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とちがみさまのおはなし②

 質よし味よし値打ちよし、うんうん流石は見込んだだけのことはある、中々いい目だセンスだ直感だ。

 この短期間でよくぞここまで、と褒めてやるのが良い先輩、どこの国でもどの血液型でも、何月生まれの男女問わず、褒められて嬉しくない者など居るわけない。

 褒めて伸ばす、という言葉があるけどそれは適切でなく、正しくは褒めて喜ぶ、だ。

何を偉そうに伸ばすとか言っちゃってくれてんの、褒めてその成長を一緒に喜ぶ、喜び方を見せてやるのも正しく良い先輩の在り方きょん。


「ごめんくださーい」


日も暮れつつある宵の刻、こんな時間に戸を叩く客とは珍しい。


「はいはーい、ネコ。ミーは今ちょっと手離せないから、悪いけど出てもらって良いきょん?」

「うー」


 今はネコに魚を買いに行かせ、作らせた干物の質の確認作業中。

 ネコのクセに背筋を伸ばして正座して、柄にもなく緊張しているネコを一度立たせてやり、少しでも張った気を緩めさせて解きほぐしてやる。

 ふふ、どうやらミーも頼れるオトナの女性になる時、無駄乳ハイテンションマジキチイカレ人妻キョンシーも卒業……か。


「やあ、火車猫。息災かえ?」

「う。神サマにゃ、げんき?」


「エーーーーーーーーーッ!!!?!?!?神サマぅうぁぁぁあああああああああああああッッッッ!!!??!?????」


その日、ネコは招き猫としてのご利益を得た。



「いやー、長いこと生きてきたけど、神様のお客さんは初めてだよー、お茶でいいかな?」

「うむ、心遣い感謝致す。其方にも世話になったからの。あ、こーしーがあればそっちの方が好きじゃ。甘めの」

「う。神サマは昔から砂糖二個とたっぷりミルクにゃ。淹れてくるにゃね」

「ハイハイハイハイハイハイハイッ!ストーーップ!ちょつと待った、待ったウェイトストップオーケー? 神、神サマってあの神きょん⁉︎神きょんなあ神!あの、バケネコがどうでわけわからんあのすっごい、あの神、神きょん⁉︎え⁉︎神⁉︎なんで神相手にこんなまったり営業してっきょん⁉︎はあ⁉︎え、ちょ待っ何⁉︎何かやっぱミーまずいことしたきょん⁉︎あのバケネコやっぱブン殴ったのがアレしてこーなってっきょん⁉︎ンヒーー!お命だけはどうか、どうか〜〜!あれ? ミー一回死んでるし今お命とかあるきょん?え?」


 実に激しいキョンシーの唸りが、客室中に響き渡る。

 ココは働く人がクレイジーなだけで、なんの変哲も無い乾物屋。

お察しの通り、ちょっと前にエクソシス達が訪れた、あの愉快な二人と一匹のお店である。

 土地神の来訪により急いで店を閉め、その神を前に主人のジョン・ドゥと、キョン子さん、それにカシャニャンは正座で対面する。

 厳かな覇気を放つ目の前の神は、指先一つ動かしただけでも容易く心臓を射止めるだろう。

以前対峙した自称神のバケネコとは、それはもうとてもじゃないが比べ物にはならない。


「まあまあ、気持ちも言いたい事もイマイチ解せんが、そう取り乱さんでも良い。とって喰おうなどとは思うておりゃんせん」

「ほぇ……、ホントきょん? 良かった、さすが神、話が分かるきょん」

「んむんむ。それに、あのバケネコであれば、わちきなりに落とし前はきちんとつけた。其方らには随分と迷惑と世話をかけた故な、こうして(じき)に礼を述べに来たのと、一つ願いを申し付けたくての。あの悪魔祓いはもうおらんようじゃが」


 土地神はそう言って、カシャニャンが淹れたコーヒーを静かに啜った。

 見目麗しい妖艶な美女が、異様な装飾が仰々しく彩られた金色(こんじき)の着物を羽織った神が、やっすいインスタントのあまったるいコーヒーをふーふーしながら飲む光景は、中々にシュールである。


「おねがい? アイツの連絡先にゃら知ってるし、すぐ出れると思うにゃけど、でんわかける?」

「いや、よい。彼奴(きゃつ)が居ないならそれはそれでむしろ好都合じゃ。火車猫の身は、今は其方にあると見て良いな?」


 火車の提案を逸らし、コーヒーに舌を焦がしながら涙目で問うた視線の相手は、事もあろうかキョン子さんだった。


「え、えーと、一応そういうことになりますきょん。最終的にはエクシーに譲り渡すとして、今は一応ネコの雇用主はミーになってますきょん」

「ほほ、それは話が早そうで何よりじゃ。あの悪魔祓いだと、何かと面倒ごとになりそうじゃからの」

「う、同意」

「それは右に同じく」

「きょん」


 満場一致でエクソシスをディスったところで、緊張は解きほぐれて会話に花が咲く。

神を前にリラックスできる代償が、彼女がどこかでクシャミをするぐらいの些事であれば、それは破格のスーパーセールだろう。


「さて。では、本題じゃが……、火車猫よ。おヌシ、わちきの代わりに土地神(とちがみ)をやってはくれまいか?」

「え?うん。いいにゃよ」


…………。


……へ?


