころか身も心も凍りつく、冷たい怒りの具現化である。もはや氷属性の全体攻撃だ。


「……まあ、よい。キサマにも立場というものがあろう、聖裁(せいさい)はまた今度にしておいてやる。……しかし、相変わらず稲穂が如き尻尾だけフリフリしおって、ケモミミつけんかケモミミ。もったいない、のじゃケモミミこそ今の流行なのだぞ」

「いや、わちきもうそんなトシじゃないし、そういう子狐ファッションとかカンベンじゃ」


 神々があれこれやり取りをしている中、牛魔神ミノスも入室して全員にお茶を配った。

 お茶を渡されたキョン子さんは、その七尺はあろう身の丈の威圧にビビったが、彼の仏様よりも優しい微笑みを見て警戒を解き、ジョン・ドゥは軽い談笑を交えていた。


土地神(とちがみ)憑狐(よーこ)様、あの方は我々動物課の神々の中でも特に強力な狐の神様でして……、過去に色々やらかした有名神(ゆうめいじん)といいますか、問題神(もんだいじん)でしてね、我らが獣神雅苑(がおん)様の一番弟子なんですよ」


 ミノスは大きな身体に見合わずこっそりと二人に告げ、優しい目で微笑むとそのまま獣神様の後ろに待機した。


「それで、土地神の引き継ぎ手続きをしたいと。なんだヨーコ、わっちがせっかく与えてやった仕事を放棄するとは、こりゃ神性失った後ロクな死に方しないのう?」

「まあ、わちきにもやりたい事が出来てしもうた故な、こうして後任も連れてきた。もちろん肝の二、三は覚悟の上じゃ、すまんの」

「よきよき、地上はキサマに一任したが、これまで随分よくやってくれた。やりたいことが見つかったのならそれは喜ばしいことなのだぞ、キサマはいつもぼんやりしておったからのう、精々頑張れよ」


 先程までの動物課とは打って変わって口調もくだけ、愛する古弟子を前に上機嫌な獣神様の様子を見て、ミノスはほっと胸を撫で下ろす。

 もし仮にこの二人が喧嘩しようものなら、それこそ他の課の幻衆(さいこうしん)の力を借りでもしないと収集つかなくなる。

 だが、現状どうやらその心配もなさそうだ。


「それで、後任はこのネコちゃんでいいのかの? 半妖とはヨーコに似てロクでもないの〜?」

「う。土地神様に色々お世話になりました。にゃーも頑張って土地神様としてがんばりたいです」

「おー、そうかそうか()い奴よのう、なんだヨーコ〜? こんな可愛い弟子取りおって、わっちに写メぐらい送らんか〜?」


 獣神様は、まるで孫にデレデレの祖父母のようにカシャニャンを撫で回し可愛いがっている。

 流石借りてきた猫、猫を被る天才である火車だ、上手に喉を鳴らして獣神様に媚びて甘え尽くしている。


「さて、それではミノ。資料の方はどうだ? このネコちゃんの魂データは算出されたかね?」

「はっ、こちらに。……しかし、これが少し妙でして……」


 厳つい牛の神が、ノートパソコンのような神器を片手に獣神様に資料を見せる。

 すると、その様子を見た途端土地神様は尻尾をぴんと立て、笑顔を保ったままダラダラと冷や汗を流し始めた。


「こちらの猫の(かた)、半妖であるとはいえ、一度命を失っている記録がありましてですね」

「……む?」


 土地神憑狐(とちがみよーこ)の懸念はこれだった。

 あの死神モードのエクソシスの所業こそは神の記録であり、その者の魂の記録には明記されないようで、カシャニャンには死の記録がついたままになっているのだ。

 死んだことになっているのに、死んでいない。こうして元気に甘えている。

 もちろん命の蘇生など許されることでない禁忌であり、全ての生物は結果がどうあれ、"死した者が同じ形で生き返ることはあってはならない。"

