エクソシスとお寿司クエスト
まったく、上司というものは横暴だ。
部下の面倒こそ見るが意見は聞かない。
いつだって自分で答えを最初から持っているのに、わざわざ問いてみたりして、それで結局自分の都合や意見や考えを押し付け、上司の圧で振り回す。
だからといって、自分が率先して動くかと言われればそうでもないし、実際そうやって人を使うとか動かすとかが出来るのかと言われれば、答えはNOだ。
部下というのは、そんな上司という猛獣を相手に、さも使われてるかのように見せつつも、上司の気にいるように色々考えて動かなくてはならない。
スキを伺い冷静に、しかして時に大胆に、付け入るところはとことん付け入り、多少の矛盾には目を瞑り、納得いかない言葉を浴びせられてもそれらは全部飲み込んで、既にやっていることをやれと言われても、謝罪を入れてありがとうございますと感謝を示す。
そうしないと怒るのだ。
「ん〜〜あーー、飲みたりんぞ〜!」
そんな上司がこう言うのであれば、部下である身は「それじゃあお先に」などと帰る訳にはいかず、介抱すると同時に、いい感じの店を探し当ててご機嫌を取らなくてはならない。
どのような職務よりもくだらない愛想だが、コレがどのような職務よりも重要なのだ。
「えぇ〜いっ、クソ、シースーは何処だ!」
「なんで唐突に業界用語なんスか。」
酔いのまわった上司の真意はさておき、寿司、寿司か……。まいったな、こりゃ高くつくぞ。
寿司は嫌いかと問われて首を縦に降る日本人なぞそう居るものでもない。無論大好きだ。
ただ、やはり良いものというのは良い値が付くもので、寿司を嫌う理由として何かを上げるのなら、真っ先に浮かび上がるのはその値段であろう。
だらだらと候補を羅列してそこから絞り込み、最寄りを調べて評価サイトを参考にせずとも、寿司とあらかじめ決まっているのであれば、大方どんなとこでもイカエビマグロさえ食えりゃ文句はない、それほど店探しの難易度が高くはないのは不幸中の幸いか。火事場でみつけた綺麗な花のレベルであるが。
「お呼びでしょうか!」
すると、突然我々の目の前に女の子が現れて顔を近づけて声を掛けてきた。
近寄りがたい雰囲気を放つ小柄の異国の少女、日本人離れした容貌とは裏腹に、声を弾ませて流暢な日本語で話しかけてきた。
しかし彼女はそれでいて年相応の、目をキラキラと輝かせた純真無垢な表情と態度で、こちらの顔色を伺っている。
「え、えーと……?」
「おっと、失礼!何やら私を呼ぶ声が聞こえたもので。"私の名はエクソシス"、その名の通りエクソシストを生業にしてる者です!」
「エクソシスト……?」
えーと。何を言っているんだ、この子は。
エクソシスト……、エクソシストと言えば、随分昔に見た映画で知っている限り、いわゆる悪霊だか悪魔だかに取り憑かれた人をお祓いする、日本で言うところの祈祷師とかにあたるものだ。
なんでそんな嘘か誠か不明瞭な怪しい者が、この日本の飲み屋の通りにふらりと現れたのだろうか。
「ほら、部長が変なこと言うから、間違えてスピリチュアルな子来ちゃったじゃないスか、せっかくだしお祓いしてもらいます?厄年でしょ」
「たっはっは!エクソシスト! はっは、なんでまたこんな時代のこんなところに、イッヒ、ひっ!スマンなお嬢ちゃん、探してるのはお寿司屋さんだ!」
「ええ、そうですそうです。間違っていませんとも、そのお探しのものです。実は私、近々お寿司屋さんのオープンを控えておりまして……、モニターというような感じで、オープン前ということもあってお安くしておきますので、いかがです?」
へ?
エクソシストが? お寿司屋さん?なんで?
エクソシスト
オスシヤサン
……結びつく要素が微塵も思い当たらないのだが、強いて言えばスシとシストのあたり? あと文字数?