「オカミさん、にゃー土地神だって。やってもいいにゃ? ねーねー?」

「え、きゅーに言われても。もー、しょーがないきょんね。ちゃんとお店の手伝いと両立するきょん?」

「う。頑張る」

「いや、あの、ちょちょちょ、ちょっと待ってくりゃれ? わちきの想定と大分ズレとるんじゃが、じゃが! そんな運動部か何かに入るような気構えで、え?決断早すぎるのではないかえ?最近の女性(にょしょう)ってそういう物かえ?うっわー、逞しい子に育ちおって、わちき感嘆」


 話が迅速に進むとは先程に神も述べたばかりであったが、よもやこれほどまでとは誰も思わなかっただろう。何せ神が把握してないのだ。

 呆気にとられた神は、ばたばたとしばらく慌てふためいていたが、口をぽかんと開けてこちらを見つめるカシャニャンの瞳に当てられて、この気の持ち方こそが神の器であり、自分が推薦すべき所なのだろう、と無理矢理言い聞かせて一人何度か頷いていた。


「……こほん。(こころよ)い返答、しかと受けたぞ火車猫よ。しかし、土地神の任は中々に険しい道ぞ」

「う。例えば何するにゃ?」


 土地神様は一度崩れた威厳をあっという間に取り戻すと、厳しい目付きと低い声で火車に忠告をする。

 流石にそれには少し怯んだのか、カシャニャンもいつになく落ち着いた声色で質問した。


「ふむ、所謂(いわゆる)御都合主義神力(ゴッドフォース)を用いて、土地の龍脈、万物の生命回路、(あやかし)とそれ以外の規律や秩序等を、(つまび)らかに把握し、(これ)らの均等を(たも)たねば()らぬ。即ち力の維持こそが土地神に課せられし宿業(しゅくごう)なのじゃ」

「ん……ん。その、力はどうすればいいにゃ?」


カシャニャンは一度難しい顔をして頷くと、もう一つ質問を投げた。

 そのゴッドフォースとやらを細かく使ってあれこれしないでも、とりあえず溜めておけばいいことは分かった。

あとはその溜め方である。様々試練を課す立場である神が大変というものなのだから、それはそれはさぞ苦労するのだろう。

 普段からぽわぽわしている言動の火車も、普段からメチャクチャなテンションのキョンシーも、さすがにそのことは理解しているようで、生唾をゴクリと飲み込むと、静かに神の返答を待った。


「よくぞ訊いた。(これ)ぞ中々どうして難業極まる神の御心(みこころ)じゃ、……なんとな、毎朝五時に祈りを捧げるのじゃ!」


…………。


ふーん……。


 神があまりに仰々しく物を言うものだから、何事かと思えばそれは実に些細なことで、事象の大きさの備えに対する誤りに空間的齟齬が生じた結果、世界は思わず時を止めた。


「う?それだけ?何分くらい?」

「そ、それだけって、ヌシ正気か⁉︎五時、五時じゃぞ⁉︎朝五時キッカリに二分もの間、天に祈るのじゃぞ⁉︎ 晩秋とも成ろうものなら、太陽の奴より速やかに起床せねばならんのじゃぞ、それも毎日……。うっかり寝ようものなら最初から……!おお……、なんと恐ろしく困難な業……!主殿(あるじどの)も意地が悪い……、よよよ」

「だいぶチョロいにゃ。え?神サマもしかして神サマ向いてにゃいの?」


 え?嘘、神ショック。これでも数百年ぐらいかけて、天で毎日叱られながら功徳(くどく)つむつむしたんじゃけど。


 放心する神をよそに、毎朝四時起きの乾物屋達は、それなら車の移動中にも出来るなどと言い始め、土地神は自身のこれまでの権能を指折りで一つずつ数え始めた。


「なんだか、驚くほど話が早くまとまったね土地神様? 店主である僕が口を出す暇も無かったくらいにはさ」

「……お、おぅ。コレがじぇねれーしょんぎゃっぷ、かるちゃーしょっくと云うヤツじゃぁ……」


 店主のジョン・ドゥはコーヒーのおかわりを注ぎ足して、布で覆われた顔で微笑みかけた。

 土地神は軽い会釈をすると、クラクラと混乱した自らの脳にカフェインを流し込んだ。

その姿には、もはや威厳とか呼べるものはなく、むしろ今までの圧との高低差によっては、その辺を歩く普通の女性よりヘッポコにも見える。


「じゃー、もう明日からにゃーが土地神やるにゃ?」


 気を利かせたのか、カシャニャンは土地神様にお茶請けを用意しながら、テキトーな態度で質問した。


「あいや、実はそういうワケにもいかぬ。日の国は何事も総じて役所で管理する故な、神役所(しんやくしょ)に行って、わちきの土地神(とちがみ)利用所持(りょうしょじ)許諾証明書(きょだくしょうめいしょ)を返上して、火車猫に引き継ぎの手続きをせねばならんのじゃ」

「うわぁー、神サマになってもそういう書類あるきょんね、ある意味親近感というか、どこまでも融通利かないというか……」


 日々、源泉徴収票だとか市民税住民税納付書だとかの書類関係に頭を悩ませているキョンシーは、その話を聞いて今日一番の恐怖をしていた。世知辛い。


「斯様な事に成る故すまんが、このまま保護者同伴で同行を願っても良いかの? 書類関係に諸々記載して頂きたいのじゃが」

「うん、勿論構わないよ。あっ印鑑とかウチのでいいのかな、カシャニャンちゃんのとか作ってないよね、キョン子さん」

「ダリーン……、向かうのは神役所で神様に同行するきょん。そんな朱肉で書類の本人証明するようなクソシステムは採用してないと思うきょん……」

「オカミさんのてんそんが低いにゃ、書類関係やっぱたいへんにゃんね」


 やれやれ、神々の集う場へ向かうというのに、なんじゃこの肝の据わりようは。


 ……まあ、ここまで会話続きでなんじゃ、一気に飛んでいかないとそろそろ飽きられてしまうからの。


もうちっとだけ付き合うて? おねがい♡

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