 未練を残した魂が妖魔と転じることはあれど、それはそれで神役所の妖魔課の方で管理し手続きを行っている。

 つまり管轄外のイレギュラー、謎の不正技術であり、ましてやそれを後任にしようとは些か分が悪いのだ。

 正直に言ってしまえば、それはエクソシスの厚意が神々に誅されることになる。

 彼女の存在がどうであれ、火車猫と不甲斐ない自分、両方の恩人として彼女にこの問題を持ちかけたくはない。


 火車猫に『どれだけ適当な生き方をしようとも、義理人情だけは果たせ』と説いたのはわちき自身だ、ならばこの義理は果たさずして何が恩義になりましょうや。


「ヨーコ、これは如何なる事じゃ?説明を」


 声も調子も整え、獣神は土地神へ迫る。

その気迫はやはり畏れ多いを越したものであり、さすがの土地神の肝もみるみる内に冷え縮こまっていく。


「い、いやー、そ、うなんじゃよ主殿、いや実に不甲斐ないことにな、わちきの気づかぬ間にこの火車猫は何故か蘇生したんじゃよぉ〜、半妖の力か何か原因が解せぬ故、口を出すのも如何と思うてな、いやしかし? 魂の復活とは(これ)まさしく神の権能、生物の枠組みを超えたのならばあり得ぬ話でなかろうて、もし神の素質が少なからずあったのならば? それを猫の生命の基準で判断するのも不如意かとな、しかし一概に判断はしかねる故の〜、いやこりゃ参った」


 目を泳がせ、何度も言葉に詰まりながら土地神は述べる。

 苦しい、明らかに苦し紛れの言い訳。

見苦しい程みっともない、無駄使いのバレた子供のような、なんとも酷い拙い言い訳だった。

 もっと上手い言い方あるだろ、固唾を呑んで見守るキョンシーと火車と牛魔神は、同じ意見を胸の中で述べた。


「成程のう……、まあ前例の無き事態じゃ。其れならば確かに土地神たるキサマが弟子取りして、目の届くところに置いていたというのも理解できよう」

「さすが主殿、我が尊敬する恩師よ。わちきとて多忙な主殿の手間を取らせたくなど無い、どうにかわちきで対処しようとしたが故の事、責任はわちきに在る。やはり肝の一つ二つは持っていかれても抗えぬ」

「ああ、いや……、それは言った手前、なんとも、現にこうしてわざわざ報告には来てもらってるワケだしのう……あと肝は普通に要らんし」

 

 さすがはお堅い仕事神(しごとじん)、虚偽申請を受けることに慣れていない。

 説明しようの無い不可思議な事、として理解を示してくだすった以上、このままゴリ押しで通せばなんとかなるだろう。心が痛い。


「とは言え、とは言えのう……、全ての獣の最高神として、確証なき者に地上を任せるワケにはのう、キサマの推薦とはいえ蘇生など生命を愚弄する行為に他ならぬからのう……、空課のアホウドリでもあるまいし……、うーむ、やはり一度地獄や妖魔課を通して浄化せすべきではないかのう?」

「ム……、しかし、火車猫は不出来なわちきよりも優秀な神材(じんざい)じゃ、それを手放すのは……、」


 土地神が劣勢からの大逆転を目指し、これまで培ったあらゆる語彙(いいわけ)を練ろうとした時、


「無礼を承知で失礼します! 主殿!緊急事態であります!」


 個室のドアが勢いよく開き、屈強な肉体とジャッカルの頭部を持つ冥界送りの神、アヌビスが吠えた。


「なんなのだ騒々しい、今こっちは大事な話をしているのだぞ、しばし待たれい」

「いえ! そういう訳にもいかず! 主殿が席を外してから、まだ数分ですが! 詳細不明のエラーにより一時的にサービスが途絶え、既にパンクしかけであります! このままでは魂サーバーが落ち、緊急メンテナンス突入で取り返しのつかないことに……!」