「ハッハッハ!面白い!そうか悪魔祓いじゃ生計も立たんか!スシとエクソシストて!フフッ、気に入った!ワシは行くぞ!」
胡散臭いというか不審というか不服というか不思議というか不如意というか、とにかく妙な話であるが、酔った上司のツボに上手く刺さって、このように上機嫌であるのならばそれも悪くない。
わざわざお店を探す手間も省けたし、客引きや呼び止めのセールスパフォーマンスだとすれば、確かに相当なパワーワードだ。
何よりお安くお寿司をいただけるのであれば、乗らない手はないだろう。
「じゃあ僕もお供しますよ、部長が退治されたら敵いませんしね」
「なんだとゥ、だーれが悪霊じゃィ!」
「あっはは!お客様にそんなことしませんよ、満足いただいて、シアワセにはなっていただきますけどね」
上司の機嫌もとりつつ、我々二人は女の子に連れられるまま歩いていった。
「さっきも言いましたがオープン前になりますんで、場所はヒミツです。お車出しますのでアイマスク着けてもらっても良いですか? 帰りは近くの駅までお送りしますので〜」
なるほど、最近じゃリムジンで女子会とかもよくあるし、あまり不信感はない。というのもこの女の子の言うことは全て本心だ。
数多くの営業をこなす内に我が身に宿した、複数回会話をすることで相手の心を読み取る異能力、『透過せよ、明かせ取引先の魔眼』を先程から発揮しているが、どうやら嘘は吐いていないらしい。怪しい勧誘などではなさそうだ。
しばらく車に揺られ、目的地に着くと、手を引かれてそのままお店の中まで通される。
外装までは見せてくれなかったが、席に着いた所でアイマスクを外された。
内装は新しく店を構えるという割には、まるで年季の入った老舗のような、味わい深さと温かみに満ちており、不思議と心から落ち着ける空間だった。
「いらっしゃいませっ」
席に着くなり、小柄な店員がお茶とおしぼりを渡してくれた。
長い黒髪を束ねた中性的なその店員さんは、ニコりと微笑むと我々の席の後ろに立つ。
「ようこそおいでくださいました」
ツケ場に立っているのは、スラリと長い細身の女性だった。
目付きは鋭く、切れ長眉の上品なお姉さんであるが、その微笑みは優しく、細長い白い指がポンと音を立てる。
「何握りましょう?お安くしておきますよ」
「おっ、いいねえ。じゃあ女将さんにおまかせしちゃおうかな? お前もそれでいいか?」
「ええ、もちろん。構いませんよ」
「まあ、ありがとうございます。それではお酒を一合サービスしておきますね」
女将さんが手を挙げて合図を送ると、席の後ろに立っていた小柄な店員さんがペコりと頭を下げて裏手へ歩いてゆき、清酒を一本とお猪口二つをもって静かに注いでくれた。
その立ち振る舞いはどこか気品に溢れ、妖艶な静けさの中に、鋭く素早い手際の良さが垣間見える。
部長が先に一口つけてから、自分もたまらず酒を口に含む。
甘口で飲みやすく、香り高いスッキリとした味わいで、タダ酒にしては随分と上物のように感じた。
我々の嬉しそうに酒を呑む顔を見ると、黒髪の店員さんはニッコリと微笑んで、我々の後ろに佇んでいた。かわいい。
廻らない寿司屋はあれこれ頼むよりも、大体は板前に任せた方が満足いく。
ぶっちゃけ何が旬でどれが今美味いとか、何から食べ始めてどれで締めていいかとか良く分からんし、予算さえ伝えておけば双方満足いくものだ。
それはそうと、女性の板前というものに難色を示す人間も中にはいるが、今目の前で寿司を握っているこの女将さんの姿を見たら、そういう人は何を思うだろうか。
落ち着いた呼吸、真っ直ぐな瞳、美しい所作、それに恐ろしく正確で素早い包丁捌き。
