ベペベペネルと後日談
柳葉大将の真相を告げられたアタシとマキラさん、そして鎌鼬くん(名前募集中)の驚きたるや、そりゃもうとんでもないこと。
中でもマキラさんのショックは相当大きかったみたいで、彼女はもうそれは一早く既成事実を作って、肌と肌を重ねて子を孕んで家族計画の未来も視野に入れていたようで、終始「マジかー……」としきりに呟いていた。
鎌鼬くんも、とりあえず剣の修行をして、もう一度大将に挑むことを目標に掲げたばかりだったらしく、「ボクもここで働こうかな……」と魂の抜けた声で語っていた。
ちょこちょこ大将は極楽浄土からこの店に来るそうだが、残念ながらこの店の責任者は全てマスターとなる。
ここで困るのはこの店の置く場所なのだが、なんとこの世界が戻った時、この店のある場所は既にダムの底なのだそうだ。
いやいやそんなのどうするんじゃい、と頭を悩ませていたところ、突如として助け舟を渡してきたのが、
「イエス、お任せくだせえ。まいろーど」
こいつである。
「ワタクシはベペベペネル。いえ、正確に言えばワタクシに名前は御座いませぇ。たまたまあった異国の人形の名を拝借してるが故にすぎねぇです。主たる神の遣い、妖怪『座敷童』にてございやし。」
話を訊くに、ジョン・ドゥの旦那から頂いたこの奇天烈な人形は、異国で神の力を降ろす触媒として祀ろう物であるらしく、たまたまどっかの神がコレに力の一部を吹き込んで独立させた妖怪らしい。
そんな神の知り合いなんて居ただろうか、と頭を捻ってみたら、心当たりは一応あった。
「主たる神の喜びは、あなた様方の喜びと伺っておるです。主たる神の喜びはワタクシの喜び、故に協力してやるです」
座敷童は、家や屋敷に幸福を与えるという妖怪で、その力により、大将の店の運ランクが破格な数値に跳ね上がっている。
そう、それこそ例え何があろうとも破壊されず、都合の良い感じで留まる状態にベペベペネルさんがしてくれているのだ。
というわけで、当店エクソ寿司本店は、この現世とちょっと離れたいわゆる異空間に存在している。
一応妖怪さんなら割と簡単にアクセスできるそうで、お客様の入りもそこそこ。
カシャニャンもこちらに少しずつであるがバイヤーとして鮮魚を卸し入れ、ランチ帯など混み合った時は手伝ってくれるらしい。
座敷童にはお金についてもまつわる話が多く、なんとコイツはいわゆる妖力を金銭へ変換できるのだ。
この能力のおかげで、文無しの妖怪でも一部妖力を金銭へと変換することにより、お寿司の支払いが可能となっている。
それでも真面目に金銭を得ようとバイトをしたい、これをキッカケに人間界のグルメを味わうために金が欲しい、という妖怪もチラホラいたので、そういう子達には全国津々浦々に散ってもらい、人間のお客様を呼び止めするキャッチの仕事をやってもらっている。
もはやこの寿司屋そのものが一つの怪異なので、噂や口コミ、都市伝説として広まれば広まるほどに繁盛する、まさに夢のような画期的システムができあがったのである。
とはいえ、まだ職人さんはマキラさんと見習いの鎌鼬、それと有志のバイト数名しか居ないため、そこまでお客様を通すわけにはいかないのだが……。
そこは週一で来る、柳葉総料理長の指導の下、時間が解決してくれるだろう。
そんな感じで念願の一号店は、店長マキラ、オーナーエクソシスといった具合で、しっかりと人々にシアワセを振りまき始めている。
LINEグループにも新しくメンバーが多数追加され、随分と賑やかになった気もする。
さて、そんな新装開店を迎え、数ヶ月も経たぬ内に我らいつもの二人は変わらず旅を続けている。
目指すは究極のお寿司屋さん、しかし現在入手しているものは、せいぜい干物とバイヤーと包丁くらいで、まだまだ究極と呼ぶには程遠い。
異空間へはいつでも飛んでいけるので、何かあればすぐに直行、何もなければそれで良し。
下手にマスターが首を突っ込んでも大変ですし、さらなる発展のためにまだまだ歩くのだ。
ちなみに誰に交渉を持ちかけてみても、マスターのサポート役はことごとく断られ、結局ついて回るのはアタシだけだった。とほほ。
◆
小鳥もさえずる穏やかな昼下がり、連日怒涛の忙しさに比べると、少々物足りないなんていうおこがましい錯覚に捉われそうになるほどの、平穏でのんびりとした活動。
妖魔だ、陰陽師だ、わけのわからんアイテムだ、とそんなものなどありはしない。
道行く人々と何度かすれ違い、時よりコンビニや喫茶店なんかに訪れては甘いものを食べて、写真を撮ってSNSにアップしてみたりとか、こういうぽかぽか陽気でのんびりとした旅であれば中々悪くない。
「うーん、いい天気ですね〜!」
とは言え、憎き太陽光線を遮るように、パーカーのフードを被ってはいますけどね、うふふ。
アタシは上体を反らして天に向かって両腕を伸ばした。
その視界に映るのは青い空に白い雲、はばたく小鳥に穏やかな風、謎の光を放つ銀色の物体、点滅する三色の光、山の方へと不規則な挙動で墜ちていく銀色の物体、響きわたる爆発音と山から立ちのぼる細い黒煙……。
よし、今日はもう帰って寝ましょう。
「おいワイト! 今の見たか⁉︎見たよな!空飛ぶ円盤だぞ!」
「いいえ違います。あれは木の影です」
「音! すごい音したぞ今!」
「おちつくんだ坊や。枯葉が風で揺れてるだけだよ」
「昔見た未確認飛行物体みたいなの落ちてったよな!」
「昔見たんじゃ未確認じゃないですし、落ちてったんなら飛行物体じゃないですね。はい、論破。じゃあゲーセンにでもいきましょう」
「ヤバいって! 黒煙だぞ!山火事になって騒ぎになる前に私らで隠蔽すべきだって!」
……たしかに。ぐうの音も出ない正論についつい息を飲み込んでしまったが、そんな正論をふりかざす割には嫌に目がキラキラしている。
期待と好機と興奮に満ち溢れた、少年のような瞳だ。
アタシはこの眼をしたマスターに、今まで何度も散々な目にあってきた。
ましてや今度の相手は妖怪だの陰陽師だのそんなチャチな騒ぎじゃない、未確認飛行物体だぞ。
どんな面倒に巻き込まれてしまうんだ、考えるだけで目が回る。
「……いきますか」
アタシがもし、ミス・亡者コンテストに出場していたら優勝間違いなし! といった美声でそういうと、マスターはアタシの手を引いて信じられない速度で走り出した。
ああ、グッバイぽかぽか陽気。
さようなら、穏やかな昼下がり。