「なんとー⁉︎ ミノ!一時客人はキサマに任せた!」


 吼告(ほうこく)を受けた雅苑様はイスを立ち、部屋を飛び出すと走って動物課の方へと向かっていった。

 あまりの神速に呆然とした土地神様とキョン子さん達も、慌てて後を追う付き添いのミノスとアヌビスに案内してもらいながら、部屋から飛び出していった。



「ええい何をしておるのだ、わっちが席を立っただけで不甲斐ない!」

「オオ……雅苑様……、我らはもう限界です……、対応が間に合いません」

「根性みせんかバカモノーッ! まったく、まったく仕様のないヤツらなのだ!」


 動物課に着くなりドアを蹴り破って獣神は吠える。

 牙を剥き出し瞳孔を開いて自身のデスクに向かい、現状を把握すべく神器を展開すると、そこには信じられない量の未処理のデータが滞っていた。


「うげぇーッ!なんじゃこりゃーッ!」


 最高神ですら思わず嘆くほどの物量、形容しがたいその絶望を前に、もし人の身であったらとうに投げていただろうと物騒な事を考える。


「うしさん、ここは何の仕事をしてるにゃ?」


 血相を変えて業務に戻ってしまった獣神様に声かけなどできず、カシャニャンはミノスに質問した。


「え? ああ、ハイ。こちらの神役所 動物課では、地上の動物の魂を集計し、死の量と生の量を一定にする仕事をしています。

そうですね……、例えば、決められたヤギの数よりイヌの数が少なかった時などは、ヤギの魂をイヌに変換したりする、といった業務です」


 緊急事態であるにも関わらず、真面目で誠実な彼からは真面目な答えが返ってきた。

今、来客を任されているのは自分なのだ、という責任感の強さと冷静な判断力が見受けられる。


「ふーん、その集計って在庫管理みたいなものにゃよね、じゃあヤギをイヌにするんじゃにゃくて、ヤギ魂を無地にして、無地をイヌ魂にすればいいんじゃにゃい?」


 最近やり始めた品出しと在庫チェックの業務に似ているな、と思ったカシャニャンはポツりと呟いた。


「そーすれば後はリストアップして平均値とって、無地をたくさん詰めたサーバーから足りないところに自動振り分けすればいいんじゃにゃいの?」


 カシャニャンの言葉を受けて、神々の手が止まり、世界は一時(いっとき)呼吸を忘れ、静寂に包まれる。


「そ、……そ、それだーーッ!」


 獣神が吠え叫び、再び神々が動き出す。


「イケる! それならイケるぞ!」

「オーケー!構築始めろ!動け動け!」


 羊の神が即刻巨大新サーバーを立て、猛虎の神が滞った魂をすべてそこにブチ込み、白馬の神はそれらを無地に変換して貯蔵する。

 それと並行して象の神が全動物のリストアップ作業を終え、鹿の神により現時点での生存個体数、累計死亡数の平均が導き出された。

 そしてそれと同時に熊の神による自動振り分けプログラム構築も終了し、獣神様がすぐさまそれらを適応させると、滞っていた魂は一切の流れを止めることなく振り分けが開始された。

 まさに神業、抜群のチームプレイ。

ありとあらゆる神々の権能を合わせ、仔猫の提案に全力で乗っかった。

 三つ首の魔獣が動作の安定を見守ること二十分、神々の数千万年続いた残業はついに終わりを迎えたのだ。


「アァ……、終わった……、ついに仕事が終わったゾオォォォッ!」

「神!おお神よ!あなたが神か!」

「マーーーーーー!あーーーー!」


 神々は声高らかに祝福を謳い、酒を掛け合って喜びを称える。

 どこからともなくファンファーレが鳴り響き、紙吹雪が舞って胴上げが始まって指笛も飛び交う。


「あれ? もしかして、余計なことやっちゃったにゃ?」


 異世界に降り立った何の変哲もない雑魚

が、強大な力を借りてたった一つの提案で戦況をひっくり返す。お前はラノベの主人公か。


「大義であるぞ猫よ! どうじゃ主殿(あるじどの)、開いてみれば単純なことであったが、それを開けることが出来る者は多くない、まごう事なく神の器はあるじゃろうて!」


 ここぞとばかりに憑狐(よーこ)様は雅苑(がおん)様へと詰め寄る。

 職員一同もガヤガヤとカシャニャンを囃し立てていたが、獣神様の咳払い一つでしんと静かになった。


「各々の言いたいこと全てを代表し、改めて礼を言おう猫の者よ。その働き、見事であった。これからもキミの力を頼りとしよう」


 数万年以上勤めてきた者も初めて目にした奇跡がそこにはあった。

 あの邪神が深々と頭を下げて礼を述べ、手を差し出したのだ。


「う。にゃーで良ければ頑張るにゃし。よろしくおねがいします」


 火車、いや土地神カシャニャン様は獣神雅苑様の手を取り、真っ直ぐな瞳で見つめると深く頷いた。


 すると再び職員一同騒然となって、新たなる神の誕生を祝した。

 