まるで真剣勝負の打ち合い、瞬きをした刹那に命を斬り払う剣客のような、そんな僅かばかりの畏れを抱きつつも、その動作には目と心と言葉を奪われた。
「おまちどうさまです」
一瞬で時間が流れたかのようにすら錯覚し、気がつけば既に寿司を握り終えていた。
白く長い指からそっと置かれた一つの握り寿司。
その宝石のような煌めきはため息が出るほどに美しく、上質で新鮮な素材と、高い技量からなる日本の芸術そのものだ。
これこれ、見た目も楽しめるのもお寿司の良いところだ。
「まず、最初のネタはーー」
◆
「知ってる?最近この辺り出るらしいよ」
「なになに?妖怪とかおばけとか?」
「うーんとね、なんでも夜酔っ払ってたり、眠いなーって意識がぼんやりしてると、急に女の子に声をかけられるんだって」
「えー、何それこわーい」
「それでね、そのまま女の子に言われるがまま連れてかれると、お寿司屋さんに着くんだって……」
「は?寿司?なんで?」
「さあ? でも、そのお寿司屋さんで食事をして、あとで調べてみても、何処にもそのお寿司屋さんは見つからないんだって」
「ふーん、なんかあんまり怖くはないね」
「でも、これまで何人も声をかけられたとか、実際に食べたとか言ってるんだけど、誰一人としてそのお店の場所はわからないんだって」
「……実はその女の子は妖怪で、お寿司屋さんも妖怪の世界にあったりして」
「はは、なにそれー、まさかね。ないない」
変な話、妙な話、不思議なことはあるもんだ。
少女にひかれて異世界にいくとか、夜道で少女に声かけられるとか、薄暗い闇で少女を見たと思ったら居なくなっていただとか、
まだ道も暗い昔の時代なら分からんでもない、揺れる木や布が、噂を恐れる心から何かに見えてしまうなんてよくある話だ。
だとしても今この現代は、道も明るきゃ人も多い、監視カメラもやたらと設置されて科学も進歩し、それで尚、妖怪だ幽霊だ何だと実在の証明が行われていない、つまりそんなの居ないのだ。
なのにどうしてこうも我らは、そういう噂話を絶えず口にするのだろう。
それは紛れもなく、実際に体験してしまったものが居るからだ。
一人や二人でなく、より多く、同じ証言を違う場所で、いくつも聞くものだから、噂というのは絶えることがないのだろう。
「おーい、お前ら。与太話もいいが仕事しろよー」
「げ、主任。……すみませんでした」
「あ、主任もこの噂話聞いたことありますぅ?お寿司の少女」
「……行ったよ。」
「え?」
「へ?」
「噂の寿司屋、この前部長と行ったんだよ。……メチャクチャ美味かった」
「えー!すごーい!」
「ズルいですよ!今度教えて、いや連れてってくださいよぉ!」
「自分らで言ってたろ、わかんないんだよ。何処にあるのか、……ただ」
「ただ?」
「店の名前だけは覚えてるよ。……なんか、信じられない名前だったから」
エクソ寿司ーー。
所在地不明、存在不証明の微弱な都市伝説。
謎の少女に声をかけられた者のみが招かれ連れられる、古びた小さな鮨屋である。
各地にいくつも居る証人達は皆口々に語る。
もう一度、もう一度でいいから彼処に行きたいと。
存在も不明瞭で曖昧で、果たして本当に食べたのだろうか、記憶もぼんやり夢の如く朧げながら、その味と技術とサービスは浮き世離れし格別だと。
まるで悪魔か何かに誑かされて、そして虜になってしまったかのように。
それは一種の呪いかサバトか、生命を翻弄しうる儀式か魔術か狩りの類か、はたまた単なる営業か。
今宵もまた、何処とも知れぬ彼の地にて、
人を誘い世迷い引き入れ腕を振るう、
随喜絶賛真心込めて、営業中の都市伝説。
お越しの際は、是非ともご贔屓に……。
アニメでいう12話、単行本でいう締めのイメージ
今後もまだまだ続きます続けます目指せ書籍化