「よっしゃああ!これでわちきも土地神の任終了じゃあ!隠居じゃ隠居〜」

「アホウ、しばらくはキサマが面倒見んかい。キサマは半神にするとして、地上の責任全てはまだしばらく任せよう」

「ウソじゃろ⁉︎ 条件劣悪になっただけなんじゃが、じゃが!」


 狐の思惑(おもわく)だけは上手くいかなかったようだが、無事土地神の引き継ぎ手続きはこれにて終了した。


「なんかよく分かんないけど、やーっと落ち着いたみたいきょんね、どこで出そうか躊躇っちゃったけど、ようやくコイツの出番きょん!」


 すると、これまですっかり空気だったキョン子さんが風呂敷包みを取り出して広げた。

 途端に広がる甘い芳香、鼻のいい動物課の神々はその蕩けるような夢心地にしばらく恍惚とした。


「差し入れで焼いてきてよかったですねえ、さて、それじゃあ皆様もお一つ如何でしょうか?」


 続けてジョン・ドゥも同じく包みを開く、その正体は他でもない、かつて伝説のエクソシストをも唸らせた、究極の出汁巻玉子だった。


「いただきます!」


 腹ペコの神々は皆すぐさま飛びついて夢中になって食らいつき、満開の笑顔をそこいら中に咲かせていた。

 酒は飲め歌は歌え、新たな神を祝う宴は大いに盛り上がり、指笛もとんだ。


「ほう、美味いものを食うと、皆こんなにも元気になるのだな」


 喜びに打ち震える神々の狂宴を遠巻きに覗いて、獣神は壁を背に佇み、一人腕を組んでポツリと呟いた。


「そうじゃぞ主殿、現世には寿(いわいごと)(つかさど)る、と書く大変縁起の良い食べ物があるのじゃ、……今度一緒に食べに行こうか」


 すると、だし巻き卵をくすねてきた狐は一つを獣神に差し出し、隣に並んで自分の取り分に(かじ)りついた。


「ほう。……ま、それは暇が出来たらだのう。その時は"キサマのも期待しているぞ"」


 雅苑様は狐から玉子を受け取ってかぶりつき、あまりの美味しさに驚きつつも、声にその感情は乗せることなく、バカ弟子相手に励ましの声をかけてやった。


「……さすがは我が師、神は全てお見通しというワケか。まあ、その日が来るまで、精々お腹を空かせておくんじゃな」

(さえず)るな雑種。……ほれ、キサマも皆の所へ行くがよい。わっちはシステムの安定を見守るでな」


 狐の背を蹴り、獣神は自分のデスクへと向かって歩いていく。

 憑狐(よーこ)はその背中にひらひらと手を振って、細い筋の涙をうっかり零した。

 神の身を棄てたものが、最高神と再び会える確率など、宇宙に落とした砂粒を見つけるよりも困難であろう。

 神の一呼吸こそ人の一生、互いにもう会うことなど二度と無いのだろうと、ふと思い返すと胸が感情に溺れ、身が裂かれてゆく思いに流される。


 ああ、神よ。我が師よ、感謝します。

 獣か人か妖か神か、何もかもが中途半端だったこの身は、あなた様のおかげで一つのカタチを得ることができました。


 さようなら、愛しい方。また逢いましょう。


――――。

 

「主殿、それともう一つ、念のため保護者お二人も調べたのですが、お耳に入れておきたいことが……」


 引き継ぎ手続きとそれに伴う新神祝いの席を終わらせ、新たな土地神とその保護者も地上へと帰り、職員も皆眠りにつく中、雑務処理を行う獣神にミノスは資料を一つ見せた。


「……むむ? なんだねこれは、ご婦人は妖魔課の対象として、ご主人の方は寿命が設定されていないではないか、誰だねここの担当は、これでは何年経っても死ぬことがないじゃないか」

「……はい、仰る通りです。……しかし、その、大変申し上げ難いのですが、この方の設定をなされたのは雅苑様です……」

「なんと」


 ジョン・ドゥ。正体不明の死なない旅人、神の地へと足を踏み入れ、新たな神の誕生を目撃した、唯一の人。


「……まあ、よい。誰しもミスの一つくらいある。寿命がないだけで死なないワケではないのだろう?」

「ええ、まあそうですが、……主殿がソレを言ってしまうのですか」


 神々の不手際と、ほんの小さな気まぐれで紡がれた、終わりのない小さな小さな人の命が、これから先どう輝くのか。


不思議なことに奇跡というのは、いつもそんな所から顔を出す――。

大幅更新空いてしまって申し訳ございません。


取り急ぎ遅れた分も執筆して参ります。

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